『光る野原』ができあがるまで
HIROBA『OTOGIBANASHI』が10月28日講談社より、刊行されました。水野良樹(いきものがかり)が2019年から始めた実験的プロジェクトHIROBA。
そのHIROBAに5人の作家が集い、5つの歌と、5つの小説が生み出されました。5つの歌がどのようにつくられていったのか。その創作ストーリーを、作曲を担当した水野良樹が1曲ずつ語っていきます。
『光る野原』
『光る野原』
作詞:彩瀬まる 唄:伊藤沙莉 編曲:横山裕章 作曲:水野良樹
作詞:彩瀬まるさん(小説『みちくさ』)
---水野さんが、私の小説のどのような部分を、今回の作品づくりで求めていらっしゃるのか。伺いたいです---
コロナ渦のZoomでの初めての打ち合わせで、彩瀬さんが投げかけてくださったのは、そんな主旨のご質問でした。ご自身の小説は作品によって様々なトーンがある。彩瀬さんの小説には、穏やかでハートウォーミングな作品もあれば、ままならない人間の有り様をビビッドにえぐりとった、切なくて胸が苦しくなるような作品もあります。今回、僕が彩瀬さんにリクエストしたのは、どちらかといえば後者のような作品でした。
彩瀬まる
1986年生まれ。2010年、「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補になる。著書に『骨を彩る』『神様のケーキを頬ばるまで』『朝が来るまでそばにいる』などがある。最新作は『川のほとりで羽化するぼくら』。
なぜHIROBAをやっているのか。なぜ『OTOGIBANASHI』のような、異なるジャンルのひとたちをつなげるような企画をやるのか。その理由を辿ると、そこには「他者とどうしたらつながれるのか、どうしたら共生できるのか」という、僕の人間としての根本的な悩みがあります。
たとえば「誰かを愛する」ということは、まるで美しくて素晴らしいことのように扱われてしまいがちで(自分もそのように書いてきたじゃないかと言われてしまいそうですが)、ですが、そこには”他者への執着”や”他者への攻撃性”のような、決して一面的には肯定できないものも、内包されているのではないか。
他者を想うということの、清濁が混沌とした複雑さのようなものを、彩瀬さんならそのまま失うことなく、描いていただけるのではないか。彩瀬さんにお声がけしたのには、そんな思いがありました。
彩瀬まる『朝が来るまでそばにいる』
この作品に収録されている「ゆびのいと」という短編なども例にあげながら、彩瀬さんと作品のイメージについて話し合いました。
「いちばん自分がこだわりがある領域、好きな領域をお渡ししていいんだなという安心感があります。伺ってよかった」
そう打ち合わせのなかで笑顔でおっしゃってくださって、そして数週間後に頂いた歌詞が、この『光る野原』でした。
私の魔物 いつもこわい
愛をとどめて おけないの
こんなにすばらしい君の
触り方すら 分からなくなった
楽曲『光る野原』より 作詞:彩瀬まる
まさに、まさに。
まさに、彩瀬さんが、彩瀬さんたる、作品を頂けたように思います。
この歌詞にメロディをつけ、向き合うなかで、言葉から漂う気配や、湿度のようなものをずっと感じていました。やがて小説『みちくさ』が彩瀬さんから再び送られてくるわけですが、それを読んで、メロディを書いているときに感じていたあの湿度が、そこに在りました。
サウンドプロデュース(編曲):横山裕章さん
今回『光る野原』のサウンドプロデュースをお願いしたのは、同世代の音楽プロデュサーである横山裕章さんです。
歌詞『光る野原』、そして小説『みちくさ』を頂いたあと、自分自身でもデモをつくりながら、この楽曲をどう仕上げていくかを考えていました。
『光る野原』というタイトルそのものが、すでに豊かなイメージを醸し出してくれていますが、この作品の生々しい湿度や、それでいて幻想的な”空間そのもの”を表現できるひと。なおかつ、ちゃんとポップスとして聴けるようなわかりやすさもあってほしい。そんな贅沢で、わがままなリクエストを叶えてくれるひととして、横山さんのことを思い浮かべました。
