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【建築】洞窟のようなレストラン maison owlで晩餐を(石上純也)
シェフの隠れ家にゲストを招き、ロマンを感じる時を過ごしていただきたい
数年前から業界で話題になっていた建築がある。このnoteでも何度か紹介している建築家・石上純也さんによるmaison owl(プロジェクト名はHouse & Restaurant)だ。
石上さんの建築には、建築に詳しくない人にも分かりやすい特徴がある。パーゴラを足すことで旧家の庭園を異なる印象の空間につくり変えたり、80m×50mという大空間を柱無しの構造でつくったり、ガラス壁だけで屋根を支えたり…、いずれも驚くような建物ばかり。(ただしそれらの工法はあくまで意図する空間を実現するための手段に過ぎず、驚きや技術を見せることが目的ではない)
2022年、その石上さんによるレストランがオープンした。果たして今回はどんな建築を見せてくれるのだろう?
それを見るべく、そして料理を堪能するべく、山口県宇部市までやってきた。
駅からタクシーに乗ること10分、どこにでもありそうな住宅街で降りる。
目の前には家の土台があるだけで何もない。しかしココこそ既にオープンしているレストランなのだ。いきなりやってくれるね。
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ちなみに2013年の写真。着工前だがほとんど変化がない。
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スロープを上ると、掘り込んだ地下にアメーバのような形の建物が見えた。
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一目でこの建築が只者でないことが分かってしまう。いや、事前に分かってはいたが、それでも驚きを隠せず、しばらく写真を撮ることに夢中になってしまった。
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一段落したところで、スタッフの方に案内されて階段を降りる。
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1万年前からありそうで、1万年後にもそこにありそうな
時間の重みをもともと含み、時間とともにその重さが増していくようなものを
子どもや孫の代まで使い続けられるような建物にしたい
これらはオーナー平田さんからの建物に対する要望である。新築だが、古さと不変性を感じさせるような建築ということだろうか?
それを受けての建築家の回答は"岩"のような建築をつくることだった。確かに岩(素材的にはコンクリート)ならば、いつの時代にも当てはまる不変性と重厚さを感じさせる素材だろう。
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具体的には、3mほど掘り込んだ地面を型枠としてコンクリートを流し込み、固まったら周りの土を掻き出すという工法が取られている。コンクリートに土が付着したことより偶発的で複雑な表層となり、本物の土とも見分けがつかない仕上げとなった。
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この建築、メディアでは「洞窟のようなレストラン」と紹介されることが多いが、エントランスなど正にその印象を受ける。
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植栽がまた良い。苔をベースにタマシダ、シュロチク、ツワブキなど冬でも緑を維持する植物が多く植えられ、茶色い洞窟を背景にコントラストが映える。
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(写真多めで、中々先に進めない… w)
入口はガラスドア。右のヒンジを軸に回転する構造となっている。
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案内された席はこちら。区切りの壁はないが、柱でなんとなく分けられており、他のお客さんがあまり視界に入らない半個室のような空間だった。
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窓には土の壁が迫る。しかし圧迫感はなく、むしろ自然の風景が広がっているようにさえ感じた。夏になれば壁は植物に覆われ、また違った表情を見せそうだ。
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ディナーの開始までまだ少し時間があるので、店内を"探検"しよう。
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床はコンクリートにわざと細かい凸凹を施している。「何かこぼれた時に掃除しにくいのでは?」と思ってしまうが、テーブル周りにはマットが敷かれている。
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家具は建築家によるオリジナル。重々しい建築に対して軽やかな家具。丸鋼のフレームに籐を編み込んだ座面の椅子は座り心地が良かった。
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厨房とカウンター席。こちらの椅子は同じく建築家が2003年にデザインしたもので、以前のお店でも使われていた。
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裏庭にも出ることができる。このレストラン、冒頭にも書いたように周辺はどの町にもありそうな普通の住宅街だが、ここだけ別世界である。
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窓は一枚ガラス。通常の建築であれば窓の位置は設計段階で決まっており、躯体が出来る時にサッシがはめ込まれる。この建築でも設計段階で大凡の位置は決まっていたが、何せ壁は凸凹なので、既製品や予め用意したサッシは納まらない。したがって躯体が仕上がった後に3Dスキャンをして実測してから、改めて寸法や位置が決定された。
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この窓は特にスゴい。高さ2.8mもある。屋外に見える躯体の開口よりも大きい。ではどうやってこの場所までガラスを運んだのか?
