対談Q水野良樹×川崎鷹也 第1回:僕の楽曲はすべて100%実話なので
東京さ行って、音楽やるぞー!
水野:さあ対談Qでございます。こちらはゲストの方とひとつのテーマについて一緒に考えていただこうというコーナーでございます。今日のゲストはシンガーソングライター、川崎鷹也さんです。よろしくお願いします。
川崎:よろしくお願いします。
<プロフィール>
川崎鷹也
1995年、栃木県生まれのシンガーソングライター。2018年、アルバム『I believe in you』をリリース。一度聴いたら忘れられないハスキーな歌声と美しいビブラート、癖になるメロディーラインが魅力。新生のアーティストを見つける指標となっているBillboard Heatseekers Songsで、「魔法の絨毯」が通算15回の首位獲得で2021年上半期1位に。2021年12月には、初のメジャーオリジナルアルバム『カレンダー』をワーナー・ミュージックからリリース!「魔法の絨毯」の大ヒット以来、更なる進化を続ける川崎鷹也から今後も目が離せない!
水野:『関ジャム』で玉置浩二さん特集という、素晴らしい特集がございまして。
川崎:すごかったですねぇ。
水野:そこで玉置さん愛を一緒に語り合いまして。初対面だったんですけど、これはなんなら同志だと。あれ放送されたのは、1時間に編集されているんですけど、2時間ぐらいやっていましたよね。
川崎:2時間ぐらい語り合っていましたね。
水野:こぼれた話がたくさんあって、これはちょっと話しきれないなと。玉置さんのお話ではあったけど、いろいろ「いい歌とは」「いい曲とは」みたいな話にも繋がっていくんじゃないかなと、お呼びしまして。
川崎:よろしくお願いいたします。
水野:一応このコーナーは、テーマを決めて一緒に考えるということで。シンプルな問いで、「いい声ってなに?」と。
川崎:「いい声」か。
水野:それこそ、もう100万回くらい言われていると思うんですけど。
川崎:いやいやいや、言われてないですよ!
水野:玉置さんのお話も含め、「いい声だねー」「いい歌だねー」とか言うけど、「いい声」って結局どうやったらたどり着けるのかな、どう定義できるものなのかなって。自分の声って、客観的にどういう声だと思っています?
川崎:ハスキーではあるんですよね。AIさんとかもハスキーで、息が多めな声。そこが他の方とちょっと違うところで、いい声って言っていただいているのか。僕も何をもっていい声なのか、どういうところをいい声だと言っていただけているのか、たしかにイマイチわかってないなと思っていて。多分、ビブラートとか、テクニックとかじゃないじゃないですか。
水野:多分そんな気がするんですよ。
川崎:何だろう。
水野:ご自身が、「歌手になろう」「シンガーソングライターになろう」って思ったきっかけって?
川崎:カラオケは好きでよく行っていたんですけど、もともと歌手になりたいという願望はなくて。高校3年生のときに文化祭があって、よく文化祭のステージでバンドやるとかあるじゃないですか。まさにあれで。今のマネージャーって、当時の同級生なんですけど。
水野:あ、そうなんですか!
川崎:高校3年間ずっと一緒なんです。当時、僕はなんとなく音楽やりたい。だけど、自分の曲なんてもちろんないし、ギターも弾いたことない状況で。親友の彼は、お笑い芸人になりたいって夢があったんですよ。ふたりともそういうのがあって。でも栃木の田舎なので、「東京行くかぁ? いや、怖えーな」と。じゃあ文化祭のステージで1回歌ってみようと。
水野:はい、はい。
川崎:それで、ふたりで歌ったんですよ。「366日」と「真夏の果実」の2曲を初めて人前で歌って。そうしたらわりとみんな盛り上がってくれて。先生も、「おめー、うめぇなぁ!」とか言ってくれて。そこで初めて、「あ、人前で披露して、評価してもらえる歌を歌っていたんだ」って客観的に気づけて。栃木の田舎の少年は調子に乗って、「東京さ行って、音楽やるぞー!」って。
水野:でもそれで成功しているじゃないですか!
川崎:いやいや、でも長かったですけどね。下積みというか。
水野:褒められたのは自分的には意外だったんですか?
川崎:意外でした。自分で歌がうまくて、みんなに「見てくれ!」って感覚はあまりなくて。ただただカラオケが好き。栃木の田舎はカラオケ行くか、ボーリング行くか、駅でたまるか、みんなこの3つで生活しているので。
水野:よくわかる。僕も神奈川の田舎なので。神奈川には横浜って大帝国があるんですけど、そっちとは違うので。その感じは一致できていると思います。
川崎:なるほど。時代としてもっとヤンキーですよね。
水野:そう、もっとヤンキーが多い時代です。
栃木から来ました。カラオケが好きです。
川崎:そこから東京に出て、音楽の専門学校に入学して、ボーカル科に入って。筋トレから始まって、声の出し方とか、ブレスの仕方とかを1から学んで。
水野:正直、めっちゃうまいひとたちたくさんいるじゃないですか。
川崎:めっちゃめちゃいましたね。
水野:栃木から出てきて、その学校では「おら一番」だったけど、東京で挫折しなかったんですか?
