第10回IRグッドビジュアル賞に寄せて
はじめに
今回は株式会社バリュークリエイトさん、一般社団法人日本 IR 協議会さん主催のグッドビジュアル賞について書きたいと思います。
バリュークリエイトの佐藤明さんにご推薦いただき、初めて審査員として関わらせていただくので、何とか少しでも盛り上げたい、そして自分も盛り上がりたいと思っています。
この記事を読んでくださったIRご担当の方、ぜひご応募を検討いただけたら嬉しいです。
(余談ですが、個人的には賞といえば、大学のサークルの最初の合宿でスピーチをしてもらった賞が嬉しかったです。他の参加者が真剣なテーマを取り上げる中で、プロ野球球団の運営について意見を言う(悪態をつく)という色物としてですが。)
グッドビジュアル賞の意義
グッドビジュアル賞は「一枚であっても企業価値を効果的に伝えるスライド」が表彰対象です。
趣旨にある通り、上場企業各社がIRに注力するほど投資家が受け取る情報量は増え続ける一方で、投資家側の処理能力には限界があるという、IRを取り巻く構造的な課題があると思っています。
この課題に対する対処法は様々あると思いますが、発信者にとっては「シンプルかつ印象深く企業価値を表現する」ことは実行可能な対処法だと考えています。
そういう意味で、IRスライドの好事例を表彰・共有することで、各社が状況・目的・理解して欲しいこと等に適合した参考事例と出会いやすい環境づくりを、10年間継続されているIRグッドビジュアル賞の取り組みには感服せざるをえません。
過去の受賞作品から見えること
全件に目を通したわけではないのですが、過去の受賞作品は以下のような状況・ニーズに対して参考事例が多数あって、とても参考になるなと感じました。
1.投資家が感じる不透明感の低減
企業経営ではイレギュラーな外部環境変化や内的なイベントが生じるのは避けられません。教科書的には投資家はそうしたイベントが事業に与える中長期的な影響だったり、そこから見える経営のあり方に注目をします。
でも投資家もイレギュラーなイベントに対してはまずは不透明感や不安を感じます。そうした時にシンプルで、芯を食った(ように感じる)説明を提供してもらえると、まずは状況を理解できている感覚が得られ、落ち着きを取り戻せるように思います。
2.能動的意思決定に投資家の意識をひきつける
1が意図せざる変化に対する対応だとすると、こちらは意志を持って行った顕著な変化をもたらし得る意思決定に関するコミュニケーションです。
せっかく重要な意思決定を行ったとしても、適切に表現しないと投資家にはその意義・意味やインパクトが伝わらないということがあるように感じています。
「決定されたことが実行され、数字に表れれば株価には織り込まれるでしょ」というスタンスもあり得るとは思いますが、未来についてまず語り、それを実行し、結果が出るという一連のプロセスにおけるコミュニケーションが、信用・信頼を生むと私は考えます。
ステークホルダーに支えられる経営を目指されるとしたら、まずはしっかり伝えることが欠かせないと思っています。
3.(文脈が抜けがちな)投資家の理解の土台を補う
これは自分の経験でもあるのですが、投資家は、四半期単位、年単位の数字を追っていると、企業の重要な文脈(歴史、トレンド、ナラティブ等)が抜け落ちてしまうことが起こります。
企業や業界が長年積み重ねてきたことを理解するためには、投資家は相当な時間と意識を向ける必要があり、効率を重んじざるを得ない立場としては重要性は分かっていても現実的に難しい部分があります。
そうしたことを踏まえて、企業が能動的に投資家の理解の土台を補強するような情報提供を行うことには、コミュニケーションを充実させるうえで非常に価値があると思っています。
「文脈を補う」と言葉でいうのは簡単ですが、それを効果的に実行するのは簡単ではないので、好事例は良い参考になると思っています。
4.投資家が自社を見るフレームに変化を促す
これはコミュニケーションの中でも高度な行為になると思うのですが、投資家が自社を見るフレーム自体を変えに行くという事例もあります。
外部環境や企業経営がじわじわと変化していくと、昔のあり方に基づいた投資家側のフレームが適合しないという状況が生まれることがあります。
その時に、「こういう文脈、指標で見て欲しい」という主張をしてそれに対する投資家の反応を受け取ることも、投資家コミュニケーションの一つの選択肢です。そして、個人的にはそれがまさに双方向コミュニケーションなのかなと感じます。
個人的に印象深い一枚
最後に個人的に印象に残ったスライドを共有させてください。第9回で受賞されたコンドーテックさんの一枚です。
審査員の方もコメントで、「元気が出る、引き付ける、気持ちが伝わる」、と書かれていますが、私もまさにそうだなと思いました。
私が感じたことを言葉にすると、「心をくすぐられた」という感覚でした。
IRコミュニケーションは合理性に偏り、相手がモノ(it)のように感じてしまいやすいという性質があると思っています。
ですがこのスライドでは、山を登る人のアナロジーを出すことで、会社やスピーカーを人として感じ、興味を持つ、応援したくなるという効果があるように感じました。
投資の意思決定には、合理だけではなく感性も非常に大きな役割を果たしているはずで、こうした感性側を刺激する表現は、大事だけれど実践されにくい部分だと思っています(もちろん合理も非常に重要ですし、好事例の中には合理の側でうなるような事例もたくさんあります)。
最後に
ぜひたくさんの企業さんが参加され、審査や講評が盛り上がるといいなと思っています。私も本イベントを通じて表現についての学びを深め、少しでも有意義なコメント等ができるように努力しますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします!