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「HIROBAビジネス」水野良樹×鶴岡裕太対談【後編】

~仮にまだ音楽という概念がなかったとして、今このタイミングで生まれたとしたら…~

水野:すごく根本的な話なんですけど、インターネットで個人が力を持っていくこと、個人がエンパワーメントされていくことって、どういう価値を生み出すと思いますか? 意外とみんな詳しく分析したことってないなと。

鶴岡:複数の見方があるかなと思っています。ドライなほうで言うと、これだけSNSが普及していくと、世の中がそういう流れになっていかざるを得ない。今までの自分の立場を利用して、持っている利権を振りかざしてその場にとどまろうとしても、もはやとどまれないぐらいの流れになってきているかなと。すべてのものが民主化されてきているというのがひとつですね。

もうひとつは、全員が全員、同じような生き方をする時代は終わったのかなと。たとえば昔だと、大学を出て、企業に入って、結婚して、子どもを持って、終身雇用されて、みたいなのが当たり前でしたよね。でも僕の周りを見ていると、その当たり前のレールから離れている人もすごく楽しそうに幸せそうに生きているし、そういう価値観の時代になってきていて。だから、個人として生きるべきと言っているわけでも、これまでのレールが悪いと言っているわけでもなく、よりそれぞれの道で生きていける時代になっていくんだろうなと。そして、個人でやっていく人でも大企業と比べて遜色ないぐらいにやりたいことを実現できる世の中を作っていきたいと思っていますね。

水野:僕は1982年生まれで、鶴岡さんよりちょっと上なんですけど、僕らの世代でもいわゆるステレオタイプなスタイルを否定する流れはすごく強くあって。どういう風になっていったかというと、「世界に一つだけの花」の歌詞のように、みんながオンリーワンで、みんなに個性があるという価値観を植え付けられたような世代だと思うんです。それって、基本のモデルスタイルがあって、それをある意味、敵視すれば良いみたいな。その敵を前提にしかスタートできないストーリーというか。

鶴岡:なるほど。逆にすごく既存のモデルを意識していますよね。

水野:はい。でも今って、もう一歩先へ進んでいる感じがしますね。反発するための壁さえないというか。まさにそれぞれが否応なく個人の状態になってしまいがちな世の中の流れになっていて。だからこそ『BASE』のような、個人を支える、個人の社会保障みたいなサービスが求められているのかなって。

鶴岡:そうですね。そう思います。

水野:ただ、そのなかで迷っちゃう人もいて。僕らの世代なら、既存のシステムの逆であれば良いって、実は考えなくて進められる意思決定だった気がするんです。でも今は自分で価値観の中心軸を選ばなきゃいけないから、悩んでしまうというか。そこで質問なんですけど、『BASE』もある種プラットホームじゃないですか。そうすると『BASE』というプラットホームの影響を個人に与えすぎてしまうところもある気がして。それは多分、鶴岡さんの意思とは反していると思うんですよ。それを避けるために考えることってありますか?

鶴岡:たしかに、新しく入った道でも、そっちはそっちでいろんなルールがあったりしますよね。究極的にはみんなが自由に、何の影響も受けず幸せに生きていけるのが、たどり着くべきところだとは思っているのですが。おっしゃるとおり、完全に自由に何かアクションできる人ってやっぱりまだ限られていて。道を逸れているようで逸れてないというか。ひと昔前の道は逸れているんだけど、今歩んでいるところもしっかりと先導してくれる道が見えている。そういう道の方がチャレンジしやすいって人が大多数で。だから実態としては、そういうことを見据えていろんな誘導をしてあげないといけないのかなって。

あと結局、今だとGAFAって呼ばれるような巨大なプラットホームがあって、自由の象徴でもあるけれど、実は彼らの思うつぼのように人々は動いているという面もあるとは思うんです。そのへんはたしかにプラットホームの宿命でもあり、すごく難しくて。どれだけアジャストできるの?みたいなことは考えます。だけど、長い目で見て、どんどん世の中は自由なほうへ傾いていって、多様な選択肢を取れるようになっていくと考えると、今はまず一つずつ選択肢を増やし続けていくことが大事なのかなと。

水野:それを意識しているかどうかで全然違いますよね。

鶴岡:そうですね。まぁでも個人的には楽観的なので、もちろん『BASE』がすべて支えられればベストですけど、仮にひとつプラットホームがダメになったとしても、それを凌駕する良いプラットホームが出てきますからね。巨大プラットホームの是非っていうのは、グローバルでも大きなトレンドではありますけど…。でも人々からすると、どんどん良い世の中になっていくんじゃないかなと思っていますね。

