『透明稼業』ができあがるまで
HIROBA『OTOGIBANASHI』が10月28日講談社より、刊行されました。水野良樹(いきものがかり)が2019年から始めた実験的プロジェクトHIROBA。
そのHIROBAに5人の作家が集い、5つの歌と、5つの小説が生み出されました。5つの歌がどのようにつくられていったのか。その創作ストーリーを、作曲を担当した水野良樹が1曲ずつ語っていきます。
『透明稼業』
「透明稼業」
作詞:最果タヒ 唄:崎山蒼志 編曲:長谷川白紙 作曲:水野良樹
作詞:最果タヒさん(小説『透明稼業』)
この『OTOGIBANASHI』に並ぶ5つの楽曲たちのなかでも、とくに異彩を放ち、独特の存在感をまとっている楽曲『透明稼業』。
この『透明稼業』の作詞を手がけてくださったのは詩人の最果タヒさんです。最果さんの作品に対峙するのは、実は初めてではなく、今回が2回目でした。2018年にLittle Glee Monsterの皆さんの『夏になって歌え』という作品でご一緒しています。
最果タヒ
1986年生まれ。中原中也賞・現代詩花椿賞などを受賞。詩集に『グッドモーニング』『死んでしまう系のぼくらに』『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『夜景座生まれ』などがある。アーティストへの歌詞提供も行う。
この「夏になって歌え」の曲作りが、非常に印象深い思い出として自分のなかに残っていました。
実は自分にとって、この作品は生まれて初めて”詩先”でつくった楽曲でした。誰かの言葉にメロディをつけるという経験が、それまで一度も無かったのです。(作品のリリース自体は2018年だったのですが、楽曲制作はもう少し以前に行われていました)
Little Glee Monster「夏になって歌え」(2018)
作詞:最果タヒ 作曲:水野良樹 編曲:島田昌典
初めて経験する”詩先”が、最果タヒさんの作品だというのも、ずいぶんと幸運な話です。”詩先”での曲作りの新鮮さも、もちろん覚えていますが、より印象に残ったのは最果さんとのシンプルなやりとりでした。
最果さんの詩をスタッフの方に渡されて、僕はメロディをつけて返す。なにかこまごまとした打ち合わせをするわけでもなく、互いの作品に感想をつけ加えることもない。ほんとうに、詩とメロディとだけで向き合う、削ぎ落とされたやりとりで、それがすごく心地よかったのです。
『夏になって歌え』の制作のときは、もちろんLittle Glee Monsterの皆さんの作品となることがわかっていて、彼女たちの素晴らしい歌声が意識にありました。一方で今回は、最果さんから詩を頂く段階では、歌い手が誰になるかさえ見えていませんでした。前回にもまして、詩から立ち上がるものだけを、曲作りのうえで頼りにしていたと思います。
不思議だったのは、詩から導かれるようにしてつくったはずのメロディを何度も聴き直していると、どこかの瞬間で「これは自分のことを歌っているのではないか」と思う時間があったことです。最果さんの詩と向き合っていたはずが、森の奥に居たのは自分だったと感じた瞬間があって、不思議なようで、それでいて「それも自然なことだろう」と妙に納得することでもありました。
この楽曲は『OTOGIBANASHI』の5つの楽曲のうち、一番最後につくった楽曲でした。ちょうど体調を崩していた頃とも重なって、この作品を聴く時間が、救いになっていた時期がありました。
サウンドプロデュース(編曲):長谷川白紙さん
誰にこの楽曲を託そう?個人的な思い入れが強くなっても、楽曲を囲い込むようなつもりは毛頭なくて、むしろ自分が普段やっている音楽から、跳躍したところにいる方に預けたほうがいいんじゃないか。そう思ったときに浮かんだのが長谷川白紙さんでした。
長谷川白紙
1998年生まれ、音楽家。2016年頃よりSoundCloudなどで作品を公開し、2018年12月、10代最後にEP『草木萌動』でCDデビュー。2019年11月に1stアルバム『エアにに』、2020年5月、弾き語りカバー集『夢の骨が襲いかかる!』を発表。知的好奇心に深く作用するエクスペリメンタルな音楽性ながら、ポップ・ミュージックの肉感にも直結した衝撃的なそのサウンドは、新たな時代の幕開けを感じさせるものに。
長谷川白紙さんなら、最果さんのこの詩に対しても、自分とは異なるまなざしで見つめて、違う解釈をするかもしれない。何よりも、それを聴いてみたい。
