読む『対談Q』柴那典さん(音楽ジャーナリスト)後編②
柴:『犬は歌わないけれど』で、何よりグッときたのは、書き下ろしの「親友」で。僕、コロナ禍のいきものがかりをZoomで見ていたんですよ。
水野:そうですよね、「今日から、ここから」のとき。柴さんにあのやりとりを記事にしていただきました。
柴:「今日から、ここから」という、亀田誠治さんといきものがかりが、日比谷音楽祭に向けて作った楽曲。あれって、本当に1年かけて作ったんですね。
水野:まさに1年ですね。途中、どうしても中断する時期もあったので、Zoomでやり取りしながら。
柴:僕は4人のやりとりを文字起こしして、記事にしたんですけれど。記事になっていない部分とか、なんならZoomで無駄話しているのとかも全部聞いていて(笑)
水野:はいはい(笑)つつみかくさず。
柴:いきものがかりの3人って、こうやって作っているんだなって。当然、コロナ禍で状況が変わったなかで、それぞれが物事をどう見るかみたいなこと。同じ方向を見ている部分と、違った角度で見ている部分。すべて見えて、Zoomの画面の録画を見ながら、すごいリアルだなって思っていたんです。
水野:脱退しそうに見えました(笑)?
柴:いや、見えなかったです。けれども、脱退するっていう事実よりも、それを受けて吉岡さんと水野さんが2人で続ける。かつ、脱退して親友に戻るみたいな。方向は違うけれども、決して仲たがいではない。そのリアルさはめちゃくちゃ、わかりました。
水野:良かった(笑)。リアルな部分でしたね。
柴:グループの結成以来の大きな変化。当然、反響もたくさんあったと思います。水野さん的には「親友」のこの一節を書き下ろそうと思ったのはなぜですか?
水野:ちゃんと終えたいと思ったんです。ちょうど編集者さんから頂いた〆切が山下の脱退を発表する時期と重なっていて。最初は違うことを書こうと思っていたんですけど、頭の中が山下のことばっかりになっていて(笑)
柴:そうですよね(笑)
水野:この時間って二度と訪れないものだから、この時期に自分の本を出すなら、書いた方がいいなと。もちろん嘘は書いていないんですけど、ただ自分のなかで綺麗にまとめたいというか。ちゃんと形にして残しておきたいみたいな気持ちが、ありましたね。
水野:言い切れない部分もあるんですよ。22年も一緒にいて。出会った頃からだと30年以上一緒にいたんで。当然、いろいろ思うこともあったし。彼も彼で、思うことがあったはず。そうじゃないと脱退するって決断にならないですしね。ただ、じゃあ全部をさらけ出して、写実的に表現すればいいかというとそうじゃない。何に納得したのか。この先の未来のためにどんな決断が必要なのかってことを自分のなかで整理しなきゃいけない。それが多分、これを書くに至った理由だと思うんですよね。
水野:だから山下が読んだら「俺はそんなこと思ってないよ」ってところとかいっぱいあると思うんですよ(笑)ただ、自分にとっては、やっぱり山下が離れるってすごく大きなことだった。本当に何にもなかった頃を知っているひとだから。一緒の景色を見てきた。それを知っているひとがいなくなるって、結構な衝撃だったんです。そこは心のなかを整理しないと前に進めないっていうのはあったと思います。
柴:なるほどね。あともう一つ、書き下ろしで「そして歌を書きながら」というエッセイ。これはもう完全に、ザ・水野良樹みたいな、めっちゃ力が入っている文章だと思うんですけど。これはもう最後に書こうって?
水野:そうですね。ちゃんと書いとこうって。やっぱり今、悩んでいるから。自分のなかの問題意識みたいなものが、どんどん先鋭化しているので、それを書いておこうかなって。
柴:でも、これ構成もすごいですね。最初はエッセイで、日常で始まっていくんですけど、最後の方に行くにつれ、どんどん濃度が高くなっていって…。たとえば“正しさ”の問題とかに踏み込んでいく。
水野:そうですね。内容は最後の方はとくに重いところにたどり着いているんで。日常的な、平和なエッセイのように思えて、意外と「書いてますよ」ってところですね。
柴:僕はなぜ、ここをザ・水野良樹だって思ったかというと、やっぱりZoomの「今日からここから」の制作風景を全部見ているので。あの曲を作ろうってなった最初のミーティングに、水野さんがパワポを書いてきて、プレゼンするんですよ(笑)。5ページぐらいの濃密なプレゼンを。
水野:広告代理店のひとみたいな(笑)。
柴:「今の時代はこうだから、こういう曲が必要だと思います」って。それも見せちゃうっていう。逆に言うと、見せないことがスマートだっていう考え方もあるなかで、泥臭さのほうを選んでいる感じがすごく…。
水野:ははは。
柴:これ褒めている言葉になっているかわからないけど「知的な泥臭さ」。「知的不良」とかとは逆の「知的な泥臭さ」だと思っているんです。
水野:ありがとうございます。
柴:そこを見せる覚悟や気概が、この本にも出ているなと思いました。
水野:誰かにわかってほしいんでしょうね。あのときも、亀田さんがいたじゃないですか。メンバーだけだったらまた違ったと思うんですよ。メンバーだけだったらあんまり説明しないで、もう曲を書いてきちゃう。
柴:ああ、そうか。
水野:でも亀田さんがいた。普段からお世話になっているけれど、僕らは音楽プロデューサーの立場としての亀田さんしか知らないじゃないですか。でも、あの曲は4人でつくるものだったから。本当に膝を突き合わせて一緒に作るときに、あの説明が必要になる。
柴:これも聞きたかったんですけど『犬は歌わないけれど』っていう書名と、あとこの帯の「犬を撫でているとき、こちらもまた、犬に撫でられているのだ」って。これは水野さんが選んだ? それとも担当編集者?
