君(チミ)のギターが泣いている
僕がフィッシュマンズのライブを初めて見たのは1990年12月22日の渋谷ラママ、川崎大助さんの評伝「僕と魚のブルーズ」でも出てくる「今日は、シンジはいません」のあの日だった。その前にデモを録音しているスタジオにお邪魔させてもらってことはあったが、今思えばフィッシュマンズのライブをきちんと見たのは川崎大助さんと同じタイミングだった。
あの頃の自分はまだメディアの方をゲストで呼び込んだりアテンドしたりすることも無かった(よくわかって無かった)ので、ハンディビデオでライブの様子を取る係だった。当時の家庭用ビデオの規格は8mmビデオだったがレーベルの社長があのフジテレビの横澤さんだったのでこの8mmビデオカメラ、確か当時最新鋭のSONY「パスポートサイズ・ハンディカム」が社内になんと2台もあった。それを使ってアーティストのライブやレコーディングの様子を撮影することが推奨されていた。フィッシュマンズの1stオーストラリアレコーディングや2ndでの山中湖レコーディングなど初期のフッテージが数多く残っているのは今思えば「映像を大事にしなさい」と指示した横澤社長のおかげだったかも知れない。
この日のラママは2Daysの初日に当たるライブでオープニングに例の小嶋くんの「今日は、シンジはきません」をやった居心地の悪さは自分も鮮明に覚えている。オープニング曲はギルバート・オサリバンの「Alone Again」のレゲエカバーでハカセのオルガンがものすごく哀しく情けなく響いていたと思う。そしてその曲の終わり頃に佐藤くんはコルネット持ってひょろひょろと現れるのだが川崎さんの「僕と魚のブルース」でも書かれていた通り客席のどよ〜んとした感じはずっと続いたままだった。しかしなんで「Alone Again」だったんだろう?
そんなどよ〜んとした空気に包まれたフィッシュマンズワンマン2Days「君(チミ)のギターが泣いている」初日であったがハイライト的な1曲がいまだに自分の脳裏に残っている。それはコンサート終盤で演奏された1曲で「フィッシュマンズ全書」のデータによると小嶋ヴォーカルの「あの娘が眠っている」と続けて演奏された。欣ちゃんのドラムブレイクが続く中、佐藤くんが「次の曲は・・・」「次の曲は・・・」と何度も曲紹介を勿体ぶる。そしてドラムのフィルインとともに欣ちゃんが「次の曲はHappy Man!」と叫び一気にアップテンポなファンクナンバーがスタートした。佐藤くんのコルネットが吠え小嶋のギターカッティングが冴え渡る。譲のファンクスタイルのベースと欣ちゃんのドラムのプッシュアップは完璧なコンビネーションだ。ハカセのキーボードのハイセンスなバッキングは言うまでもない。まるでJBファンクやファンカデリックのようなその曲は自分にとってその日のコンサートの白眉的楽曲だった。ずっと大人しかった客席もさすがにこの曲では少し響いたのではないだろうか、ラストの「ひこうき」で会場は明るくなって終われたような気がする。
この「Happy Man」という曲はかなり初期からの、もしかするとフィッシュマンズ結成前から存在していた曲だそうで、結局音源化されることは無かったが最近ナタリーで掲載された記事「茂木欣一に聞く、フィッシュマンズに影響を与えたアルバム」の中でも言及されている。
https://natalie.mu/music/column/434463
佐藤(伸治)くんはとにかくMUTE BEATが大好きで、いつかのリハーサルのときに「今日このレコードが手に入ったんだよ」とMUTE BEATの12inchシングルを持ってきたこともありました。「これ、本当にいいんだよ」と言いながら。フィッシュマンズの「Happy Man」という未発表曲があるんだけど、その曲はこのアルバムに入っている「No Problem」からインスパイアされてます。ゴーゴーのリズムを使い、イントロで佐藤くんがコルネットを吹くというそのまんまの構成で。
確かに同じ調性のワンノートファンクで「No Problem」に似たようなモチーフのブレイクもあるけどその時はすでにゴーゴーのリズムじゃなくてもっと早い前のめりなファンクになっていた気がする。佐藤くんのリズミックなスタイルのヴォーカルはフィッシュマンズ全キャリアを通じてもかなり異色なナンバーだ。「映画 フィッシュマンズ」でのこのラママ初日の映像が多数使われていたから本編は手嶋悠貴監督の手元にあるはずだ。う〜ん、もう一度見たいものだ。
(追記)
後から調べてみたら「Happy Man」はフィッシュマンズのWikipediaの「CD化されていない楽曲」の1988年頃〜にちゃんと載っていた。やはり相当初期の曲だった。ついでにWikipediaも知らない間に充実していて自分も知らない曲がけっこう追加されていて驚く。映画がきっかけになって昔のフィッシュマンズファンがデータベースを追記してくれているのだね。
さらに言うと元ロッキンジャパン編集部の兵庫慎司さんの「ロックの余談」昔のセットリスト:フィッシュマンズ編でも取り上げられていて1992年11月10日、新宿・日清パワーステーションのライブでも演奏されていた。
https://rockinon.com/blog/hyogo/34123
この日のライブ、「フィッシュマンズ全書」著者の小野島大さんが『King Master George』聴いて気に入って見に来たらがっかりしてその後『Long Season』までフィッシュマンズを見逃すことになってしまったという因縁のライブだ。恐らく自分もそこにいたはずだがあまり記憶がないしフィッシュマンズは日清パワーステションとの相性は良くなかった印象があるからおそらく出来は良くなかったのだろうしこれ以降のライブでは「Happy Man」が演奏された記録がない。この辺りが『Neo Yankees' Holiday』制作につながっていく転換点だったのだろうか。
《さらに追記》
Mute Beatの「No Problem」は伝説的なジャズドラマー、アート・ブレイキーの「No Problem」のレゲエカバーだった。曲名検索は凄いな。それにしてもMute Beatメンバーもやはりジャズ世代のバックグラウンドであることを再確認するとともに、りぼんの奥田社長が大好きなアーティストがアート・ブレイキーだったはずだ。色々と繋がりますね!
最後まで読んでいただいたありがとうございました。個人的な昔話ばかりで恐縮ですが楽しんでいただけたら幸いです。記事を気に入っていただけたら「スキ」を押していただけるととても励みになります!