読む『対談Q』 水野良樹×東畑幸多 第1回:ひとを思う時間がお金を思う時間より多くあるべき。
会社をやめるのはめちゃくちゃ怖かった。
水野:対談Qです。ひとつの「Q=問い」についてゲストの方に一緒に考えていただきます。今日は、クリエイティブディレクターの東畑幸多さんにお越しいただいています。よろしくお願いします。
東畑:よろしくお願いします。
水野:お会いするのが5年ぶりぐらいです。東畑さんが電通から独立されて。しかも新たな試みをスタートされたのを拝見して。ちょっと通ずる部分があるんじゃないかなと思ってお呼びしたんですけど。なんか…緊張しますね(笑)。
東畑:そうですね(笑)。
水野:東畑さんと一緒に考えたいQは「どうしたら“言葉”は世の中にとどくのか」。広告という世界で、いろんな言葉や表現を届けている東畑さんですが、こ数年間でも社会情勢が変わり、届け方も変わり。そのなかで、どうやったらひとつのセンテンスや表現が世の中に届くのか。まず、最初に伺いたいのですが、独立されたのはどういった経緯で?
東畑:パキッっとした理由があったわけではなくて。“つづく”というクリエイティブグループを仲間5人ぐらいと作ったんです。でも実は、僕自身はいちばん消極的だったというか。
水野:ああ、そうなんですか。
東畑:ものすごく何かやりたいことがというより、会社に23年間いたなかで、「このまま行っても、ちょっとゴールが見えてきたな」という感じ。自分のなかに濃密に残る時間が、あっという間に終わってしまいそうな危機感があって。
水野:はい、はい。
東畑:ただ、強い意志を持って「やめよう!」とは思っていなかったので、会社の仲間に止められたりもしましたし。ずっとサラリーマンをやっていたので、やめるのがめちゃくちゃ怖かったんですよね。
水野:はい。
東畑:いざやめることをリアルに考え出すと、夜中にうなされるみたいな(笑)。本当に、退職届を提出する、前日まで悩んで。
水野:そんな感じだったんですか!?
東畑:そうそう。こんな気持ちになることなかなかないなぁと思って。でも、中学2年生の息子がいるんですけど、退職前にふたりで夜ごはんを食べる機会があったんですね。そのとき、「お父さん、会社やめるの怖いんだよね?」みたいな話をして。
水野:息子さんに。
東畑:そうしたら息子に「大きい会社にいるのと、独立するの、どっちがよかったか教えて」ってひとこと言われたんです。それで、やってみようかなって。
水野:めちゃくちゃ物語があるじゃないですか。
東畑:でも、本当に51対49ぐらい。2点差ぐらいでやめることを決めたんです。まぁ、いろいろ考えるところはあって。広告業界もデジタルトランスフォーメーションの波を受けていて。効率化・最適化がものすごいスピードで進んでいる。どんどん大量生産をするような広告の作り方に変わっている。それとはちょっとオルタナティブでいたいというか。
水野:はい。
東畑:大きな組織のなかでは、「なんでもやる」ってやってきたんですけど、個人になって、自分の役立て方をもう少し明確にしたいなって。自分の残り時間を考えると、ちゃんと看板を持って、どういうお客さんに来てほしいか言っていこうかなと。その企業の経営者が、どんな美意識や倫理観を持っているのか、その企業はどういう存在でありたいのか。そういうことを世の中に発信するお手伝いの専門家というか。
ソロバンも大事だけど、ロマンもすごく大事。
水野:効率化・最適化されて、大量生産する作り方になっているという点の、どういうところに違和感を抱かれましたか?
東畑:デジタル広告って、ものすごいスピードで消費されていく。なので、ひとつに時間をかけて作るより、スピードをもってたくさんの切り口で広告を作って、どれが効果があるのか、どんどん検証していくんですね。そういう意味で属人的な仕事ではなくなってくる。自分が関わっている意味は、感じづらいなと思ったり。
水野:なるほど。
東畑:あと最近、吉野家の事件(※取締役の不適切発言にまつわる騒動)もありましたけれど。数字って本来は相手側の足跡であるはずなのに、だんだん相手の顔が見えなくなっているというか。マーケティングにおいて、お金のことを考える時間が増えすぎている。ひとを思う時間が、お金を思う時間より多くあるべきだなって思うんですね。そういう当たり前のことが、少しないがしろにされていると個人的には感じていて。そうじゃない仕事をしたいと思うようになっていったんです。
水野:人間をひとつの要素として捉えて、数値化してしまう。マーケティングという言葉が(本来の意味を離れて)かもしだす、そういうネガティブな面が出たときに、やっぱり人間味が失われたように感じてしまう。一方で、僕が思ったのは、東畑さんが今までやられてきたことや、今やられていることは、広告で表現される”文脈”が長いなって。
東畑:ええ、ええ。
水野:広告って、商品に近いところの言葉で語られるのがオーソドックスなやり方だけど。もうちょっとクリエイティブディレクションしている範囲が広いというか。商品以外のところも含めて、ルートを作って、長く物語を伝えているように感じていて。そこらへんを東畑さんはずっと考えていらっしゃるのかなと。なので、独立されてからの“つづく”というコンセプトに興味が湧いて。
東畑:ありがとうございます。
水野:なんで“つづく”にされたんですか?