水野:『犬は歌わないけれど』ってタイトルは僕が考えました。でもその「犬を撫でているとき、こちらもまた、犬に撫でられているのだ」ってのは、編集者さんがセレクトしてくれて。
柴:抜群だと思います。
水野:タイトル変えましょうって話になって、あぁそうですねってなって。
柴:タイトルはどうだったんですか?
水野:もとになっている新聞連載は『そして歌を書きながら』っていう連載だったんですね。でも、歌の話だけじゃないから、より幅の広い形で読んでいただけるようにタイトル変えましょうってなって。犬って存在は良いなと。ていうのは、言語が通じないから。言語が通じないのに分かり合えているみたいなことがヒントになるなって思って。僕が犬好きってことは、ファンの方は知っている方が多いから、それも出版社的に良いんじゃないですか?みたいな。実際この帯の写真の犬は、うちの犬なんですけど。
柴:これ、僕は抜群だと思いました。『そして歌を書きながら』よりも絶対にこっちのタイトルのほうが良い。帯に犬の写真を載せましょうって、僕が担当編集者でも言うなって。
水野:ははは、よかった。
柴:水野さんの泥臭さ、もがいているところも全部見せる誠実さって、重みとして伝わるんですけれど。多分、“軽さ”のほうが遠くまで飛ぶじゃないですか。いちばん卑近なことでいうと、犬の写真の方がたくさんリツイートされるみたいな(笑)
水野:まったくその通りです(笑)
柴:うちも犬飼っているんで。可愛くてしょうがないんですけど。
水野:犬の方がやっぱりね、飛びますよね、遠くに。
柴:タイトルってすごい大事。僕も『平成のヒット曲』は、最初のタイトルイメージは『平成J-POP史』だったんですよ。それを「J-POP」じゃなくて「ヒット曲」にしませんか?って言われて。『平成ヒット曲史』になったんです。でも、そのことによって、レディー・ガガの「Born This Way」とアナ雪の「Let It Go」が入れられた。
水野:そうか。「ヒット曲」だと、カテゴライズが広くなっていくんだ。
柴:ええ。タイトルが変わったことによって範囲が広がった。さらに『平成のヒット曲史』だったのも、1年1曲だし、“史”だと固いですねみたいなことで『平成のヒット曲』ってどうですかとなって、こうなった。最終的に柔らかくして、遠くに…。遠くにっていうのは、時間も含めて。後々にも残るものを。そういうことって、パッケージングとかタイトル付けがすごく大事なんだろうなって、考えながら僕も作りましたね。
水野:タイトルによってボールを投げられるフィールドの広さが変わってくるんですね。僕の例で言えば『そして歌を書きながら』だと、歌を書く人間としての僕が主軸になっちゃう。そういう意味では、狭い。
柴:だから「犬は歌わないけれど」だと、本屋で、音楽のコーナー以外に差せるんですよ。犬のコーナーにも差せる(笑)ペットとか日常エッセイの。でも、その可能性って、『そして歌を書きながら』だと出ない。
水野:ああ、なるほど。でも、これで話が繋がるんですけど、やっぱり「うっせぇわ」はすごいってことですよ。それだけ広い。「うっせぇわ」って言葉が。
柴:ああ、そうですね。なるほど。
水野:「うっせぇわ」って言葉だけがひとり歩きして、それぞれのひとたちがたまたま持っている攻撃性に流れる。言葉をどう使うかによって、見えている世界が変わり、世界の広がり方も変わる。いやぁ、結構しゃべりましたね。
柴:こんな感じですかね。取れ高どうでしょうか(笑)
水野:これ、すごく素人っぽい質問になっちゃうんですけど、どんなヒット曲が今後出てくると思います? 逆にどんなヒット曲が出てきてほしいですか?
柴:そうですねぇ…。本当に予想もつかないことが起こるから。イタリアのロックバンドが全世界でヒットするなんて、去年誰も思っていなかったから。ひょっとしたら、J-POPに影響を受けたカンボジア出身のグループが世界的にヒットするとか。全然あるだろうし。
水野:可能性はいくらでも、あるでしょうね。
柴:予想もつかなかったことが起こるのが、いちばん楽しい。予期していたものとか、狙いがわかるものって、やっぱり狙いがわかるから、想定外のヒット曲が見たいですね。それはもう、たくさん出てくるだろうと思います。
水野:次の新書のテーマになるんじゃないですか(笑)。「これまで音楽界で起きた想定外」とか。そこに何かヒントがあるのかもしれないですね。さぁ、そんなわけでございまして、今日のゲストは柴那典さんでした。ありがとうございました。
柴:ありがとうございました。
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