【建築】集まれ! ヘルツォーク&ド・ムーロン!
それはカリフォルニア・ナパにワインツアーに行った時だった。
建築好きの何人かが、販売も試飲もしておらず建物見学も受け付けていないワイナリーに立ち寄って写真を撮り始めたのだ。
一応私も撮ったが、当時建築に興味の無かった私は「早よワイン飲みに行こう!」と思うと同時に、「こんな遠くからしか見えないのに、建物見て何が面白いのだろう?」と不思議だった。
この出来事が建築に興味を持つきっかけだった。
そして後にこの建築が、ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計によるドミナス・エステート・ワイナリーであることを知った。
ヘルツォーク&ド・ムーロン(HdM)とは、ジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンの二人の建築家ユニットである。
彼らは当初は建築の表層、つまり"どんな素材をどのように使って建築を表現するのか"ということで注目されていた。その評価は1990年代以降世界的に高まり、近年は表層の表現だけでなく、構造や造形にも強いこだわりを見せている。
彼らの建築は日本を含めた世界中にあるが、二人の出身がスイス・バーゼルということもあり、初期から現在に至るまで、特にバーゼルにはHdMの建築が多い。
先に書いたように、ドミナス・エステート・ワイナリーは私が建築に興味を持つきっかけだったこともあり、HdMは私のお気に入りの建築家にもなった。
以下、私が訪れたHdMの建築である。
なお( )内の西暦は竣工年ではなく、HdM公式サイト内に記載されているProjectの完了年としている。
Sammlung Goetz(1990/ミュンヘン)
現代アートのプライベート美術館。後に彼らの建築の特徴となる素材を重視したミニマルなファサードが印象的。実は閉館中で入れず、いつか絶対再訪したい建築でもある。
Pfaffenholz Sports Centre(1990/Saint-Louis)
スイスとフランスの国境に位置するスポーツセンター。正面のコンクリートは軒裏・壁・床まで特殊プリントされた同じ模様で仕上げられている。
側面の壁も木毛セメント板+木毛模様プリントのガラスパネルで凝り過ぎ。
SUVA House(1990/バーゼル)
既存建物の改修+増築。その2棟を開閉可能なガラスパネルで覆うことによって統一感を出している。
Schützenmattstrasse(1991/バーゼル)
バーゼルの旧市街にある小さな集合住宅。間口は狭いが奥行きは深い。ファサードの波模様は排水溝のフタのデザインをモチーフとした折り戸。
スイスの排水溝 ↓
ロセッティ医薬研究所(1995/バーゼル)
これもまた建物をガラスパネルで覆う。先ほどのSUVA Houseもそうだが、建物をガラスパネルなど覆う手法をダブルスキンという。ダブルスキンには空調負荷を低減させる省エネの効果があるが、HdMはダブルスキンを積極的に採用し、建築の表現を多彩にしている。
シグナル・ボックス(1995/バーゼル)
スイス鉄道の信号所。HdMの初期の代表作でもある。中央を少し捻った細長い銅パネルで建物を覆う。銅には電波ノイズをカットする役割もあるらしい。
Herrnstrasse Commercial and Apartment(1996/ミュンヘン)
市内中心部に近い集合住宅。窓の外側にはカーブ状の枠があり、日差しの強い日にはスクリーンを下ろすことが出来る。欧州、特にドイツやスイスでは省エネの観点から外付けブラインドやスクリーンを採用する建物が多い。
Rue des Suisses Apartment(1998/パリ)