水野:音楽の面で言うと、僕らが思春期の頃には“メジャーデビュー”という言葉が大きくて。勝手にメジャーという基準が決められていて、そこを超えられるかどうか、資本に乗っかるか乗っからないかみたいなルールの上で、競争を行わせられるという時代があったんですね。でもそこからサブスクが出てきたり、個人でも制作ができるようになったり、流通が別に“物”じゃなくても良くなったり、決済サービスも増えたりしていって。じゃあ自由じゃん!と思いきや、今はSpotifyのルールの影響下にいるんですよね(笑)。プレイリストにどう上手く乗っかるかみたいな。プラットホームが支配するゲーム下にいる。

鶴岡:たしかに。SpotifyとかApple Musicとかって、アーティストさんからするとたしかに、めちゃくちゃ強烈なルールが誕生しているんだろうなって感じはしますね。

水野:ルールを作る人が変わっただけ、違う国に行ったら違う国のルールがあったみたいな。そこがすごく難しいなと思うんですよね。でもたしかに良くなっている部分もたくさんあって、チャンスは広がっているはずで。その良い面を意識しながら、ユーザー側とプラットホーム側がお互いに適度な緊張感を保つというか、そういうことを考えていかないといけないなって、お話を伺っていて思いました。

鶴岡:やっぱりまだプラットホームが強い時代であることは間違いないと思うので、これから世の中がどうなっていくのかっていうところだと思うんですけど、行ったり来たりはする気がしています。たとえば今まで、楽天とかAmazonとか、加盟店にとって“めちゃくちゃ集客してくれるけど、そこの色になじまないといけない”というモール型のプラットホームが多くて。そこのアンチテーゼとして『BASE』は“ショップ自体はみなさんの好きなように表現してください。その代わりに集客もご自身にお任せします”という、ある意味正反対のストアフロント型のプラットホームを用意したんですね。それが今後どうジャッジされるかはわからなくて。もしかすると昔のプラットホームに戻っちゃうのか。それとももっと自由な方向に行くのか。テクノロジー企業は次から次へと生まれていくと思うので、どんどん世の中の求めているほうに変化していくんだろうなと思います。

水野:でも僕はやっぱりイチユーザーとして『BASE』って、良い意味でプラットホームの色が少ないからこそ、それぞれカスタマイズされた“自分プラットホーム”を作れるのが最高だなと思うんですよね。少ないルールのなかで、自分のカラー、強み、ビジネスポイント、そういう個別のブランドの特色を前に出せるプラットホームって理想だなと。おっしゃるとおり、既存のプラットホームだと「ここはこういう空気感だよね」みたいなものがあるから、それが多分今後、好き嫌い分かれてくるところなんですよね。

鶴岡:そうですね。たしかに『BASE』としては、反プラットホーム側に振り切っていて。たとえば、成長を強要しないとか。というのも、今までの概念だと100万円売れていたら、それを1,000万円にしたいと思うじゃないですか。でも『BASE』の加盟店さんに話を聞くと、100万円を維持したいという方が多いんです。1,000万にすると、価値観の合う友達以外の人とも働かなきゃいけないとか、自分がお世話になっている地域以外の人にも売らなきゃいけないとか。そういう方に対して「やりたいことをやってください。とくに成長も求めません」っていうスタンスなんですよ。

あとビジネスモデルの面でも『BASE』って、初期費用とか月額費用を取らないんです。今までの類似企業って、そういうコストは取っていたんですけど、僕らは加盟店と運命共同体になりたいと思っていて。だからショップさんが売れたら、我々も手数料をいただく。売れなかったら、我々もうまくいかない。そうやってユーザーさんとプラットホーム側が平等にいたいんですね。これの逆が大きく支持される時代が来るとしたら、それは『BASE』からすると恐怖でもあるんですけどね。それは読み切れません。ちなみにアーティストさんがSpotifyとかApple Musicを抜けない理由ってどういったものなんですか?

水野:それがまた難しくて…(笑)。音楽って巨大なマーケットなようで、実はわりと小さいマーケットだと思うんですよ。乱暴な言い方をすると、多くの音楽好きな人って、SpotifyができたらSpotifyに飛びつくし、ひとつのサービスに一気に染まっちゃいやすい層な気がしていて。そこにいないと“なかったことにされちゃう”んですよ。それが強く表れる市場だと思います。僕らなんかはわりとお茶の間に近いグループで、テレビに出ているから全国民が見ているかのように見えるかもしれないんですけど、あれは音楽じゃなく芸能をやっていて、多分ジャンルが違うんですよね。だから音楽市場とも言い切れないというか。

