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湖に燃える恋・第18話「酒と泪と男と女」

俺は宿を探しに歩いた。8月、観光シーズンではあったがお盆ということもあり、それほど歩き回らなくても小さな旅館を見つけることが出来た。

時計を見ると17時を回っていたが、食事をするような気分には多分なれないと思ったので、夕食付きの宿泊は断った。俺の胃の中にはまだあのしょっぱいラーメンが消化不良で残っていた。ラーメンが美味しくないというのではなく自分が食べた美味しいラーメンを胃と脳が受け入れてくれないほど俺の心は落ち込んでいた。
 
 
留萌市内を車で回ってみた。黄金岬という観光名所がある。
以前、旭川に住む友人と風がまだ冷たい6月の始めに訪れたことがあった。あのときの風の冷たさは釧路の浜風に匹敵するくらい「肌に刺さって痛い!」という感じであったが、さすがに
今は夏、今日の岬の風はおそらく「適度に心地よい風」なのであろう。
 
しかし今の俺には、まるで心を打ち抜かれるような悲壮な風にしか感じ取ることが出来なかった。しばらく、ここから境目のないような海と空の青を眺めていた。
 
 
 
今、何を思うべきなのか? 今、どうするべきなのか?自分は遠く留萌まで来てしまって、この後どうなってしまうのか?どうすればよいのか?
 
いろいろと考えることはたくさんあるが、言葉に表せない体の疲弊と心の悲壮感だけが俺を覆い包んでいて感情が追いつかなかった。

先ほど食堂で流した涙はショックによるにわか的な涙であったが、本当の悲しみはまだこれから感じることだろう・・・だから今はここで静かに佇んでいたかった。

どれほどの時が流れたのか・・・・と思わせてもらえないくらい時間の流れは速かった。気が付けば紺碧の海と空は美しいオレンジ色の夕陽の色に染められていた・・・・。
 
 
 
その夕陽を初めて認識した脳から 「悲しみ」と「涙」の指令が降りてきた。あの摩周湖デートの帰り、釧路に向かう途中に見た夕陽の色がこの黄金岬のオレンジ色と一緒に見えたからだろう。
 
 
何を悲しんでいいのか? 脳からの詳細な指令はない。それは巨視的な、いわゆるマクロ的な悲しみだった。
 
 
明美は無事である。多少の傷や怪我はあっても
命に別状があるようなことは何一つない。ただ、一部の記憶が明美から消えてしまっただけ。しかもそのことを悲観し悲しみ、傷つくのは実質、俺ひとりだけなのだ。しかもその記憶が100%全く戻らないということでもなく…だが戻るという可能性も高くはなく・・・・。
 
 
 
 
だから何に対して悲しめばいいのか?
教えてくれ! 誰か…………教えてくれ……。
 
 
まだ本当の意味での悲しみの涙ではなかった。
最高の結末と最悪の結末が俺の心の中で交差して体と脳みそが破裂!分離しそうなそんなおかしな比喩でしか例えられない自分であった。
 
 


夜、旅館の一室で黙っているにはつら過ぎた。
こんな酒は嫌いだったが、小さな酒屋で買ってきた明美の故郷、増毛町の地酒「国稀(くにまれ)」の四合瓶を呑み始めた。得体の知れない悲しさを紛らわすために……。


 呑んで呑んで 呑まれて呑んで、呑んで酔い潰れて眠るまで…呑んで……。

有名なあの歌の歌詞のような気持ちになり国稀の瓶はいつの間にか空になっていた。酒を呑んで癒される訳ではないのはわかってはいたのだが、呑み足りない俺は少し寂しいネオン街の街明かりに吸い込まれていった…。


            〜第19話に続く〜

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