ある企画が始まる前に、語っておきたいこと④-”かたち”と”物語”を与えられた先で
HIROBA
夜空の星を眺めて、何を思うのか。
無秩序に散らばった星たちを、線でつないで、星座(=かたち)という虚構を立ち上げるのが人間だ。それらには豊かな神話が添えられていて、今にまで語り継がれている。
そこにあった現実は、暗闇に浮かぶ、星の光だけだ。
そんな、ほぼ無に近い地平から、物語を立ち上げる過程がどんなものだったのか。あえて”語り始めた誰か”がいるはずだと言ってしまうけれど、そのひとと(そのひとたちと)同じくらいの想像力は、僕らにもあるはずだと思っている。人間はそう変わらない。
僕らはそれほど進化していないはずだ。歴史を経て、知識は膨大に増えたけれども(個体の死を超え、知識が受け継がれ、集団のなかで蓄積されていく様子は、それそのものがひとつの大きな”コト”であり、生命のようだけれど)、想像力自体は、それほど変化はなかったのではないか。
このとき、試されているのは、星を眺める側だ。
星の光は、おどろくことに、古代とほぼ不変だ。
ああ、でも地上の光が増えたから、見えなくなってしまった星が多くあるか。
星座は"かたち"であり、神話は"物語"そのものだ。
星座は"どう見たか"であり、神話は"どう語ったか"だ。
当たり前のことだけれど、それらがあることによって、数千年ほどに及ぶ長い時間を隔てていても、僕らはかつての"視座"と、かつての"解釈"を知ることができている。
"かたち"は時間が表現されやすいメディアだ。
端的に古代のひとたちは、星空を眺め、そこに竪琴のかたちを見ることはできても、自動車のかたちを見ることはできない。
この差異はたとえ数十年のような短いスパンでも、はっきりと現れる。50年前のひとは自動車のかたちを見ることはできても、スマートフォンのかたちを見ることはできないはずだ。
かたちは、その瞬間に見えているものの枠を越えにくい。だから、そのとき、主格が何を見ていたのかに縛られる。ポジティブに言い表せば、何を見ていたのかが保存され、再現される。
一方で"物語"は、時間の制約を"かたち"よりも受けにくい。何を願っていたのか、何を正しいと思っていたのか、あるいは何を"見ようとしていたのか"は、もっと厚みのある時間のなかを、貫いていくものだ。
なぜ、古典芸能や、武道のたぐいが、その伝承において、たびたびに"型(かた)"という概念を採用しているのか。それは時をこえて(時間の経過や、それにともなう環境の変化に影響されずに)視座を再現し、伝承するときに、それがもっとも有効な手段だからではないか。”襲名”という継承方式も”かたち”を伝え与えるという意味で、それと近いものではないか。
しかし、世界をどう見ていたか(=かたち)と、どう語っていたか(=物語)を与えられて、新しい世代のひとびとが次にするのは、その受け継いできた”かたち”で現代という時間のなかで芸を、あるいは世を見て、どう語り”続けるか”だ。この”続ける”という作業は、新しい世代のひとびとが生きる今を、接続しなければ、なしえない作業だ。
ここで、僕らは試される。お前たちは何を語るのだ。と。
物語は、語り続けられるかぎり、死はこない。
物語は、モノではなく、コトだから、永遠への可能性に開かれている。
反復練習と厳しい修練で”型”を身につけ、なおかつ伝承によって多くの”語り”を学んだ継承者たちは、自分の身を賭けて、それらを絶えず語り直すという、難題に立ち向かわなければならないのだろう。
自分の身から離れた、遠い世界の話をしているのではない。
自分は、ここで、自分の話をしようとしている。
伝承しなければならないものを抱えた、尊敬すべきひとたちの話を、物知り顔で話し続けることに、それほどの意味はない。
話は自分の目の前へと、帰ってくる。
歌もまた、”かたち”と”物語”の構造を、そこに内包している。
あるいはメロディは”かたち”であり、詞は”物語”だ。
無数にある音という星空のなかから、いくつかの星を選び、そこに秩序を与える。それは星座をかたちづくる構図とほとんど同じだ。
そのかたちに、言葉によって”物語”が添えられる。
ここでやっと、話は、僕だけではなく、あなたのもとにもたどりつく。
その歌を目の前にして、聴き手は問われるからだ。
あなたは、どう語るのか?と。
歌というものは”かたち”を楽しみ、”物語”を楽しむものでもあるけれど、その存在がもっとも大きく課されている役目は「あなたが、あなたを語るときを与える」ということだ。これは逆説的に「あなたが語らなければ、現れない楽しみがある」ということを指し示している。
誰かが、誰かへの愛を伝える”かたち”が、”物語”がそこに在る。
あなたに、語る愛があったとき、はじめて知れる、楽しみがある。
夜空の星を眺めて、何を思うのか。
世界は、あなたが語り出さなければ、開かれない。
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