正解は、ガラスが搬入可能な深さまで地面をさらに掘り下げて取り付けたそうだ。ヘンタイの域に達している。
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ガラスドアも同様。
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3Dスキャンしたデータを基にレーザーカットされている。ただしピッタリ納めると開閉時にガラスの縁にキズが付くので、躯体との間にはわずかな隙間がある。
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こちらはトイレのステンレスドアの納まり。繰り返すがヘンタイだ。
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さて、いよいよディナーが始まる。窓に反射するキャンドルが美しい。
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食器類もオリジナル。カトラリーは坂野友紀さん、
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器は陶芸家・吉田次朗さんによる。
料理の写真もたくさん撮ったが、写真が下手で却って印象が悪くなってしまうので割愛させて頂く。(料理写真ムズカシイ)
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日没後しばらくしてブルーアワーになると、スタッフの方が「夜景が綺麗ですよ」と案内してくれたので、食事の合間だが一旦外に出てみた。濃い青と照明のオレンジとの対照色がため息が出るほど美しかった。
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同じ建物でも明るい時とは印象が全く異なって見えるな。
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洞窟の壁には、キャンドルの炎や照明によって趣深い陰影が描かれていた。個人的には夜の姿の方が好きかもしれない。
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照明はキャンドルの炎と同じ色に合わせている。
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照明器具は床置きタイプ。店内は洞窟感というイメージを尊重し、柱や天井に設備を直接取り付けるようなことはしていない。空調機も目立たない場所にある。
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建物についてもう一点。
オーナーからは「老舗のような建物を」という要望もあった。伝統的な老舗の中には、表に店舗、奥に住居という仕事と生活が一体となった建物もある。そしてこのお店もオーナー平田さんの住宅が隣接して一体となっている。メディアで紹介された写真を見ると、住宅部分も同じ洞窟インテリアとなっているようだ。日常生活も楽しめそうだし、短期間なら住んでみたいかも。
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ところでこの建築、以前、洞窟のような躯体が出来上がった段階でメディアで紹介されたこともあったが、それから何年経っても完成したというニュースは聞こえてこなかった。「中止になったのか?」「永遠に未完では?」と思った人もいるかもしれない。私を含めて。結果、設計に3年、工事に6年と構想から竣工までは約9年もかかっている。
それを考えれば、よくまあ完成したと思う。建築家や辛抱強く待ち続けたオーナーだけでなく、前例のない工法に挑んだ工事会社も含めて皆さんヘンタイでクレイジーでスゴい!
そして出来上がった建築は、自然とも人工物とも言えない、とにかく今まで体験したことがない不思議な空間であった。
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もちろん素材が吟味された平田さんの料理はどれも全て美味しかった。今回は地元山口県の食材も多く使われていたが、平田さんは地産地消に拘っているわけではなく、あくまで良い素材を追求し続けた結果だそうだ。
そしてスタッフの方々も親切で素晴らしかった。料理の美味しさも期待していたが、正直に書けば、建築を見る楽しみの方が大きかった。それは態度にも表れていたと思う。それでも皆さん嫌な顔一つせず、料理も建築案内もアットホームに対応して頂いた。そして偶々、現場で設計と工事をご担当された方もいらっしゃり、興味深い話も伺うこともできた。
充実した楽しい時間を過ごせたことに改めて感謝したい。
ありがとうございました!
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● ご注意
maison owlは完全予約制です。また建物のみの見学は出来ません。詳細は公式サイト、公式インスタグラムをご参照下さい。(2023年2月)
オランダの自然公園のパビリオン(石上純也)
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木陰雲(石上純也)