災害情報コミュニティーに参加しているわけ
Hiro_Matsunoこと松野弘法です。
私がなぜ災害情報コミュニティーで活躍するようになったきっかけやどうやったら災害情報コミュニティに入れるのかを書いていきたいと思います。
昨日休刊したため今日は無料公開致します。
なぜ災害情報コミュニティで活躍するようになったのか
これはきっかけは2014年豪雪ではなく実は熊本地震なんです。
実は当時私自身が三和シャッターに出向している状態で九州工場が気になったのと熊本県の営業所が気になったことから始まっています。
当時はCode for JapanはROMのみの参加でしたが居ても立っても居られない状況だったので私は急遽復帰する形を取りFacebook災害情報コミュニティーに参加したのが本格的活躍のきっかけです。
それからは色んな災害のときにコミュニケーターとして入り作業をしてきました。
実際に情報を集めてくるだけではなく簡単な形にまとめることもやってきましたが今はADHDで障害を持つ身なのでそう簡単には事が進められない状況です。
どうやったら災害情報コミュニティーに入れるの?
これはきっかけとあとは自分の余力があるかどうかです。
災害情報コミュニティーはあくまでもボランティアです。
仕事がある方は仕事が優先事項です。
仕事ができてこそのコミュニティ活動とも言えます。
私の場合は職場の休み時間や自宅に帰った後などに投稿などのアクションを行っていました。
空き時間に行えば問題がないことです。
無職のときは積極的に参加していましたし実はもうアーカイブの方に移動してある災害情報コミュニケータとしての活動についてに乗せてあるクライシスマッピングはその時に作成したものです。
そうでなければ3日では作り上げられません。
当時はエンジニアとしてもバリバリ仕事をしている人間でしたから素早く対応できたとも言えます。
自分の空き時間に対応できる人が参加お願いしたいと思います。
政治目的などに使われる方にはお断りしたいです。
せっかく集めた情報が埋没してしまいます。
できれば市役所職員の方や社協の方々には参加していただきたいと思っています。
Code for Japanと私
今、私はADHDと向き合い障害とともに歩んで行っているところで今は休職扱いとなっています。
Code for Japanは一応社団法人なのでその扱いになります。
私とCode for Japanとの出会いは長く実は発足当時のメンバーでもあります。
もうかれこれ9年近くになります。
古参中の古参でほとんどの理事ともやり取りをしてる状況でもあります。
テクニカルな部分と災害についての活動を主に行っています。
東京COVID-19サイトではバックアッパーとして参加していました。
babelとnode-jsのメモリ問題の件は私があるサイトの再構築という仕事を請け負っていたときに発生した事象で知見を持っていたためにこれを周知したことがあります。
Raspberry-Piで開発できないと書いたときも上記問題を知っていたから書いたものなのです。
babelはトランスパイラーなので実はTypeScriptやEcmaScriptモジュールで書いたコードをEcmaScript5に変換する作業をしているのでメモリが大量にいるんです。
確か8GB以上はあったほうが開発に問題がないことを確認していたので4GB以下では難しいと判断できたわけです。
こういったテクニカルな部分をタッチしてましたしPHPのConfigの部分を確認したり設定したりとかする作業も行っていました。
インフラの知見やプログラミングの知見を生かして作業したりクライシスマッピングをしたりする作業を行うのが現在の私のCode for Japanのフィールドワークになります。
そろそろ私も稼働できる範囲が限られてきているので災害担当の部分を誰かに引き継ぐ必要が出てくるかもしれません。
実は現時点の能力はエンジニア時代を100%とすると35%ぐらいしか出せないのが現状なのです。
能力を上げるのにはかなりの時間がいると思います。
努力はするのですが体調と精神状態を万全にすることはかなりの努力がいると思います。
多分1年ないし2年かかるかもしれません。
とにかく頑張ってみるってことをやるだけですが。
どれだけ戻るかはわかりません。
症状はシナプス異常なんです。
なんとか35%までは戻せはしましたが本来の力には程遠い状態です。
これから無理せず頑張ることを心がけないと無理ぐりやっても意味がないことです。
多動と衝動との私が共存が出来なければ難しいと思っています。
とにかく回復に向けて緩やかに頑張っていきたいと思います。
Hiro_Matsunoこと松野弘法でした。
また、明日。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?