川崎:いや、しましたよ。僕は音楽やったこともないし、もちろんライブしたことないし、ライブハウスにも行ったことない。そういうカラオケ好きな少年が東京に出てきたんですけど。ボーカル科には10何人かいて。
水野:はいはいはい。
川崎:最初に、「自己紹介しよう」ってなるんですよ。それで一人一人自己紹介していくんですけど、「~でライブして」、「~と対バンして」、「オリジナル曲20曲です」みたいな子たちがどんどん出てくるわけです。
水野:プロフィールがちゃんとあるんだ。
川崎:僕は、「対バンってなんだ?」ってなるんですよ。
水野:あー、いいですねぇ。
川崎:対バンという言葉を知らないし、「ライブハウスは一体どこにあるんだ?」って状況だったので、もうドキドキドキドキして。「栃木から来ました。カラオケが好きです」って激ヤバな自己紹介。
水野:ほぼノーガード!
川崎:もう無理だと。オリジナル曲ない。人前で歌ったことも、ギター弾いたこともない。そこで初めて井の中の蛙というか。「栃木のあの田舎でちやほやされたけど、都会ってすげーな」って気づいて。無理かもって思って親に電話して、1週間、栃木に帰って。
水野:すぐ戻ったんだ!
川崎:東京の空気も苦手で。すぐ栃木に帰って、地元の友だちに会ったり、親と話したりして。なんか風の噂で、「ゴールデンウィークでほとんどのひとはやめる」と。
水野:川崎さんはすごく早い段階で帰ったんですね。
川崎:そこまでもってない。
水野:4月で帰っちゃっている。
川崎:だから、さすがに5月までは頑張ろうと。そこから、あと1ヶ月、あと1ヶ月、って乗り越えていった感じですね。
専門学校で凹んでいる場合じゃない。
水野:でも、根性論だけじゃ行けないじゃないですか。そのライバルたちに勝っていかなきゃいけない。専門学校のライバルだけじゃなくて、ライブハウス出て行って、獲得していかなきゃいけない。どうやってここにたどり着いたんですか?
川崎:今はどうかわからないですけど、専門学校ではテストがあるとランキングが貼り出されるんですよ。
水野:ほぉー。
川崎:ボーカル専攻TOP3、1位〇〇、2位〇〇、みたいな。そのランキングにもちろん僕は入らなくて。専門学校の評価は、腹式呼吸とか、肩が浮いてないとか、基本に乗っとった歌い方。できるだけエネルギーを消費させない歌い方。基本に忠実なものが評価されていて。僕はもう胸式呼吸で、身体ガンガン動かして、声もがなる歌い方だったので、全然ダメだったんですよ。でも、栃木から戻ってきて、「とりあえずライブしよう」と。
水野:はいはいはい。
川崎:場数を踏まないと絶対にダメだと思って、ギターを弾くようになって。下北沢のアコースティックライブバーみたいなところに乗り込むわけですよ。
水野:結構、根性ありますね。
川崎:根性だけはありましたね。栃木から東京に出ていると、今でこそ新幹線1時間で来られますけど、当時はひとつ覚悟というか。
水野:あー、超えている感じがあるんだね。山をひとつ。
川崎:そうなんですよ。何かをしないと栃木に帰れないとか。親に会えないとか。
水野:4月に帰っている(笑)。
川崎:何もしてないのに(笑)。で、とりあえずライブしようと思って。オリジナル曲1曲、他カバー5曲、全部バラードみたいな。コブクロさんの「赤い糸」とか、玉置さんの楽曲とか歌って。当時、僕は18歳だったんですけど、対バンの4人がすごくギター上手くて、5曲ともオリジナル曲でライブをしていて。そこがいちばん衝撃だったんですよね。
水野:あー。
川崎:専門学校ではまだ、「歌うまいなぁ」って衝撃だったんですけど。ライブハウスでは、同じ年の少年たちが、曲に自分の世界があって、30分のステージをやっているってところに衝撃を受けて。「専門学校で凹んでいる場合じゃない」って。そこからオリジナル曲を作って、ギターをひたすら練習するようになりましたね。
水野:自分の曲を持って、声や歌が変わったところってあります?
川崎:あるかもしれないです。やっぱり人様の曲を歌うのと、自分の曲を歌うのでは、その世界だったり感情だったりが…。僕の楽曲はすべて100%実話なので。
水野:そうなんだ。
川崎:リアルでしかないんですよ。景色や会話を歌詞に落とし込むので、鮮明にイメージしながら歌えるんですよね。「あのときのあのひとの表情」とか。だからこそ、感情で歌うということをすごく学んで。ピッチをブレさせないようにとか、枯れないようにとか、うまく歌おうというところから、「どうやったら僕の世界観、僕の言葉をお客さんに伝えられるか」ってところに切り替わった。それは自分のライブをするようになってからですね。
水野:なるほどねぇ。
川崎:なので、「うまく歌を」って概念がなくなりました。それこそ玉置さんを一方的に研究して。表情、顎の使い方、息の使い方とかをひたすらライブ映像を観ながら学びましたね。
水野:技術と感情が繋がる瞬間ってあるんだなってことですよね。
川崎:そうです、そうです。
次回の更新は9月6日に更新します。
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