読む『対談Q』柴那典さん(音楽ジャーナリスト)後編①
柴:なんか今年去年くらいからヒットチャートを見るようになって、気づいたことがあって。『ヒットの崩壊』にも書いたけど、オリコンランキングよりもビルビードのチャートをよく見るようになった。
水野:へぇ、そうなんですか。
柴:ビルボードのチャートって、CDだけじゃなくてサブスクの再生回数とか、ラジオとか、複合して集計しているんですけど、毎週見ているとポーンって1位になって、すぐに消えていく曲と、2位から5位あたりにずっといる曲と2パターンあって。目立つのはパーンと1位になって、パーンと降りていくタイプの曲なんですけど、じわじわ10位内にずっといる曲みたいなのが最終的に年間で1位になったりする。
水野:なるほどね。僕ね、『犬は歌わないけれど』という本で、印税の話をしているんですけど。
柴:そうそう、印税の話を読んだときに、これだ!って思った。
水野:印税の話って、明細は表に出せないじゃないですか、さすがに(笑)。
柴:ははは。
水野:でも僕は見ているわけですよ。全部の曲の明細を(笑)。簡単に言えばどれだけ愛されたか、どれだけ売れたかってことを。みなさんが思うヒット曲よりも、たとえば「SAKURA」が如実にそうなんですけれど、じりじりと残る曲のほうがやっぱりヒットしているんですよね。
柴:そうですよね。「SAKURA」の印税の話を読んですごく面白かったのは、カラオケとかはJOYSOUNDなどがランキングを出していますけど、たとえばオルゴールだとかはなかなか表には見えない…。
水野:オルゴールは大きいですよ(笑)。
柴:それって、いわゆるヒットチャートには出てこない数字ですよね。それこそ運動会で使われたとか、そういう総合チャートがあったら「SAKURA」はすごい上のほうに居続けている曲なのかもなって思いました。
水野:妻の実家の近くに、オルゴールを専門に扱っているお土産屋があって。うちの両親と行ったときに買っていこうかって店を覗いたら、まぁ大ヒット曲しかないわけですよ。それこそ「世界に一つだけの花」とか。
柴:はいはい。
水野:で、俺らの曲あるかなぁって言ったら「ありがとう」と「SAKURA」はあるわけですよ。「ありがとう」はわかると。CDの売り上げ的にもヒットって言っていただけるし。でも、「SAKURA」ってオリコン最高位17位とかなんですよ。初登場40位とかで。そんなにヒットしてないんですよね。枚数としては。
柴:ああ、なるほど。
水野:だから「世界に一つだけの花」と一緒のカテゴリーに入るっておかしいんですよ(笑)でも入っているんですよ。これが世の中に浸透したっていうことだろうなって、思ったんですよね。オルゴールになるって大事だなって(笑)
柴:見えないんですよね、そこ。
水野:あの…居酒屋とかで流れてる、わけがわからないJ-POPの琴バージョンってあるじゃないですか(笑)
柴:あるあるある(笑)。和風居酒屋である。
水野:そういうのに、いきものがかりの曲、すごく選ばれるんですよ。
柴:ははは。そっか、それもちゃんと当然、作り手に還元されるんですよね。
水野:そうです、そうです。お酒を飲む方で、いきものがかりのオルゴールバージョンとか琴バージョンを聴いたことないひと、いないと思う(笑)。それぐらい流れてる。ちょっと話が逸れちゃいましたけど、コロナで皆さんワクチン打たれるじゃないですか。なぜか知らないんですけど、ワクチンの集団接種の会場でいきものがかりがめっちゃ流れている(笑)。
柴:そうなんだ!へぇー!