Suissesとあるがパリ市内の集合住宅。折り曲げたパンチングメタルを表層として、折れ戸のように開閉可能としている。
Fünf Höfe(1998/ミュンヘン)
マリエン広場近くにある商業・オフィス・住居の複合施設。新築ではなく、元からある街の一区画を丸ごと改修している。エントランスのファサードはパリの集合住宅とほぼ同じ。
ザンクト・ヤコブ・パルク(1998/バーゼル)
FCバーゼルのスタジアム。外観は半透明のプラスチックのような丸いカバーで覆い、試合のある夜はライトアップされる。一方で併設されている高齢者住宅や商業施設は凸凹模様のコンクリートパネル。スタジアムとは全く対照的な仕上げ。
ヘルベティア本社(1999/ザンクト・ガレン)
スイスの保険会社本社の増築。既存の十字形の建物のそれぞれの先端から継ぎ足して延長するように建てられている。
ランダムな角度で設置された窓には外付けスクリーンがあり、それを下せばまた違った表情を見せる。
REHAB(1999/バーゼル)
事故等により半身不随となってしまった人たちのためのリハビリ施設。どこか日本らしさを感じさせる"すだれ"のような木のルーバーが印象的。木は経年により色が変化するが、それも楽しんでもらうため、特別な手入れはしていないそうだ。
シャウラガー(1999/バーゼル)
現代美術を保管・研究・公開するための施設。荒々しい土壁のような外観は、建設時に発生した土砂を混ぜたコンクリート。年に数ヶ月しか一般公開されないので、館内を見学できた方はラッキー。
Elsässertor II(2000/バーゼル)
フランス国鉄のバーゼル駅のオフィスビル。ダブルスキン構造で、通りに面したファサードはガラスパネルが1枚1枚不規則に設置されている。
プラダ青山(2002/東京)
HdMの中期の代表作。菱形のガラスファサードがそのまま建物としての構造にもなっている素晴らしい建築。夜のライトアップも美しい。
Forum 2004 Building(2002/バルセロナ)
2004年に開催された国際文化イベントのメイン会場となったビル。一辺180mという巨大な三角形の建物が柱によって持ち上げられ、その下はピロティのオープンスペースになっている。粗い藍色のファサードのガラスは、屋根からこぼれる水を模しているとか。
境界が曖昧に見えるピロティも良き。
デ・ヤング美術館(2002/サンフランシスコ)
アメリカ美術を中心とした美術館。建物全体を銅のパネルで覆うダブルスキン構造。将来的には銅が経年により酸化して緑がかった色合いとなり、独特の質感を帯びることが期待されている。
ふうっ。ようやく折り返しである。
ところでヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron)って、フルネームだと長くないか?
表記としてはHdM、またはH&deMと略されている。
では口に出して言う時は? 個人的には「ヘルドム」と言っているが(実際には普段この建築家のことを話題にすることがないので使っていないが)、日本の建築業界では通称なんと言うのだろう? ヘルツォークドムロン? それともヘルツォークだけとか? それだとピエール・ド・ムーロンが可哀想じゃん。
まあどうでもいいか。
閑話休題。後半もサクサク行きましょう。
ウォーカー・アート・センター(2002/ミネアポリス)
近代・現代美術館の増築。アルミメッシュのパネルで覆われた新館は、それ自体が彫刻のような造形となっており、パネルも一枚一枚が"しわ"のように折れており、光の当たり方によって様々な表情を作り出している。
アリアンツ・アレーナ(2004/ミュンヘン)
FCバイエルン・ミュンヘンの本拠地。個人的には世界で最も美しいスタジアムだと思う。よろしければ思い入れの詰まった記事もぜひ!