長谷川白紙さんには、以前、自分が担当していたラジオ番組にゲストとして出演して頂いたことがありました。対談のなかで紐解けば紐解くほど、その思考や才能、音楽的教養の奥深さに、驚かされるばかりでした。
J-WAVE「TOKYO NIGHT PARK」HIROBA編集版
※ 今回の記事公開に合わせ、当時の対談(前編)を無料公開に変更しました。
なにか複数の有機体が、それぞれ自由に動いているのだけれど、全体としてみるとすべてを統べるような規則性がある。(まさにそれは生命が生きる、この世界空間そのものです)。そんなイメージを打ち合わせで投げかけたのですが、すでに長谷川さんのなかでもアイディアがいくつも生まれていたようで、そのアイディアともリンクできるところがあったようです。
歌詞『透明稼業』と小説『透明稼業』、そして水野がつくったメロディを踏まえ、長谷川さんは「公園の戯れの中に迷い込んでしまったかのように全てのパートが動物の鳴き声のようになればいいのではないか」とイメージされたそうです。
サンプリングされ、さらに様々な加工を加えられた獣たちの声が、規則性を持って鳴らされる。それは無機質でいて、かつ、まるで脈動のようにうごめいてるようにも聴こえる。生命のような、偶発性と、緊張感に満ちた、音像に驚きました。
唄:崎山蒼志さん
長谷川さんにサウンドを託しながら、一方で同時期に崎山蒼志さんにも、この楽曲を歌って頂けないかと、お声がけをしていました。
崎山蒼志
2002年生まれ静岡県浜松市出身。独自の言語表現が魅力のシンガーソングライター。2018年インターネット番組の出演をきっかけに世に知られることになる。2021年1月メジャーデビュー。2021年水野良樹(いきものがかり)との共作楽曲「風来」を制作。
崎山蒼志さんと長谷川白紙さんとは以前にもお二人でコラボレーションをしていて、もともとすでに親交があります。ちょうど崎山蒼志さんと水野が共作する『風来』という楽曲の制作もスタートするところだったので、たがいの作品をキャッチボールするようなかたちとなって、引き受けてくださいました。
崎山蒼志「感丘(with 長谷川白紙)
崎山蒼志「風来」
ボーカルレコーディングには長谷川白紙さんにも立ち会ってもらって、崎山さんと水野と長谷川さんの3人で『透明稼業』をあいだにおいて、語りあうようなかたちで歌入れをしていきました。
崎山さんの歌声がもつ生々しい揺らぎが、長谷川さんの緊張感のあるサウンドのなかでは、ほどよい温度を放ち、溶けていくようでした。崎山さんの声は、一度聴いたら忘れられない素晴らしい個性を持っていますが、それでいて無駄な情感や、冗長になりがちな演出がありません。ちゃんとぐっとくるのに、どこか淡々としている。冷静さのようなものが潜んでいる。その絶妙なバランスが、本当に得難い才能で、魅力だなと感じました。
言葉は同じ一つのものをみんなで共有しているように見えて、本当は全員違う姿をその言葉に見出しています。でも、その違いが同時に一つの言葉を通じてくっきりと現れるとき、やっと言葉という存在が立体的に現れるのかもしれない、と思います。
最果タヒさんが『OTOGINBANASHI』の刊行発表の際に寄せてくださったコメントの一部をここに引用します。
『透明稼業』をあいだにおいて、長谷川さんと崎山さん、そして水野が交わしたやりとりも、まさにこの作品をみつめる異なる眼差しが、とどまることなくうごめき続けるこの作品を、その瞬間において構築し、立ち上げるような作業だったのかもしれません。この作品が誰かの耳に届いて、そのひとがまた違う眼差しで作品を視るとき、そこでも再び、異なる『透明稼業』がうごめくのかもしれません。
OTOGIBANASHI 03 / 透明稼業
作詞:最果タヒ(小説「透明稼業」)
編曲:長谷川白紙
唄:崎山蒼志
作曲:水野良樹
Program,All Instruments & Chorus 長谷川白紙
Mixed by 岸本浩幸
Vocal Recorded by 木村篤史
Mastered by 阿部充泰
HIROBAでは公式YouTubeチャンネルを開設しています。ぜひご覧ください。
『ステラ2021』(作詞:重松清さん、唄:柄本佑さん、編曲:トオミヨウさん、作曲:水野良樹)のご紹介を以下に続けます。ぜひお読みください。
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