読む『対談Q』 水野良樹×橋口洋平(wacci) 第2回:自分が歌うとき、そぎ落としているものがいっぱいある。
突破口としての「生き抜いてきた」
水野:俺、このテーマを見つけて、「じゃあカッコいい男の歌はないのかな?」って考えたときに、ふと思ったんだけど。最近、HIP HOPのラッパーのみなさんがバトルする番組ってたくさんあるじゃない。
橋口:フリースタイルダンジョンとか。
水野:そうそう。基本あのひとたちって、「俺が最高だ」って言い合っているの。相手をディスりながら。もちろん競技性もあって。「俺がいちばん強い」とか「俺が伝説を作っていく」とか、めっちゃ「俺が俺が」なのよ。あそこでカッコ悪い歌、ないなと思って。
橋口:ない。
水野:僕らがよく書くような。「俺は全然ダメなやつだけど」みたいなところからグジグジとスタートして、最高まで行かない歌はないのよ。
橋口:たしかにそうですね。
水野:だから、ジャンルなのかなって思ったりもするのよね。なんでみんなあんなに自信があるんだろうって思うの。
橋口:あの方々がご自身で外に向けて、誰かを負かすためじゃなく歌っているのは、どういう言葉なのか知りたいですね。不勉強であんまりそこわかってなくて。
水野:でもダメなまま終わる歌はないと思うのよ。「俺は情けないやつだった」っていう前半はあるけど、「でも乗り越えていくぜ。俺はもうここから立ち上がっていくぜ」って歌のほうが多い気がする。
橋口:うんうん、たしかに。
水野:「自分が育ったのはすごく荒れていた地域だった。あいつはもうどこか刑務所に行っちゃった」とか。「こんなヤバいことがあって、そのなかで俺は生き抜いてきた」って感じなのよ。それを俺らのジャンルでやろうとすると、難しくない?
橋口:難しい。
水野:急に橋口くんがさ、「俺が育った地域は…」って、ファンのみなさんザワッとする。
橋口:ザワッとしますね。
水野:「恋だろ」って言っていたひと、どこ行った?ってなりますよね。「いや、俺だろ」みたいな。
橋口:それ絶対、準備してた!「俺だろ」って!
水野:してない(笑)。
橋口:ラブソングはさすがに難しいけど、自分を鼓舞する系だといけるのかもしれないですね。突破口としての「生き抜いてきた」って。たとえば、自分の育ってきた環境の劣勢があったり。人間関係で苦しんだ自分がいたり。そういうのを手前に並べてからの、「生き抜いてきた」じゃないですか。マイナス部分が、「情けない自分」ではなくて違う面だと、カッコよさとして成り立つのかもしれないですね。
水野:そうか。
橋口:それができるのは応援系かもしれないですね。
水野:ゴリゴリのラッパーとはまた違うのかもしれないけど、もうちょっと俺ら寄りのHIP HOPスタイルも入っているので言うと、たとえばファンモンとかは、「自分が情けない」ってところから、「でももうひとつ行こう」みたいな応援だよね。それは成立する。だけど、「海老名、厚木、荒れてたぜ」ってならないもんねぇ…。
橋口:そうですねぇ。やっぱり…日本ですし。治安いいもん。
水野:そうなんだよねぇ。治安いいところで育っちゃったからねぇ。
人となりってパターン。
橋口:やっぱりドラマを起こすには、どこか劣勢な部分が必要だし、それが自分の情けなさじゃない形で書けるのは応援歌ですよね。ラブソングも応援歌も、自分がいいときにあんまり聴かないというか。
水野:そうですね。
橋口:失恋したり、生きていて苦しかったり、負けそうだったりするときに音楽に救われるところがあると思うので。どこかで自分と共通するマイナス面がないと、歌が届かないのはありそうですよね。
水野:構造がそうなんだろうね。僕らみたいなポップスに近いジャンルは、聴いたひとが自分のことだと思わないと楽しめないところあるじゃん。たとえば「恋だろ」がバズっているのは、みなさんご自身の恋愛とかに引っかけて歌ったりしているところが大きいから。自分が住んでいる世界の出来事だって共感ベースがないといけない。そうすると橋口くんが言うように、できすぎても共通点が見つけられない。
橋口:うんうんうん。
水野:で、HIP HOPとかのジャンルのひとは、強いやつとかカリスマに憧れる。「ああいうふうになりたい」とか、「俺ももっと強くなってあそこに立てるようになりたい」ってストーリーが惹きつけている部分がある。
橋口:たしかにそうかもしれないですね。
水野:そこで、「あいつ情けないやつだな」って止まっちゃうと、おもしろくならない構造の問題もあるのかもねぇ。
橋口:ちょっとうまく話せるかわからないんですけど…、人となりってパターンも。
水野:人となり。
橋口:HIP HOPはそういう憧れというか、そういう存在が惹きつけている。じゃあ、たとえば沢田研二さんとか矢沢永吉さんって、情けなさがなくてもいいですよね。
水野:いいです、いいです。
橋口:憧れのアイコンとして存在しているひとが、さらにみんなから憧れとして見られるための、ただカッコいいだけの男の楽曲って、需要がありそうだなって今思いました。
水野:なるほどねぇ。それはやっぱりスターであることを背負ってくれているわけだからね。
橋口:そのアイコンがある状態で歌うから、情けなさがそこになくても、刺さるかもしれないなって思いました。
イケメンだから歌える言葉。
水野:橋口くんが僕といちばん違うのは、作った歌を自分で歌うところだと思うんですよ。僕はひとに歌ってもらうから。どうしても橋口くんのキャラクターみたいなのが聴くひとに影響するじゃないですか。そこは歌うとき、どういうふうに考えているんですか?
