見出し画像

湖に燃える恋・第24話「あの頃のように…」

俺とお姉さんはゆっくりと明美の病室に向かった。するとお姉さんは途中で足を止め、

 
 
「荒木くん……私は待合室で待っているわ、2人きりでしっかり向き合って来るのよ。明美も荒木くんと向き合おうと頑張っているんだから、あまり気負わずに自然体で……ねっ。」
 
 
 
と明美とふたりきりの時間を作れるようにと気を遣ってくれた。お姉さんも気になるだろうが
そこはやはり俺と明美の2人を思う大人の女性として、姉としての顔であった。


 
 「わかりました……気負わず……行ってきます。」
 
 
 
 
俺はお姉さんににっこりと微笑んで、右手で作ったVサインを突き出した。お姉さんは軽く微笑んで俺を見つめていた。そしてささやいた。
 
 

 
「頑張ってね・・・・。」
 
 
 
おれはうなづいて、明美の病室に入った。


 
 「明美ちゃん、おはよう!」
 
 
 
昨日とは違い、何の迷いもない明るい声で明美に声をかけた。明美は俺に気づき、少し照れくさそうな顔をして
 

 
「あ、荒木さん、おはようございます。」
  

 
と返してくれた。
 
 

 
「気分はどう?」
 

 
「はい、とってもいいです。明日の朝に退院します。」
 


「あ、さっき先生から聞いたよ。よかったね!」
 
 
 
 
そんな会話の後、お互い何から話を切り出せばよいかわからずにしばらく沈黙が続いた。このままではいけない。しかし明美の俺に対する気持ちがよくわからない今の状態でどう話を進めていけばよいのか正直迷っていた。

しかしこのままでは何も進展しない。とにかく何か喋ろうと思い俺が話し出そうとしたそのとき、先に明美が話し出した。
 
 
 
 
「荒木さん? 私、まだまだあなたと共有していた時間の記憶が戻って来ないのですが、昨日、澤田先生とお話をしていくうちに頭の中で荒木さんとの何かが岩のような塊のようなものを感じるようになりました。
 
それが感じられた以上、荒木さんのために……
いえ、私のためにその岩を砕いて中にある過去の時間をまた共有したい……。だから荒木さんには失礼な事もあるかも知れませんが、私なりに今の私が出来ることで荒木さんに接していきたいと思います。
 
まだ恋人という気持ちには正直なれませんが、また私のために同じ時間を過ごしてもらってもいいですか?」
 
 
 
 
俺は、泣きたい気持ちをこらえてただ下を向いていた。明美の本当の気持ちは他にあるのかも知れないが今、ここでこのような事を聞かされてNOという男はいないだろう。
 
しかも「私のために」と言う言葉に、明美の優しさがにじみ出ていた。「俺のために」と言うと 俺に対して失礼だと感じたのだろう。いや、俺の勝手な解釈かも知れないけれど、明美の言った言葉は素直に嬉しかった。
 
 
 
 
 
「明美ちゃん、ありがとう。その気持ち、とても嬉しいよ。ただ無理をして逆にストレスになったり、体調が崩れたりしちゃいけないから、明美ちゃんのマイペースで俺と時間を共有しよう。過去の事を思い出して欲しいのは確かにそうだけど、でも生きている以上、今、このとき
この時間が大切だから……万が一記憶が戻らなくても俺の気持ちは変わらないし、そんな俺を今の明美ちゃんが恋人として認めてくれたら……そんな思いで俺も明美ちゃんと接していこうと思う。だから……宜しくねっ!」
 
 
 
 
明美は、照れくさそうだった顔を満面の笑みにして俺を見てくれた。その可愛い顔を見られるだけで本当によかったと心からそう思った。
 


「じゃあ、さっそくなんだけど、明日、俺の車でゆっくりとドライブしながら釧路に帰ろう!気分転換にもなると思うし、何か思い出すこともあるかもしれないから……いいかな?」
 
 

明美は少し戸惑うような表情を見せたがすぐににこやかな笑顔で


 
「はい・・・頑張ります。」


と返してくれた。
 
 
 
「明美ちゃん、頑張ってもらうのは困るんだけど!やっぱりまだ嫌かな?」

 
 
「あ、ごめんなさい!そういうつもりじゃなくって……うーんと……何といえば……あ、そっか、楽しみにしてます!と言えばよかったのかな?」
 
 
 
 
二人はお互いの顔を見つめながら思わず吹き出してしまった。 
 

恋人という感情はない明美だか自然とこんな些細な会話で俺とコミュニケーションを取ろうとする健気な思いが垣間見えて今の俺には至福の時間に思えた…。


           〜第25話に続く〜



いいなと思ったら応援しよう!