松井五郎さんにきく、歌のこと 8通目の手紙「あなたが、あなたの言葉を手にするために」松井五郎→水野良樹
水野良樹様
梢だけはいつもの年と変わらず秋の気配を湛えているのに、街は未だどこか重々しい空気に沈んでいます。水野君の書簡にあった、季節の移り変わりのグラデーションさえ、日々更新される数字のせいで、暗色へ流れていくようにも思えます。コロナ禍のせいもあるのでしょうか、これまでの仕事とは変わってしまった加重に生活のペースを乱してしまい、返信の期日を守れず申し訳ありません。水野君はお変わりありませんか?
さて、年末が近づき一年を振り返る時期がやってきました。今年も話題になった歌は少なくありませんでした。ただ2020年という年に相応しい作品はあっただろうかと、ふと考えました。例年通りヒットした歌の多くは時代のニーズに応えたものだったと思います。しかし、一方で、2020年という年を象徴するような歌をすぐに思い出せませんでした。もちろん、情報不足を指摘されればそれまでですが、耳を塞いでも聴こえてきたかつての所謂「流行歌」のような歌は、いま在るのでしょうか?
携帯端末の普及が「流行」の意味も変えてしまったので、「流行歌」はかつての意味するところとは違うでしょうし、年末の恒例番組で流れてくる歌を老若男女が口ずさめるような事は、もうあまりなくなりました。その事の善し悪しではありません。歌は生き物ですから、それぞれの時代に適した生まれ方をするものです。にしても、2020年という特殊な年に、生まれるべくして生まれた歌はあったのだろうかと、思うわけです。
現代は誰もがイヤホン越しに「個」の状態で歌と接する機会が多くなりました。そして、今年は更に、ライブやカラオケのように「歌」を共有できる場を失い、歌と人との関係性、距離感が変わってしまった気がします。
──歌のフォーカスがあたるのは、むしろこの社会全体をつつむ息苦しさ、社会が変容してしまったことに対する呆然、より分断が進んでいくことへの恐怖、などなど、いわゆる“空気”に関する抵抗ばかりで、それはつまり遠い“誰か”のことを歌っているのではなく、自分自身を含めた“僕ら”のことを歌っているのだと思います──
──“勇気付ける歌”という構図が可能なのは、僕らが遠くにいるからに他なりません──
なるほど、確かにそうですね。力任せの応援歌のような内容より、内省的な歌詞が多くなったのも、距離感の変化が理由のひとつでもあるのかな。
──これほどまでに当事者性を“誰もが”、“つよく”突きつけられる時代はなかったのかもしれません(日本で言えば、戦前にまで遡るのかもと)──
作り手の立場から見れば、どの歌も、どのアーティストも、コロナに阻まれ、はがゆい思いだったに違いありません。政治的に特殊な時代を除き、特に若い世代は、表現の場を失う苦しみははじめて味わったはずです。普通ならしっかりプロモーションもしてもらえる歌が、なかなか聴いてもらえる機会がない。作者として不憫な気持ちの歌も多かったです。
近年では、震災の年、歌は強く使命を担ったかもしれません。絆や連帯。集う事、手を差し伸べる事で、歌は大きな力になったと思います。しかし、今年は繋がることが許されず、距離を置く事は命を守るための手段にもなりました。歌に託してきた救いや癒やしですら、どの程度の効力があるのか疑問を持たざるを得ない場面が多々ありました。現実に太刀打ちできない「歌」の無力感を感じているのも確かです。コロナ禍の先についてお訊きしようとしたはずが、先の話どころではなく状況は悪化しています。一旦始めてしまった経済対策と第二波三波の間で、よく言われていたアクセルとブレーキのペダルを同時に踏んでいる状況を以前より強く感じます。質問を-歌はコロナとどう闘っていくべきか-とすべきだったかもしれません。
──自分を語るための言葉。
自分の人生を、状況を、想いを、語るための言葉に飢えている。──
