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十五章 大村湾
長崎県の大村、君が仕事場を移したという話を聞いてから、僕はまた大村を調べた。
メールでの君の言葉が、何度も胸に刺さって離れなかった。
君のメールから君の想いを想像すると、いてもたってもいられなくなったんだ。
辛そうな君の心の奥底が透けて見えるようで、放っておけなかった。
君が僕を救ってくれたあの頃と同じように、今度は僕が君の力になりたいと思った。
僕は君に会いに来た。
大村駅を降りると、まだ夜が明けきらない静かな街並みが広がっていた。
あたりは薄暗く、早朝の冷たい空気が肌に染みる。
君との待ち合わせ場所に向かう足取りが、なぜか軽く感じた。
こんなに会いたかったんだと、胸の奥で気づいた時、僕は君に会うためにこの街まで来たことを、初めて実感した気がする。
コンビニの明かりが遠くから見え始め、君の姿がそこにあった。
僕の姿を見つけた瞬間の君の驚いた表情、その一瞬の表情が、すべてを語っていたように感じた。君の頬が笑う度に、いつもの冷静な君が崩れたように見えた。
その表情を見て、僕はやっと、ここに来てよかったと確信した。
僕たちは何も言葉を交わさず、ただ見つめ合った。
言葉なんていらない。
君が僕の前にいる、その事実だけで充分だった。
気持ちが溢れそうになるのを抑えながら、君と歩き出した。
あの時、君が僕に差し出した手が温かくて、僕の心の中の冷たい部分が少しずつ溶けていくのを感じた。
そのまま僕たちは、一緒にご飯を食べた。
いつもと変わらないような会話、でもどこか違う。
君の存在が、こんなにも近くにあるという事実が、胸を締め付ける。
僕が君の心に少しでも寄り添えるのなら、それだけでいいと思った。
君がこれまで一人で抱えてきた痛みや苦しみを、少しでも分かち合えたら、僕はそれでいい。
僕は汚れすぎた生活を過ごしていたから、こんな時でもお酒臭くなってしまった。
その後、トライアルに行ってみた。
二人で店内を歩き回り、くだらないものを手に取って笑い合った。
君の笑顔を見るたびに、僕の胸が少しずつ温かくなっていく。
こんな日常の一コマが、まるで宝石のように輝いて見える。
君と過ごす時間が、僕にとってかけがえのないものだと気づいた時、僕は少し泣きそうになった。
気づけば夜が明け、僕は大村湾のほとりに立っていた。
波の音が静かに響き、朝日の光が水面に反射して、美しい景色が広がっていた。
僕たちはたった一晩だけ共に過ごした。何も起きなかったけれど、それでいい。
君と一緒に過ごした夜が、こんなにもあっという間に過ぎ去るなんて、僕は想像もしなかった。
別れの時が近づいているのを感じながらも、僕は君の隣に立ち続けたかった。
君の肩越しに見える大村湾の景色が、まるで夢のようで、現実感が薄れていく。
君が少し疲れた顔で朝日の方を見つめている姿が、僕の胸に深く刻まれた。
「帰らなきゃ」と言いながらも、僕は君を置いていくことが辛くてたまらなかった。
君を一人で残していくのが、こんなにも苦しいことだなんて思わなかった。
でも、僕は行かなければならない。
君に会うためにここに来たのに、結局また君を置いて帰るという矛盾に、自分でもやりきれない思いが込み上げてきた。
大村湾に反射する朝日の光が、僕の心に深く染み渡る。
君との時間は、たった一夜の夢のようなものだったかもしれない。
でも、その夢が僕にとってどれだけ大切なものか、君がどれだけ僕の支えになっているか、再確認することができた。
最後に君の顔を見て、僕は微笑みかけた。
君も微笑み返してくれて、その瞬間、僕たちの心が繋がっていることを感じた。
そして僕は、ゆっくりとその場を去った。
君が僕を見送ってくれるのを感じながら、大村の街を後にした。
朝日に照らされた僕の背中に、君の存在が重なっているような気がした。
この一夜の記憶を胸に刻み、僕はまた自分の場所へと戻っていく。
でも、いつかまた君に会えることを願いながら、僕は歩き続ける。
君との時間が、僕の中で生き続ける限り、僕はこの日を忘れないだろう。
大村湾に映る朝日の光が、僕たちの再会の約束を照らしているようで、切なくもあり、希望に満ちたものに思えた。
僕は今、君と離れた。
けれど、
この思い出を一生の宝物にするだろう。