その芸能と広告が上手く結びついたのが、90年代後半~2000年代前半のCDバブル期で。あれって、音楽を売っていたんじゃなくて、世の中のいろんなことと上手くフィッティングして、まったく違うビジネスが生まれたからああなっていたんだと思うんですよ。今、音楽で言うと、やっぱりあるプラットホームで強いアーティストがどんどん強くなっちゃうっていうのはあるかもしれないですね。逆にSpotifyになければ“ない”し、YouTubeになければ“ない”とされちゃう。それでかなりアドバンテージが奪われちゃう。だからやっぱりそこに参加していくんですよね。

鶴岡:なるほど。プラットホームが強くなりすぎているっていうことですね。

水野:そうですね。鶴岡さんからは、音楽業界ってざっくばらんにどのように見えていますか?

鶴岡:たしかに、そのプラットホーム依存からどうやって抜けるんだろうなというのはひとつあるんですけど…。一方で版権ってあるじゃないですか。あの仕組みってよく成り立ったなというか、なかなか音楽以外でないなと。良くも悪くも新しいプロダクトができる何かを阻害している可能性があるとか、実際の問題はいろいろあると思いますけど、すごくクリエイターを大事にされていますよね。創作者へのリスペクトが制度になっていて。昔作った音楽が聴かれたらずっと印税が入り続けるってすごいですよ。そういう意味では、独特なマーケットだなと思います。

水野:はい。JASRACとかよく叩かれているけれど、あれがないとこんなに成長してないですからね。

鶴岡:そうですよね。ITとかって別にプロダクトを作ってそれが権利になることはないというか。『BASE』とまったく同じプロダクトを作られても、何も文句は言えないわけですよ。だからJASRACとかって、アーティストの方からすると必要ですよね。必ず。YouTubeでしか儲からないみたいな世の中になっていた可能性もあるわけだし。仮に今の世の中で音楽という概念がなかったとして、今このタイミングで生まれたとしたら、ああいう権利構造にはならないんじゃないかなと思うんですよね。そういう意味では、すごく良いタイミングで音楽は利権化されたんだなって思います。なかなかないですよね。個人の創作がここまで守られるって。

水野:そういう客観的なご意見をどんどんお伺いしたいですね。メルカリの小泉さんにも言ったんですけど、音楽業界の人ってやっぱり音楽が大好きなので、ロマンを抱きすぎるというか、実はビジネスマンがあんまりいない気がするんですよね。だからむしろ他の業界の人のほうがバサバサ切ってくれるというか(笑)。

鶴岡:世の中って川の流れみたいにずっと動き続けていて、その流れにいち早く覚悟を決めて乗ったもん勝ちみたいなところがあるじゃないですか。だから、どんなに利権があったとしても、もはやアマゾン川の大きさになった流れを止めるのって無理なんですよね。たとえば、CDが売れなくなったとよく聞きますけど、大きい流れから見ると、たまたま当時の流れが“CDが売れる流れ”だっただけだと思うんです。そして今はIT企業が勝負に入っちゃって、世の中の流れがより早くなっているじゃないですか。我々『BASE』もたまたま今使われているけれど、ちょっと先にどうなっているかはわかりません。世の中は流れ続けていて、その流れは止められないって意識しておくことが大切なのかもしれないですね。

水野:最後に、鶴岡さんは今後『BASE』でどのような影響を社会に与えていきたいですか?

鶴岡:BASE社のミッションでも『Payment to the People, Power to the People.』 と掲げているのですが、人々に決済ソリューションとか、ECソリューションを提供しながら、個人やスモールチームをエンパワーメントしていくというのが我々の思いなので、そこにずっと貢献し続けていけたらなと。10年後、20年後から振り返って世の中を見たときに「この会社が個人とかスモールチームでの可能性をいちばん信じていたよね」って言えるような。そういう未来を信じてプロダクトを作りたいです。そして数十年先に、本当に個人がのびのびと好きなことを仕事にして生きている世の中を作っていけたら良いなと思いますね。

<プロフィール>
鶴岡裕太
BASE株式会社・代表取締役CEO。大分出身。『Payment to the People, Power to the People.』をミッションに掲げ、2012年11月にネットショップ作成サービス『BASE(ベイス)』をリリース。その後、ショッピングアプリ、オンライン決済サービス、ID決済サービス、金融サービスをリリース。ペイメントを世界中の人へ解放し、ひとりひとりがやりたいことを十分に実現できる未来を目指し、サービスの企画・開発・運営を行っている。

BASE株式会社 HP
https://binc.jp

ネットショップ作成サービス「BASE (ベイス)」 HP
https://thebase.in

鶴岡裕太 Twitter
https://twitter.com/0q7

Text/Mio Ide(Uta-Net)

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