SNSが普及して以来、その即時性、瞬発力を考えると、現代は歌の動きが少し鈍く感じます。60年代後半からのフォークソングブームの頃に手に入れた解放区に、水野君の言う-自分を語る言葉-の根があるのでしょうか。そこには協調や共有、或いは団結(イデオロギーの視点も含め)といった、人と人との距離感を縮め、弱者が強者(体制であれ災害であれ)に立ち向かうための力としての歌の存在があったように思えます。その意味ではSNSも大きな力になり得る事は確かですが、ただネットワークによる拡散力は、時に一方的な制裁のような状況が短時間で起こる怖さもあります。匿名性から生じる猜疑心。フェイクの氾濫。真実を見抜く事の難しさを感じる時代です。目を見て話す事、声を聞く事も減り、モニターに並ぶ僕らが信じている言葉は、温度を持たない模様にしか見えない時すらあります。
そんな環境下、自分を語るための言葉を探す?にはどうすべきか。作詞について言えば、僕のように他者のための言葉を書かねばならない立ち位置では、「自分」の解釈をいくつか持たねばなりません。歌う者と書く者の間に存在する距離。そこには演出やデフォルメも必要だったり、そのためのフィクションも装置として必要だったりします。
立ち位置を自覚した上で、その上での自分とは誰なのか?実は、この事は、常に考えさせられる難題です。以前にも書簡で語り合ったテーマでもあるかもしれません。いきものがかりというグループに於ける作者水野良樹君と歌い手吉岡聖恵さんの位置関係。その場合の水野君にとっての自分とは誰なのか?吉岡聖恵さんにとっての自分とは誰なのか?更に、作品中の自分とは誰なのか?そうした様々な視点において、「自分を語るための言葉」とはなにを指すのか?水野君もいきものがかり以外のアーティストに作品提供する機会も増え、その際「自分」をどう捉えているのでしょう?更には、歌い手、聴き手、作品そのものに存在する「自分」をどう捉えようとしているのか?
──歌は主語を聴き手に預けることができる存在だと思います。
これからの歌は、どうやったら自分の言葉を立ち上げたいと思っているひとたちの要求に応えられるのか。安易でセンセーショナルな答えを与える(おしつける)のではなく、聴き手が主語となって自分自身を語るために、自分自身の記憶や感情が自然と立ち上がってくるような歌──
勿論、書き分けていけばいい話ではあります。ひとつの作品についての話ではないので、実際はこの歌はこう、あの歌はこうという事なのだとは思います。ただ、僕の場合、作詞者としての立ち位置が限定されている事がほとんどなので、「私・個」としての「自分」よりも、それ以外の「自分」を意識している。そうなると、あくまで歌の詞という意味でですが、僕にとっての「自分を語るための言葉」とは、まず、「私・個」を俯瞰するところから始まっている気がします。時には、「私・個」が「語りたい言葉」とは真逆のものを作っている。「私・個」としての「自分」は封印している場合もあったなと思います。
「自分を語るための言葉」難題です。
僕も病などで一生を終える同胞が多くなる年齢になりました。そして、最近、若くして人生を自ら終える表現者たちのニュースも耳にします。同業の人でなくても、広く目を向ければ、恐らくコロナ禍の影響からも、今後厳しい現実が待っているはずです。そういった実情も考えた時、「自分を語るための言葉」の意味が重さを増します。
今回は少しとりとめのない内容になってしまいました。日々変わる日常に、自分自身、未来に向けてはっきりした視点を定められていないのかもしれません。
──松井さんは、今、歌はどのようになっていくと思われますか?──
その問いにきちんと答えられない自分が正直なところです。ホブ・ディランの「答えは風の中」の意味がようやく少しわかりかけた気がします(笑)。
ただ、これまでも決して雛形や鋳型を作らない。常にゼロベースで紙面に向かう意識が強かったので、創作に対しては、そうありたいと思っています。作り手として時代との整合性を考えるならば、「混沌」こそ「真実」の源のような感覚で。
さて、今回は少し重い話になったので、例えば、最近気になったとか、ショックを受けた歌詞の話などしませんか。実は桑田佳祐さんが書かれた坂本冬美さんの「ブッダのように私は死んだ」が衝撃的で、水野君もきっと聴いてらっしゃると思うので、どう思われたか、感想を聞きたいです。
松井五郎
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