第4回:オルタナティブなシンガーソングライター達
Spotify Podcastの新番組「Happy Sad Song」。
サウンドクリエイターの草野とトリリンガル・シンガーのジナが世界中の様々な音楽を紹介してゆきます。
第4回目の特集は「オルタナティブなシンガーソングライター達」。
後続のミュージシャンに影響を与えた個性的なミュージシャン達を中心にご紹介します。
[今回ご紹介する楽曲]
1.Grace / Jeff buckley
1994年リリースのジェフ・バックリー生前唯一の作品。(没後、制作途中だった2ndアルバムのデモアルバムやライブ作品が多数リリースされています)
90年代前半頃はアメリカ・シアトルのグランジロックが流行っていた時期で、Electro harmonix社製のBig muffペダルを用いてギターを大きく歪ませたラウドなバンドサウンドがメインストリームへ進出していていた頃なのですが、ジェフ・バックリーのサウンドはそれとは異なる文脈の音楽でした。
アルバム「Grace」に収録されている楽曲は、表題曲(Grace)と「Mojo pin」はキャプテン・ビーフハートのギタリストだったゲイリー・ルーカスとの共作。その他には、ジャズ/ソウルミュージシャンのニーナ・シモンのカバー曲「Lilac wine」、レナード・コーエンのカバー「Hallelujah」、16世紀頃の讃美歌である「Corpus Christi Carol」、そして優れた自作曲群を収録しています。
ライブでは自作曲から、ボブ・ディランやヴァン・モリソン、イスラム神秘主義の音楽であるカッワーリからシカゴブルースのカバーまで、プログレッシブ・ロックからソウルミュージックまで、広範囲に渡る音楽性を見せています。そんなジェフのライブを観て多くのミュージシャンが賛辞を寄せました。(ルー・リード、トム・ヴァーレイン、ポール・マッカートニー、パティ・スミス、ロバート・プラント等)
一部を下記にご紹介します。
「理論的には、彼は恐らく…ここ20年でと言ったらあまりリベラルに聞こえないかも知れないが、その間に現れた最高のシンガーだった」
-ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)
「ジェフ・バックリーは自分が今まで聴いた中で最高のヴォーカリストの一人だ。彼の音楽はインスピレーションと感動を与えてくれて、スピリチュアルでもある。なんという天賦の才能だろう。彼は多くの崇拝者や模倣者を鼓舞したけれど、彼の代りになる者は誰もいない」
-ジョン・レジェンド
「彼はどんな歌でも自分の世界に持ち込んだ。しっかりとした個性を持ちながら、その曲を更に美しいものにすることができる。ジェフはそれを苦もなく自然にやってのけた。そんなことが可能な人間はこの世の中にほんのひと握りいるか、いないかなんだ」
-エルヴィス・コステロ
「ジェフ・バックリーはノイズの海の中の濁りのないひとしずくだった」
-ボノ(U2)
「ジェフは素晴らしいシンガーだった。彼は多くの人々の人生において最も重要なアーティストになるだろう…ジェフは物事の考え方、自分自身、そして音楽の幅を広げるためのインスピレーションを与えてくれたんだ」
-クリス・コーネル (サウンドガーデン)
「Grace」を聴いた俺は夢中になった。レコード会社との契約が舞い込んでくるよりもずっと昔、鳥のように歌ってみたい気分に掻き立てられるアルバムだった。あれ以来、彼の声は俺の人生のサウンドトラックであり続けている」
-フラン・ヒーリー(トラヴィス)
「僕が初めてジェフを見たときは、Sin-eのショウウィンドウからステージを覗きながら「すげえこの男、歌上手いじゃねえか」と思ったね。彼は全くユニークで、世界に通用する才能を持っていたと思うよ」
-ベン・フォールズ
(個人的にとても好きなミュージシャンです。ジェフのお父さんであるティム・バックリーのアルバム「Happy Sad」という名前を僕は自分のミュージシャンネームにしています)
2.Waltz #2 / Elliott smith
エリオット・スミスは1992年からヒートマイザーというバンドで活動を開始し、並行してアコースティックギターを抱えソロ活動をしているインディーズ・ミュージシャンでした。
彼のソロ作品は繊細な文学作品の様な世界観と美しいメロディを持った楽曲が魅力です。この「Waltz #2」を含むアルバム(「XO」)は彼にとって初のメジャー作品で、日本版では映画「Good will hunting」のメイン曲となった「Miss misery」を含んでいます。
(「Miss misery」はアカデミー賞のノミネート作品で、アカデミー会場でライブ演奏をしている姿がYou tubeで観る事ができます。インディ・ミュージシャンだったエリオットが一躍時の人となり、慣れない雰囲気の中で歌っている様子が微笑ましく感じられます)
アルバムXOのプロデュースはロブ・シュナッフとトム・ロスロック(二人ともBeck作品に関わっている)と共同で行っています。
収録されているアコースティックギターの音が単体で聴いても芯がある素晴らしいサウンドで、各楽器のバランスや距離感も良く、ささやくようなボーカルと相まってまるで手彫りで作ったアート作品の様な温もりを感じさせます。そして、このアルバムでは自身のビートルズからの影響を、ただ取り入れるだけという事ではなく自分の個性へと手繰り寄せて昇華する事に成功したアルバム作品でもあります。
「Waltz #2」で描かれているのは、再婚した母親と新しい義父とその息子である自分についてです。
