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「HIROBAビジネス」水野良樹×鶴岡裕太対談【前編】

~王将を取ることがゴールであって、目の前の歩と歩の戦いで勝つことは重要ではない~

水野:今日は貴重なお時間をいただきましてありがとうございます。まず、すでにいろんなところで訊かれているとは思うのですが、こうして拡大している『BASE(ベイス)』というサービスの今の光景、普及率ってどれぐらいの時点で想像されていましたか?

鶴岡:始めた時点では、こんなに多くの方に触れていただけるとは思っていませんでした。今のサービスは『BASE』という会社を作る前に、僕がコードを書いてリリースしたサービスがもとになっているんですけど、どちらかというと趣味の延長のような感覚だったんですね。「多くの方に使ってもらうぞ」とか「これで大成功するぞ」という感じよりは、こういうサービス作ってみたい、ネットショップを自分でやってみたいと思っている一定の割合の方が喜んでくれたら良いなと思っていたというか。そうやって作ったサービスが、自分の想像を超えて多くの方にご利用いただくことができたので、もっと安定的にサービスを提供しなければと思って起業したんですね。だから、日に日に当初の想像を超え続けているかもしれないですね。

水野:鶴岡さんはいろんなインタビューで「起業することが目的というより、そのサービスやシステムを作ること自体が楽しかった」という主旨のお話をされていますが、その楽しみってどういったところにあったのですか? コードを書いていく行為そのものとか?

鶴岡:コードを書いていくことは、全然楽しくないです(笑)。今までの僕の仕事は、コードを書いている時期もあれば、カスタマーサポートに力を入れている時期、組織を作っている時期、採用活動をしている時期、資金調達をしている時期、いろいろあって、この7~8年間変わり続けているので、目の前の業務が好きというわけでも、個人的な仕事内容にこだわりがあるわけでもなく、ただサービスを作っていることそのものが好きという感じです。新しいサービスを使ってもらったり、新機能をリリースしたりする瞬間っていうのは、いまだにワクワク、ゾクゾクするし、ユーザーさんにご利用いただけることがすごく嬉しい。そういう体験をずっとし続けていますね。

水野:ユーザーさんが使い始めて楽しそうにしていたり、その方の生活が変わったり、今まで個人ではできなかったことができたり、そういうサービスの影響が生まれていくことに楽しみを感じていらっしゃるんですね。学生時代からそういう感覚が強かったのですか? たとえば音楽でいうと、僕はとくに「作っているだけで楽しい!」がスタートだったので、同じように曲を聴き手がどう感じるか想像しないで始める人が多いと思うんですけど。

鶴岡:学生時代は、ただ友達と遊んでゲームしてみたいな感じでしたよ。インターネットを見たりするのは好きでしたけど、当時からコードを書いていたわけでもないし、起業したいとかサービスを作りたいという思いもとくになかったので、のらりくらり過ごしていました。転機というと、大学の頃に大分から上京して、インターネットの会社にインターンとして行って、初めて何かを“作る側”に回ったことですね。ずっと誰かが作った何かを“消費する側”だった者が、誰かに価値を提供できる立場に行ったとき、楽しいなと気づいた感じですかね。

水野:ご自身の自己実現はそういう“楽しい”というところから得ていくことが多いのでしょうか。

鶴岡:そうですね。ユーザーさんが自分たちの作ったプロダクトで喜んでくれているなとか、生活が豊かになっているなって知ることで、自己実現というか承認欲求が満たされている感じですね。なので音楽を作っている方とはまた違うのかもしれませんけど、自分たちが作りたいものを作っているというより、世の中が求めているものを作りたいという感じではあります。

水野:いきものがかりとリンクするところで言うと、うちはボーカルが女性で自分と全然違う人間だったので、わりと自分のことを表現できないグループだったんですね(笑)。でも僕らは逆にそれが功を奏して。女の子の恋の歌を歌ったら、それこそ全然違う価値観を持った女子高生が喜んでくれたり。そこから「もしかしたら自分がやっていることはおもしろいことになるかも」と気づいていったんです。ただ、どこかで自分の欲望が出てくるような気もして。卑近な例だと「お金を儲けたい」とか「カッコよく思われたい」とか。そういう欲望のバランスって、サービスが広がれば広がるほど難しいと思うんですけど、そこで迷うことはなかったんですか?