水野:そういうことのほうが意外と世の中に浸透したということなのかなって。
柴:なるほどなぁ。めちゃめちゃ面白い。1曲の裏側にひとつの物語だけじゃなくて「SAKURA」だったら、それぞれのひとが桜を見たときに自分の物語を重ねられる。「ありがとう」は『ゲゲゲの女房』の主題歌ですけれど、でもそれだけじゃない。たくさんの物語の可塑性っていうんですかね。いろんな形に変化できる柔らかさがある。
水野:でも、それをつくるのが難しいのかなぁって最近すごく思うんですよね。
柴:先週末、YOASOBIの初の武道館公演に行ったんですよ。客席にビックリした。ぐるっとセンターステージで。客席を見たら、まぁ見事にバラバラで。世代も性別も。この感じって、まさにいきものがかりの横浜アリーナを見たときと同じで。
水野:へぇ、なるほど。YOASOBIの皆さんは、今、そういう感じなんですね。
柴:たとえばロックバンドだったら、よーし行くぞー!みたいな、タオルで臨戦態勢の若い子たちがいる。ベテランのアーティストだとご年配のお客さんが座っている。そうではなくて、世代も性別もバラバラの客席が盛り上がっている。YOASOBIといきものがかりは全然違うグループだし、広がっていく力学は全然違うんですけれど、客席を見たときに、ちょっと近いなって。
水野:面白い。歌の需要の仕方も全然違うと思うんですよ。YOASOBIの皆さんと僕らとでは。何だろう…。でもやっぱり世代を超えるとか、ある種のカテゴリーを超える強度を持っているってことですよね。
柴:そうですね。いわゆるネット発とかそういうことにとどまらず、老若男女だったんだっていうことを、客席を見て感じた。
水野:その強度を持ちたいですね。息子(4歳)がいつもヒントを与えてくれるんですけど「パプリカ」をめっちゃ歌うんですよ。最近は「紅蓮華」。鬼滅を友達の影響で覚え始めて。歌詞の意味わからないと思うんですけど、めっちゃ歌う。この強度はすごい。意味わかってないのに歌うっていうのがすごい。
柴:これって狙ってできることじゃない。不思議だなぁ。それこそ今年でいえば「うっせぇわ」を作ったsyudouさんは、子どもが歌うとは思っていなかったはずで。子どもたちが<うっせぇうっせぇうっせぇわ>ってギャーって笑い合うような絵なんて絶対に思い浮かべてなかったはずで。
水野:生活しているなかで、普通だったら出来上がってしまう壁みたいなものを超えていく強度が、意図的であれ、無意識であれ、ちゃんとないと、そうはならないということですかね。
柴:そうですね。これはもう結果論でしか語れないことではある。でも、何らかの突破するものがあったんだろうなとは思います。
水野:突破したいんだよなぁ。どうやったら突破できると思います? よく「限り」って僕は書くんですけれど。万人受けっていう話を前からしていて。万人受けを目指している。真正面から。それは自分が死んでからの万人も入っているし、現時点で価値観の合わないひとも含めて言っている。柴さんから見て、そういう「限り」を超えていくとうか、飛び越えていく曲の共通点ってありますか?
柴:本当にわからないです。なんでこれが?って、毎日思っている感じです。それは海外でも。たとえばMåneskinっていうイタリアのロックバンドがTikTokきっかけで、世界中でヒットしたみたいなことは、やはり予測できない。これからはイタリアのロックバンドだ!みたいなことって、言えないですもん。
水野:当てられたら、投資家ですよね(笑)。
柴:そうそう、言えていたらカッコいいですけど(笑)でも、こういう、何らかの偶然。マーケティングの用語でスパイクって言うんですってね。再生回数がちょっと上がったときに「これって何だ?」って調べて、「実はインドネシアのひとがTikTokで使っていたらしい」みたいなことを突き止めて。まさにマーケティングの話ですけど、それをちゃんとブーストして、ドミノ倒しが繋がるようにやっていく。
水野:ああ、しっかりとらえて。
柴:ええ。松原みきさんの「真夜中のドア」が今年、東南アジア発で世界中で聴かれていった。「それはなんでですか?」って聞いたときに、レコード会社の方が、そういうことをおっしゃっていました。
水野:生まれている種火を逃さない。ちゃんと火をつけに行ったんですね。
柴:そうみたいなんです。何か火がパッて生まれたときに、フーって吹くっていうのを、スタッフや周りの方、もしくは一般の方々が面白がってやった結果が「恋するフォーチュンクッキー」や「うちで踊ろう」だと思いますし。最初にワッ!ってなったときに、それが燃え広がるか、種火で終わるかみたいな違いはある。
水野:うん、大きな差ですよね。大事な点だと思います。
柴:そこはある程度、事後検証が可能ですよね。だけど、その種火がどこで起こるかはまったくわかんないですね。
水野:本当にわからないけど、起こそうとしないとダメなんですよね。
柴:そう、起こそうとしないと起きないですし、種火って絶対、内輪で起こると思うんですよね。最初は高校の文化祭のようなところで。「俺ら最高じゃん!」って言い合うような感覚。文化祭にいた10人の「お前ら絶対最高」が多分、最初の種火だと思っていて。どんなバンドとかも。
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