橋口:さっき鈴木雅之さんのお話もありましたけど、楽曲提供のときってすごく書きやすいんです。だから自分が歌うときって、そぎ落としているものがいっぱいあるんだなって。
水野:なるほど! これはちょっと自分のイメージに合わないとか。
橋口:ジャニーズのみなさんだからこそ歌えるキラキラ感だったり。ザックリ言うと、イケメンだから歌える言葉ってあるんだなと思いました。多分、水野さんずっと、吉岡聖恵という方がいて、その方を通して出る言葉を意識されて書いてきたと思うんですけど。僕も自分という人間を意識して書いていたんだなぁって、楽曲提供させていただいて、より思うようになりましたね。
水野:橋口くん自体、ファンのひとが増えてきたりして、「こういうひとなんじゃないかな」ってイメージがデビューしたときより膨らんできていたりするじゃないですか。そういうものは、どう思っているんですか?
橋口:うーん、今の自分に似合わないような言葉はもう書かないようにしています。それか、乖離(かいり)できるもの。
水野:思い切り離れていれば、フィクションとして。
橋口:そうです。たとえば「恋だろ」も大きなテーマを歌っている感じがあって。「いろんな恋の障壁があっても、乗り越えていけるのが恋だろ」みたいな。でもそこに対して、ちゃんと主人公がいる。僕が歌うってよりは、歌として物語が成立している気がしていて。だからあまり自分との乖離は気にせず書けたところがあるんです。
水野:少しストーリーテラー的なところが。
橋口:ありますね。とくにここ数年はかなり。多分、「別の人の彼女になったよ」が女性目線で広がってくれたのもあって。ある程度、自分と歌が乖離していても大丈夫になってきている気がする。あとは、年齢を重ねるごとにどうしても、昔作っていた歌って…。
水野:はいはい。ちょっと気恥ずかしく。
橋口:なってきたりするじゃないですか。だからもう受け入れるしかないかなって。
水野:もうそんな感覚があるんだ。
橋口:ありますね。水野さんは楽曲提供をたくさんされているじゃないですか。それこそさっき言っていた、「そのひとだから似合う言葉」って…。
水野:やっぱりジャニーズのみなさんとか思いますよね。
橋口:自分だったら絶対無理?
水野:無理だねぇ!無理だなってフレーズはある。男性アイドルの方とか、女性ファンが多いアーティストの方に書くときって、女性のみなさんがどういう言葉をそのアーティストからかけられたら嬉しいだろうみたいなことをなるべく想像するようにしていて。
橋口:わかります。
水野:どこか疑似恋愛みたいなところもあるじゃない。「カッコいいひとにこういうことを言ってほしい」とか、ファンのひとはあると思うから。そういうのを考えて書くときは、「大丈夫かな…」ってドキドキするけど、実際に歌っていただくと、「すげー、成立してるー」って思ったり。
橋口:そうですよね。
水野:自分が歌ったら、こっ恥ずかしくてどこ見ても歌えないようなフレーズを、ちゃんとカメラ目線で歌うじゃない。「君だよ!」みたいな。しかも全然イヤな感じがしない。それはそういうエンタメなんだなぁって。
橋口:カッコいいですよね。
水野:だからやっぱり、そのひとのカッコよさを借りないと、カッコいい男の歌はなかなか書けないのかもしれないですよね。ストーリーだけでいこうとすると、ドラマがないと歌にならない。いやぁ難しいねぇ。
橋口:難しいですね。今、結構このテーマひとつでいろんな論点が混在していますね。
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