鶴岡:そうですねぇ…。僕がすごく好きな経営者って何人かいて、たとえばジャック・ドーシーという方は、Twitterを創業した人であり、Squareという決済端末を作った人なんですね。そういう人に対して「世の中がもはやその人が作ったサービス前提で進んでいるってカッコいいな。そういうサービスを作らないと憧れの存在にはなれないな」と感じていたので、自分の欲望とやるべきことが一致しているところはありますね。完璧に作った先で、ようやく自分が目指しているものになれるのかなぁという感じなので。

あと、今のところ「すごくお金が欲しい」と思ったことはないんですけど、人間なので今後そう思ってくる可能性もあるじゃないですか。億万長者になりたいとか(笑)。でも、たとえ億万長者になりたいと思ったとしても、良いサービスを作らないとなれないから。結局、自分がこれからどんな自己実現や承認欲求を抱いたとしても、良いプロダクトを作ることがいちばん良い選択であるところは変わらないのかなと、ふと考えたりしますね。

水野:なるほど。承認欲求の形が変化しても、その手段が“良いプロダクトを作ること”である点は変わらないんですね。では“変化”というところにこじつけてまた別の質問なのですが、最初は起業さえ想像していなかったところからスタートしたものが、もう何十万人、何百万人という方が影響を受けているサービスになっているじゃないですか。そうすると、それぞれの段階で求められるタスクも変わってくるし、人員も変わってくるし、ひとつのビジョンを一貫して同じチームでやっていくのって大変になってくると思うんですけど、そこはどう乗り越えられているのでしょうか。

鶴岡:僕たちって、個人とかスモールなチームをエンパワーメントして、そういう人たちがインターネット上で自由に商売できるような世の中になっていくように貢献していきたいというのが基本的なビジョンで。そこにはすごくこだわり続けているのですが、それ以外のところにはそんなにこだわりがないんです。だから朝令暮改でも良いですし。自分が参加しているゲームをしっかり理解することだけ心がけるみたいな感覚ですね。個人的にはよく将棋にたとえるんですけど、王将を取ることがゴールであって、目の前の歩と歩の戦いで勝つことは重要ではないというか。目の前の勝負にのめり込み過ぎちゃうと、歩がすべて欲しくなっちゃうじゃないですか。

水野:はい(笑)。

鶴岡:でも、なんなら王将以外の全部を取られても、王将を取った人が勝つゲームだから。生きていくとコミュニケーションを含め、日々いろんな小さな勝負が行われていると思うんですけど、常に「これは今自分がかけないといけない勝負なのか」と俯瞰して、冷静に見るようにはしていますね。なので、絶対に落とせない局面は押さえつつ「ここはあえて負けておいた方が次の戦いで有利かもしれないな」とか、そういうことは考えるタイプかもしれないですね。

水野:すごくわかりやすいたとえですね。今、まさに将棋のムーブメントが起きているので、僕はミーハー心でやられちゃって、久しぶりにアプリを入れて将棋をやっているんですよ。

鶴岡:僕もまったく同じです(笑)。ここ数ヶ月、ずっと藤井さんに影響を受けて将棋をやっていますね。

水野:やっちゃいますよね!でも僕、ずっと負けっぱなしで(笑)。レベル1でもガンガン負けていて。多分、素人だから勝手に飛車とか角とかが大事だと思っていて、それだけを取られないようにしていて結局ダメになっちゃうんですよね。

鶴岡:超わかります。

水野:鶴岡さんがおっしゃるとおり、本当は王将を取られなきゃ良いゲームなのに。でも、組織のなかで「これは重要な駒だ」という価値決定って、鶴岡さんだけでできるものですか? たとえばいきものがかりの場合、グループの意思決定ってメンバーだけがやっているわけでもなくて。やっぱり関わっている人たちと決めていくなかで、何を大事にするかがブレちゃったりもすると思うんですけど。

鶴岡:基本的には僕以外の人たちでもちゃんとジャッジできるようにしておかないといけない。とはいえ、大局観はやっぱりトップが決めないとダメなのかな。その方が早いパターンが多いですし。まぁ時と場合によりますかね。それこそ飛車や角の争いみたいなところは、現場のメンバーとかそれぞれのマネージャーで取捨選択できるようにしておかないといけないと思っているので。いずれにしても、大まかな戦略を決めたあとは、それぞれの駒が自立して戦えるのが良いんだろうなと思いますね。それがなかなか難しいんですけど。