40 Bond(2005/ニューヨーク)
HdMのニューヨークでのデビュー作となった高級集合住宅。40 Bondとは住所のこと。緑色の曲面ガラスが印象的なこの建物には、27戸のアパートメントと5戸のタウンハウスが入っている。
ザンクト・ヤコブ・タワー(2005/バーゼル)
ザンクト・ヤコブ・パルクに隣接するオフィス・集合住宅・商業施設。「ふーん」という感想で、可もなく不可もなし。(←上から目線)
ヴィトラハウス(2009/Weil am Rhein)
家具メーカー・ヴィトラキャンパスにあるショールーム。切妻家屋を積み重ねたような複雑なフォルム。一見すると何階建てかということさえ分かりにくい。設計も施工も大変だろうね。
アクテリオン・ビジネスセンター(2009/Allschwil)
製薬会社Actelionの本社。ヴィトラハウスを連想させるが、こちらの方がさらに複雑。でもこの構造によって窓をたくさん設けることが出来て、館内はどこでも外光が入って、快適な空間になっているのかもしれない。
アクテリオン研究所(2010/Allschwil)
本社に隣接する研究所だが、それに比べるとデザインは抑え気味。特徴は各階の深い軒。というか外付けスクリーン目立ち過ぎ。
パリッシュ美術館(2010/Water Mill)
ニューヨーク・ロングアイランドにある現代美術館。切妻を2棟並べたような建築だが、ヴィトラハウスにも似ていて、設計が同じ時期には同じような造形の建築が続くのだろうか? でもこの建築は良かった。
Südpark Basel(2011/バーゼル)
バーゼル駅裏にある商業施設・オフィス・集合住宅。ランダムに配置された窓とバルコニーも特徴。でも中には入れないので、これまた感想は「ふーん」。(←上から目線)
ファサードのスクラッチ模様は微妙に凝っている。
メッセ・バーゼル(2012/バーゼル)
見本市会場の増築。真ん中にはトラムの乗り場もある。かなり大きな建物だが、この外装デザインのお陰で、圧迫感は少ない…と思う。
Helsinki Dreispitz(2013/バーゼル)
上層部は集合住宅だが、窓の少ない低層部はHdMの倉庫、つまり模型や図面、資料、一緒に仕事をしたアート作家の作品などが保管されている。
この頃からこのコンクリートのグリッドのようなデザインが使われ始める。
Vitra Schaudepot(2013/Weil am Rhein)
ヴィトラキャンパスにおけるHdMの2棟目の建物で、内部はショールーム。こちらも表面のレンガブロックが凝り過ぎ!
ミュウミュウ青山店(2014/東京)
プラダ青山の斜向かいにある姉妹ブランド店。ガラスという素材を使った開かれたイメージのプラダに対し、こちらは閉じた箱のようなイメージ。でもちょっとだけ箱のフタを開けてお客様を迎え入れる。(私にはどちらも縁がない)
エルプフィルハーモニー・ハンブルク(2014/ハンブルク)
古い倉庫の外装だけ残し、ほぼ新築でつくられたコンサートホール。いわゆる腰巻ビル。予算も工期も大幅にオーバーして問題となったようだが、今やハンブルクの人気スポットでもある。
Leroy Street(2015/ニューヨーク)
マンハッタンのかつての倉庫や工業団地が再開発されたウォーターフロント地区の集合住宅。コンクリートのグリッドデザインだが、この工法は構造を外側に出すことにより、内部では柱を少なくすることができるメリットもある。
56 レオナード・ストリート(2017/ニューヨーク)
トライベッカにある高層コンドミニアム。お値段も高層レベル。"ジェンガ"という愛称もあるそうだが、実際に"ジェンガ"な部分は上層部だけで、中層部以下は意外に普通のガラスビルという印象。でも住んでみたい。
215 Chrystie(2017/ニューヨーク)
ロウアー・イースト・サイドにあるブティックホテルと集合住宅。外観はお得意のコンクリートグリッド。窓ガラスに青空が美しく映って、存在を消そうとしているかのようにも見える。
ユニクロ東京(2020/東京)
マロニエゲート銀座2の1〜4階部分の改修。床を落とすという大胆な引き算で空間を広げ、内装では天井や梁の一部に鏡を貼るという足し算で境界を曖昧にして、空間がどこまでも広がっているように見せている。
ガラスビーズが埋め込まれた外壁表層にも注目。さすがHdM!
以上。2023年現在、私が見た全てのHdM建築を出し尽くした。
「あれ? あの有名なテート・モダンは? 北京国家体育場は?」
すいません! まだ見ていません。いつか必ず見に行きます!
それはそうと正直なところ、HdMは今や数百人規模のビッグな設計事務所となってしまった。手掛けるプロジェクトも高層ビルや都市計画まで多岐にわたる。
彼らの建築にはいくつかのパターンはあるものの、「これぞHdM」という共通の表現はあまりなく、それぞれ多様な建築を見せている。それは強みであり、建築を見る側としては楽しみではあるものの、個人的には大規模建築や造形を特徴とした最近の建築はあまり好きではない。
やはり当初の表層にこだわった小規模の建築を見たいと思うのであった。