東畑:これは僕がつけた名前ではなくて。一緒に立ち上げた仲間のコピーライターがつけたんです。結構、うるさ型のクリエイティブディレクターが5人集まったグループなので、名前を決めるのは大変そうだなと思っていたんですけど(笑)
水野:むずかしそうですね。
東畑:細川美和子っていう女性のコピーライターが持ってきた、“つづく”って言葉を見たときにみんな、「ああ、これがいいね」みたいな気持ちになって。
水野:はいはい。
東畑:広告って短期の結果をめちゃくちゃ求められるものなんですね。でも、自分が5年後、10年後どうなっていきたいかみたいな長期的な視点も必要で。ソロバンも大事だけど、ロマンもすごく大事。その両サイドを常に見据えたいと思っているなかで、“つづく”という言葉に惹かれたんです。あともうひとつ、音楽もそうだと思うんですけど、クリエイティビティってサークル・オブ・ライフというか。
水野:はい、はい。
東畑:昔、読んだ本があって。ディズニーの『ライオン・キング』が、手塚治虫さんの『ジャングル大帝』にすごく影響を受けていて、パクリなんじゃないかと言われていたんですね。でも、手塚治虫さんサイドは、ディズニーの『バンビ』を観て、アニメーションを学んだ。もし『ライオン・キング』に何か影響を与えられたら、本人は光栄に思うはずだと。
水野:なるほど。
東畑:先人が作ったものやアイデアに、3cmでもいいから新しい何かを足して、次に渡すみたいなことって、広告でもあって。そういう次に繋がっていく仕事をしたいと、もともと思っていたんです。だからこそ“つづく”って言葉は、いい社名・いいグループ名だなと思った。
誰かひとりを想像する。
水野:東畑さんが短期的な視点にならないのはなぜでしょう。よくないイメージかもしれないけど、短期的な成功を得たいと考えるひとの方が、広告業界に多い気がして。目立ちたいとか。それはステレオタイプなイメージだから、実際はそうじゃないと思うけど…。一瞬、間を置くようにされるのは、どういうところから来るのかなって。
東畑:なんでしょうねぇ。たとえば音楽も、「今これがウケる」とか、様々なノウハウが出てくるじゃないですか。ウェブ動画を作るにしても、メソッドがフレームワーク化されていく。ただ、それ通りやっていくのは、あんまり面白くないな、属人的じゃないなって思っていて。
水野:僕は、属人的じゃないことに抵抗したいっていう気持ちにすごく共感します。最近は、AIで作曲もできる。これから、もっと精度が高まって、人間とAIのどちらが作ったか、おそらく、わからなくなる。そういう意味では、やがて失われていく職業なのかもしれないけれど。一方で、属人的な人間特有の「エゴ」や「自我」を守りたい気持ちがあるのは、発信者側には健全なことである気がしていて。
東畑:はい。
水野:そこを東畑さんも守っていらっしゃるんだろうなと。それが世の中にとって正しいかどうかは、まだ、わからないから難しいんですけれど…。今って、調べればすぐに出てくるし、誰でも発信できる。情報が溢れすぎているから、みんな”選ぶ”思考にはなるけど、”つくる”思考にはあまりならなくて。
東畑:うん。
水野:こんなに発信できるけど、意外と、自分の言葉で自分のことを語るとか、自分の物語を作っていくことが難しくて、みんなできていない。実はそこに、広告のひとは挑んでいるんじゃないかって思ったり。
東畑:難しい問題ですよね。本当に情報が信じられないぐらい溢れていて、あらゆるものが消費されて流れゆくなかで…。広告ってものすごくたくさんのひとに届けるもので。ターゲティングはするんですけど。「20代女性、都心に住んでいて」とかね。でもやっぱり、誰かひとりを想像することが大事というか。
水野:はい、はい。
東畑:そういうイマジネーションの解像度が大事。顔が見えなくなってくると、届ける言葉の切先も丸まってしまう。そういうことは思っています。
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