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【建築】"やきもの"の街に佇む常滑陶芸研究所(堀口捨己)

愛知県知多半島の中ほどに位置する常滑市。窯業が盛んな街である。古来より壺や甕がつくられてきたが、明治以降には土管や建築陶器も製造された。大正に入ると帝国ホテルの建設をきっかけに伊奈製陶(→INAX→LIXIL)が創立され、常滑のタイルや常滑焼の名は全国に知られるようになる。
残念ながら現在の窯業はかつての勢いはないが、それでも焼き物の町として、あるいは招き猫生産日本一の町として活性化を図っている。


「やきもの散歩道」もその一つで、常滑駅近くの一画には廃業した製陶所や窯を再利用したギャラリー・カフェが点在しており、歩くだけでも楽しい。




そのやきもの散歩道から少し外れたところにとこなめ陶の森 陶芸研究所が佇んでいる。伊奈製陶の創業者である伊奈長三郎の寄付により1961年に設立された、常滑焼の資料収集・保管・研究を目的とした市の施設である。


この建物の何が良いか?って、パッと見は古くて地味な建築のようだが、実はモダニズムの中に伝統的な日本建築の要素を取り入れた渋くカッコいい建築なのだ。


門を入ると、短いアプローチの先に建物が見える。


斜めのこの角度からは建物の水平が強調されて美しく見える。以前も書いたが、私は水平が強調された建築が好きなのだ。そして屋上には何やら突起物のようなものが見えている。


設計者はモダニズム建築家の堀口捨己。


大きく迫り出した庇がこの建物を印象付けている。その長さは3.5m。日本建築の"軒"を思わせる。


玄関の庇はさらに迫り出し、4.5mとなっている。


玄関を中心に左右対称にも見えるが、左側にはベランダも窓もなく、長さも左側の方が広い。1階テラスの手すりの高さも異なる。数寄屋造りや茶室の研究でも知られる堀口は、特に茶室の非対称の空間をイメージして、この建築でも均等ではない変化に富んだ建築をつくりあげた。

左側の壁は真壁しんかべとしている。真壁とは、日本建築に見られる柱を露出させた壁のことで、ここでも伝統的な要素を取り入れている。


外壁は、周辺の製陶所(現在は製陶所もほとんどなくなってしまったが)からの煤煙や海風を考慮して、汚れを落としやすいタイルが使われている。タイルのメーカーはもちろん伊奈製陶。釉薬をかけて焼いたタイルではなく、無釉磁器質の1.4cm角のモザイクタイルである。

屋根とテラスの壁にグラデーションがつけられているのが分かるだろうか?

これは紫をベースとした4種類の濃淡のあるタイルを使ってグラデーションを表現しているのだ。

あまり目立たない半地下の壁もグラデーション仕上げ。手間は惜しまない。


テラスの床や壁はもちろん、

手すりまで全て丁寧にタイルで仕上げられている。
使われたタイルの数は約330万個にもなる。


では中に入ろう。


玄関を入ると美しい吊り階段が出迎えてくれる。今は色褪せているが、元は金色だったそうだ。


天井からの吊り構造と壁からの補強で、床から浮かせている。


少し変態的なアングルからもどうぞ。


こちらは別日の写真。踊り場に照明(黄色に見えるが白色)が付いているが、必要か? まあカッコいいけど。

"吊り"にはあまり機能的な意味と思うが、地方都市の小さな施設に(ゴメンなさい🙇‍♂️)、こんな洗練されたデザインの階段があるとは驚きだった。


天井照明の蛍光灯も配置が凝っている。ルーバー内部は、青・黄・赤と三原色に塗られていた。



ホールの左側には展示室がある。カラーイメージは銀色。これは常滑焼の色(赤褐色)が銀色の中で映えるという理由だったらしいが、建築家が銀色を好んだだけでは?という説もある。


展示室の照明は卍型に配置。


内部にはトップライトと蛍光灯が組み込まれている。晴れた日であれば自然光のみでも充分に明るいだろう。



ホールを挟んだ反対側には事務室と応接室がある。

応接室は、床のPタイルもソファも赤色。色遣いが大胆だが、奥の茶室が金色なので、組合せとしては悪くない。


テーブルは脚を出来るだけ細くして天板を浮かせたように見せている。


天井は市松貼りにして変化を持たせていた。


茶室は、ソファに座っている人と目の高さが揃うように考慮されている。


天窓の光は自然光ではなく蛍光灯である。現代に建てれらた建築といえ、茶室の専門家がわざわざ蛍光灯を使うのか?とも思ってしまうが、堀口は(当時の)新しい技術も積極的に取り入れていたそうである。



続いて2階へ。給湯室と会議室・和室がある。


玄関ホール上のスペースからの眺望は悪くない。


座面の長い椅子とテーブル。オリジナルの家具だが古過ぎて傷んでおり、残念ながら座ることはできない。


給湯室はレトロ。


会議室は、隣の神社の森が目に入って気持ち良い。庇のお陰で直射日光が入ることもない。床のPタイルも緑色で、木々の緑を邪魔しない。


見学会が開催されたこの日は、竣工から60年経った今でも現役で使われている机や椅子が展示されていた。


こちらも脚を細くすることにより、天板と引き出しに浮遊感が出ている。


会議室には和室が付属している。

障子を開ければ借景。


鎮守の森が迫るベランダ。竹製の濡縁は竣工当時のものだそうだ。


雨水を排水するための穴が何箇所かにある。しかし庇があるとはいえ、"雨の道"としては少し小さ過ぎる気もする。


ベランダの奥には屋上への階段。

この階段、下から見てもかっこいい。


屋上に見えた突起物の正体は、展示室への採光となるトップライトだった。


点検用の扉を開けると蛍光灯と、

展示室が見える。


ここでもタイルで丁寧にグラデーションを表現しているが、縁はタイルも剥がれてボロボロだった。そろそろ手直しが必要かもしれない。


研究所は高台にあるので眺めが良い。手前は陶芸資料館、左奥には中部国際空港、向こうには伊勢湾と鈴鹿山脈までもが見える。



ところでこの建物、鉄筋コンクリート造だが、建築家が色にこだわりを持った建築でもある。ファサードの紫、吊り階段の金、展示室の銀、応接室の赤、茶室の金、といったように。

他にも例えば玄関のガラスブロックは薄紫。


ドア取手周りの樹脂製プレートも玄関は金色。


内側の玄関ドアは黄色。


展示室は緑色。


応接室は赤色、事務室は黄色。欄間にはライトも組み込んでいる。


事務室の受付台は大理石に見えるが、実は陶器を磨いたもの。さすが常滑!



この建築においてはもう一つ特筆すべきことがある。それは1961年の竣工以来60年間大きな改修工事もなく、外装タイルはもちろん、内装も家具もほとんど当時のまま使われていることだ。それほど耐久性に優れているのか、日々大切に使っているのか、予算が無かったのか…。多分その全てだろう。

ただしタイルなどは明らかに修繕が必要な箇所も目立つ。今やメーカー(LIXIL)でもこのタイルは製造しておらず、その再現も難しいらしいが、最近になって倉庫から予備のタイルが見つかった。


現存する堀口捨己の建築は全国的にも少なく、陶芸研究所も残された貴重な建築の一つである。もちろん常滑市もそのことは認識している。今後はオリジナルに敬意を払いながら必要な箇所は修繕し、この先も使い続けてほしいものである。



ちなみに隣の資料館では、実物を見ながら常滑焼の歴史を学ぶことが出来る。



2022年5月に閉鎖された常滑のある製陶所についての記事もどうぞ。


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