横山裕章
音楽プロデューサー・作曲家・agehasprings。YUKI、JUJU、MISIA、木村カエラ、Aimerなど様々なアーティストへの楽曲提供・アレンジ、サウンドプロデュースを手掛ける。バンドマスターとしての活動やTV-CMや映画、アニメ等の音楽、コンテンポラリーダンス公演作品の音楽を担当するなどその活動は多岐に渡る。
横山さんは、J-POPの最前線で様々なアーティストの作品をプロデュースされています。一方で、アンビエントミュージックにも造詣が深いと、共通の知人のミュージシャンを通じて聞いていました。横山さんは歌詞『光る野原』だけでなく、小説『みちくさ』も読んでくれたうえで、イメージをサウンドに落とし込んでくれました。
”静けさを音で表現する”
言葉の意味としては、矛盾している一文ですが、横山さんが仕上げてくださったサウンドは、この作品に沈殿する諦めのようなもの、失望のようなもの、それらが漂わせてしまう静けさのようなものを、感じさせてくれるものになったと思います。それでいて、エンターテイメントの楽曲としての風格をしっかりと与えられている。本当に、わがままを叶えてもらいました。
唄:伊藤沙莉さん
これまで書いてきたように『光る野原』は、いくつものイメージを内包した多面的な作品です。ただわかりやすく”美しい”とか、”優しい”とか、一言で言い切れないものにしたい。伊藤さんが持つ歌声は、その願いを叶えてくれたのだと思います。
伊藤沙莉
千葉県出身。近年の主な出演作に映画『獣道』『寝ても覚めても』『ステップ』『タイトル、拒絶』、ドラマ「これは経費で落ちません!」「いいね!光源氏くん」「全裸監督」「モモウメ」など。『ボクたちはみんな大人になれなかった』が2021年11月5日に劇場公開、Netflixにて配信。
お芝居の世界で伊藤さんが受けられている高い評価は、もう僕なんかがわざわざ説明するまでもないでしょう。多くの方がご存知のことと思います。
ですが、意外にも本格的な歌のレコーディングを経験するのは今回がほぼ初めてだったそうで、現場では大変緊張されていました。僕も、なんとか伊藤さんに気持ちよく歌って頂けるようにと、スタジオに入る前からディレクションについてあれこれと頭でっかちに考えをめぐらせていたんですが、その不安は、良い意味で杞憂に終わりました。
とにかく反応が早かった。レコーディング中、歌の表現について一言こちらがリクエストすると、それを深く理解してくれて、すぐにボールを返してくれる。お芝居での表現と近いところがあるのでしょうか、演出に対するセンサーの張り方だったり、引き出しの多さだったり、本当に見事でした。伊藤さんと歌をかたちにするキャッチボールが、とても楽しい時間でした。
「(彩瀬さんの歌詞は)台本で言えば、言いたくなるセリフというか。一番最初に読んだときからそう思っていたので。(歌いながら)ひとつ、ひとつの言葉が自分から出てくることがとても心地よくて」
レコーディングが終わって、そう伊藤さんが言ってくださったときに、彩瀬さんから預かった歌詞が、ちゃんと表現の出口にいる伊藤さんのもとまで届いたんだなと思えて、とても嬉しかったです。
OTOGIBANASHI 01 / 光る野原
作詞:彩瀬まる (小説「みちくさ」)
編曲:横山裕章
唄:伊藤沙莉
作曲:水野良樹
Drums 堀正輝
E.Bass 須藤優
Strings 未央ストリングス
AcousticPiano & All other Instruments 横山裕章
Recorded & Mixed by 森真樹
Vocal Recorded by 熊谷邑太
Mastered by 阿部充泰
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『南極に咲く花へ』(作詞:宮内悠介さん、唄:坂本真綾さん、編曲:江口亮さん、作曲:水野良樹)のご紹介を以下に続けます。ぜひお読みください。
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