水野:難しいですよね。もうひとつ言うと、個人をエンパワーメントすることがビジネスの軸になっているからこそ言及すると、個人が物事を動かすときって自分と違う意志を持った個人とどうコミュニケーションを取っていくのかも大事で。完全に一人で動いて何かを成し遂げるのは難しいから、個人が戦おうとするとその時々で小さな組織を何度も作って戦っていくことになると思うんですけど、そのなかでのコミュニケーションの取り方ってすごく気になりますね。

鶴岡:たしかに日々、小さいコミュニケーションと大きいコミュニケーションといろいろありますけど、やっぱり大きい戦略がちゃんと決まっていることが大切で。あとはもうその場その場の最適解を選んでいくしかないんですよね。僕も今7~8年ぐらい経営をしているんですけど、(経営における)ほとんどの落とし穴ってなかなか避けられないなって感覚があって。

水野:そうなんですか。

鶴岡:落とし穴というか、壁ですかね。壁にぶつかって、ようやく「ぶつかったなぁ」って気づくんですよ(笑)。毎回どうやったらこの壁を迂回できるんだろうって思うんですけど、もう場当たり的な対応でしかしようがないなというか。その都度ぶつかっていたら他のメンバーとかにしわ寄せがいってしまうので申し訳ないのですが、やっぱり避けられないなぁという感覚はありますね。

水野:以前『HIROBAビジネス』でメルカリ会長の小泉さんとお話させていただいたときに印象的だった言葉が「プラットホームを作るとき、あまりルールを設けずシンプルなほうが良い」という主旨のことだったんですね。「こんな機能をつけてほしい」とかいろんな要望が来るけれど、それにすべて答えていくと、実はルールが増えて使いづらくなってしまうんじゃないかと。それって経営にも近いのかなと、鶴岡さんのお話を伺っていても思いました。大局観というか、考え方の軸だけを決めて、それをみんなで一致させておけば、準備されたQ&Aが100個なくても柔軟に乗り越えられるというか。

鶴岡:そうですね。もちろん大きな志とミッションはすごく大事なんですけど。おっしゃっていただいたように、僕もやっぱり働く上でのルール、日々のルールってあまりないほうが良いと思っています。壁にぶつかったら絶対に右、とか決めておく方がその場その場では良いように見えても、長い目で見ると失うものも大きいんじゃないかなと。なので『BASE』では、「Be Hopeful」=楽観的でいよう、「Move Fast」=速く動こう、「Speak Openly」=思ったことはすぐに言おう、この三つの行動指針だけ決めていて、あとはもうみんなに任せるよというスタンスではありますね。そのほうが僕を含め、それぞれのメンバーがやりやすいし、会社としても大きくなれる気がします。

水野:そのほうが現場の人がそれぞれ自分自身で考えるんですかね。

鶴岡:そう思います。あと、僕はその場でそのことをずっと考えているメンバーがいちばん秀でているとも思っていて。超優秀な人が50%の時間を使って考えるより、その場に100%コミットしている人が考える答えの方が多分良いんじゃないかなって。それに100%コミットしている人が出した答えが仮に良くなかったとしても、それは諦めがつくというか。絶対に成功するものなんてないじゃないですか。だから、自信を持って試作をやってみて、ダメだったら「このメンバーがやってダメだったら、誰がやっても失敗していたね」って思えるぐらいのほうが良いと思います。変に他人の考えをいろいろメンバーに伝えきらない方が良いですね。

<プロフィール>
鶴岡裕太
BASE株式会社・代表取締役CEO。大分出身。『Payment to the People, Power to the People.』をミッションに掲げ、2012年11月にネットショップ作成サービス『BASE(ベイス)』をリリース。その後、ショッピングアプリ、オンライン決済サービス、ID決済サービス、金融サービスをリリース。ペイメントを世界中の人へ解放し、ひとりひとりがやりたいことを十分に実現できる未来を目指し、サービスの企画・開発・運営を行っている。

BASE株式会社 HP
https://binc.jp

ネットショップ作成サービス「BASE (ベイス)」 HP
https://thebase.in

鶴岡裕太 Twitter
https://twitter.com/0q7

Text/Mio Ide(Uta-Net)

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