歌詞の中では、カラオケ店でエヴァリ・ブラザーズの「Cathy’s clown」という曲を歌っています。この曲は再婚した母親と義父を皮肉った内容に解釈できる曲です。新しい家族に対して釈然としない気持ちを抱えた義理の息子からの視点で歌われています。
エリオット自身が義父と良い関係を築けなかった事が題材になった様にも感じられる私小説の様な楽曲となっています。
エリオット自身は2003年に亡くなってしまいますが、彼の残した楽曲は沢山のミュージシャンに影響を与え続けています。
(ベン・フォールズが2005年頃にリリースしたアルバム内の楽曲「late」では亡くなったエリオット・スミスについて惜しむように切なく歌っています)
3.Somewhere else / Travis
2003年リリースのアルバム「12 memories」収録の楽曲です。
イギリスのフォークミュージックの要素を感じさせるメランコリーな質感とメロディが素敵で、毎回アルバム全体の雰囲気が統一されていて、ギター、ベース、ドラム、ボーカルというベーシックなバンドアンサンブルでひたすら憂いのある美しいメロディを追求しているバンド、というイメージを個人的に持っています。
彼等は数年前にも来日していて東京でライブを観たのですが、名盤と言われるアルバム「The invisible band」(2001年リリース)の再現ライブをしていました。
ライブはアルバムとまったく同様の楽曲演奏でありながら、高揚感が録音と比較にならないくらい高くて、観客はひたすら美しいメロディの洪水に浸されていくのを感じるショーでした。
「The invisible band」「12 memories」「The boy with no name」の3作品は特にアルバム一枚を通して楽曲が素晴らしく、時折レコードラックから取り出して聴いてしまいます。
今年2024年にリリースされたアルバム「L.A. Times」も良質なメロディを携えた作品となっています。
4.Monuments of mars / Terry callier
60年代からアコースティックギターを抱えて活動するミュージシャンです。
当初はシカゴのカフェやフォーククラブで演奏をしながら作品をリリースし、70年代には音楽筋から評価の高い作品群を制作するも商業的な成功に恵まれず、リリース元のレーベル売却に伴い契約を失いますが、今度はエレクトラ・レコード下のJazz fusion divisionと契約。しかしながら、その契約も長続きしませんでした。
1983年まで演奏活動を続けた後、子供の親権を得たテリー・キャリアは娘にしっかりとした教育を受けさせるため音楽業界から引退し、プログラミングの授業を受けSEの仕事をしていたといいます。(仕事を終えると大学に通い社会学の学位を取得したそうです)
一方、80年代後半にイギリスでは、古いソウルやファンク等の再発見・再構築でもあるアシッドジャズが流行します。DJ達は古いレコードからレアでかっこいい作品を探し始めました。
その頃、アシッドジャズ・レコードの社長であるエディ・ピラーはテリー・キャリアの過去の良質な作品群を発見して、彼をイギリスのクラブに招き入れます。これが彼の音楽活動を復活させる手助けになります。
(今回紹介の楽曲「Monument of mars」を含むアルバム「Speak your peace」(2002年)はアシッドジャズ系のミュージシャン4heroと共作しています)
98年リリースのアルバム「Time piece」は国連のタイム・フォー・ピース賞を受賞します。(世界平和に貢献した優れた芸術的業績に対して授与される)
個人的に彼の作品を聴き始めたのは学生の頃です。その頃、日本では渋谷系の最盛期は終わっていましたが、Free soul系のコンピレーションを中古盤屋さんで発見してテリー・キャリアの楽曲が幾つか収録されているのを聴いたのが初めての出会いです。
彼の地に足を付けた生活と、そこから醸し出される音楽と真摯な姿勢に触れると胸が熱くなります。
2012年に彼は亡くなってしまいますが、90年代以降、音楽業界に復活して以降の作品は更に成熟した音楽を聴かせていて、ライブ映像も残されていますが、ミュージシャンとして自分の内側から生成される音楽を最後まで作っていて僕は心から尊敬しています。
[Happy Sad / 草野洋秋 プロフィール]
Happy Sad ホームページ:
- HAPPY SAD / Sound designer Hiroaki Kusano (happysadsong.com)
作曲作詞、歌、楽器演奏、録音、ミックスまで一人で行うというスタイルで活動する サウンドデザイナー/シンガーソングライター。2013年、表参道ヒルズにて開催されたMTVとLenovo 主催のクリエイターコンテスト「CO:LAB」にて、自作曲 「Everyday」が国内DJ部門優勝/ファイナリストに選出される。
並行してゲーム作品のサウンドクリエイター職として多数の作品でサウンドディレクションとサウンド制作に参加している。
(Netease Games, Funplus, NHN Playart株式会社, 株式会社スタジオキング,
株式会社ノイジークローク等のゲームパブリッシャーやサウンド制作会社においてサウンドディレクター/サウンドデザイナーとして数多くのコンテンツ制作に関わる)
近年では、CM広告音楽やTV番組BGM、海外アーティストの楽曲リミックス制作等にも参加。BGMや効果音の制作、映像に対して音を付けるMA作業、そして作品全体のサウンドイメージを提案 / 映像側や企画側の要望をヒアリングして音に落とし込むサウンドディレクション業務まで包括的に対応。
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