水野良樹×吉田尚記 対談【後編】~ミュージシャンって、人間というシステムのパスワードを知っている人なのかもしれない~
水野:だいぶ話が飛んでしまうんですけど、僕は落語ってすごいなと思っていて。すみません、自分がパッと思いついたことを話してしまいますけど。
吉田:いやいやいや、それで良いじゃない。
水野:落語ってずっと型が同じじゃないですか。筋があって、オチがあって、落語好きな人はそれをすべて知っていて、名人と呼ばれる方たちの音源も何回も聴いていて。だけど今の新しい落語家の噺を聞いて、上手い下手が出るっておもしろいし、なんで同じ噺をそんなに何度も僕らは新鮮に聞けるんだろうかって。そこに音楽やラジオ番組の会話が、価値を持ち続けることのヒントがあるような気がするんですよね。
吉田:音楽だと、人間が「これで曲が終わった」と感じるパターンってめちゃくちゃ少ないって聞いたことあるな。あと人間が音楽だと思える音の並びって、めちゃくちゃ限定的だって。音を繋げただけじゃ全然音楽に聴こえないというか。
水野:多分、今この現代社会で生きている僕たちは生まれたときから音楽が鳴っているから、ある程度“音楽ってこういうものだよ”というステレオタイプな概念が自然とインストールされているんですよ。だから音楽と認識できないものも多い。本当はもっと生活音とかも音楽として楽しめるはずなのに、枠が狭まっちゃっているのかもしれないですね。
吉田:それで言うと、ASMRとかまさに生活音を音楽として楽しんでいるかもね。
水野:そうそう!音楽っていうと、ハーモニーがあって、旋律があって、みたいなイメージが強すぎる。でも、咀嚼音みたいなものに快感を覚えるのも音楽的な楽しみ方で、そこは確証されているのかもしれないですね。そういえばこないだ、長谷川白紙さんというアーティストと対談をして、彼もおもしろいことを言っていたんですよ。彼は僕なんかよりはるかに音感が訓練されていて、まさに“いわゆる音楽”と“音楽じゃないもの”の区別がうまくできないほどらしいんですね。で、普通の雑談のなかで「コロナの自粛期間はどうでしたか?」という話をしたら「生活音がどんどん変わっていくのがすごくおもしろかった」って。
吉田:へぇ…!
水野:緊急事態宣言が出たあとは、外に人が出ていないから、街から生活音が消えていった。でもある時期になると、やっと子どもたちが外に出られるようになって、公園からその声が聴こえてきて、生活のなかに流れる音楽が全然違っておもしろかったと。彼の作品って、混沌をどう音楽として成立させるかみたいなことにフォーカスされていて、良い意味でぐちゃぐちゃなんですよ。全部ごっちゃにして音楽と認められるものを作ろうとしている。調和が取れてないようで取れている。つまり価値変異を起こそうとしているんだと思うんです。今まで音楽とされていた軸だけでなく、新たな軸を作れたらすごく楽しいですよね、と。彼は「世の中のルールを変えるぐらいのことだ」みたいなことをおっしゃっていて、まさにそうだなと思いました。たまにそういうパラダイムシフトをさせる人が出てくるのかもしれないですね。
音楽って自己表現なの?
吉田:その長谷川さんは、歌詞はどうしているの?
水野:歌詞も自分で書いているけど「こういうものを書こう」と思って書くことはないって言っていましたね。メロディーとかを作っていくうちに、必要なものが出てくるって。
吉田:僕も以前ミュージシャンから「どうやって歌詞を書くんですか?という質問がよくあるけど、どうやってもなにも、同時に出てくる」という話を聞きました。だからたとえば、レコード会社の人から「ちょっとこの表現はよくないです」って歌詞を戻されたとしても、音源はそのままにして、歌詞カード上の言葉だけを無難なものに変えていましたね。もともとその言葉に意図があったわけではないし、音だけそう聴こえていれば良いだけのことだから。字面上の意味はどうでもいいって返していて。そういう世界もあるよね。
水野:本当は音楽と言語ってそんなに分離していないはずのものですからね。
吉田:全然分離してないと思う。水野さんが落語を好きだと言っていたのもすごく納得がいくし。落語の世界なんて意味のない音の羅列がめちゃくちゃ使われているじゃないですか。
水野:たしかに。めっちゃ音楽だと思います。
吉田:名人と呼ばれたひとたちのなかで、メロディーとリズムが悪い落語家はひとりもいないし。やっぱり音楽なんですよね。あと落語もASMRも音楽も何度も聴くじゃないですか。実は複数回再生する芸術って珍しいんですよ。そうやって繰り返し楽しまれるのは、同じ理由なんだろうなと思いますね。あと、これ今日訊こうと思っていた話なんだけど、音楽って自己表現なの? たとえば、最初の話に戻ると、自分の価値観をみんなにインストールしたいって欲はあるわけじゃん。でも実際って、言ったことは伝わらなくて、言わなかったことが伝わっていると思うんですよ。
水野:なるほど…深い。
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