【入門・進化ゲーム理論①】どんな行動が多数派になるの?
はじめに
私たちの多くの行動は、所属する社会のまとまり(コミュニティー)にある様々なルールや制度、成文化されていない文化によって決定されています。
例えば、万引き・脱税・人殺しなどといった行動は法律によって抑制され、勤勉性、謙遜心、ノブレス・オブリージュなど良識性をともなう行動は文化によって促進される気がしますよね。
なんでかと言われれば、「万引き・脱税・人殺し」は他人に迷惑をかけやすい(負の影響をもたらす)からで、「勤勉性、謙遜性、ノブレス・オブリージュ」は他人にいい影響を与えやすい(正の影響をもたらす)ので、それらの行動をコントロールするためルールや暗黙の了解を作るのですね。
経済学では、人が多数存在して影響を与え合う社会において、人間行動を分析する数学的ツールをゲーム理論といいます。
とくに近年、
「時間の経過によって社会にいる人間の何%がどんな行動をとる?」
「どんな行動が最終的に人類全体に広まり安定するのか?」
といった時間経過による人間行動のパターン(分布)変化を分析する強力なツールが開発されました。
これが進化ゲーム理論というものです。
本シリーズは進化ゲーム理論の基礎を紹介するシリーズになっています。
とくに本記事では進化ゲーム理論を学ぶ前段階として設置したのでお楽しみください。
相互依存関係
私たちが進化ゲーム理論をまず理解するうえで、まず相互依存関係という概念が大切です。
狭い歩道を歩いていて、前方から来た別の歩行者とすれ違う場面を想像してみてください。狭い歩道の道幅は2人分の幅しかなく、あなたと前方の歩行者は、それぞれ右にずれる選択肢と左にずれる選択肢を持っているとします。
さて、あなたは右にずれるべきですか?それとも左にずれるべきですか?
答えはもちろん”相手の行動による”です!
もし、同じ方向にずれてしまうと正面衝突してしまいます。なので、お見合いにならないように相手の出方をうかがうのではないでしょうか。
そのような他人の行動によって自分の行動に影響を与える状況のことを「戦略的状況」または「相互依存関係」といいます。
あなたの日常には沢山の戦略的状況に関する興味深い事実を発見することができます。
恋人の機嫌を損ねずに、自分の行きたいデート場所を決める。
(男女の争いゲーム)ケーキを兄弟と分ける時、自分が2分割して相手に選ばせるのが公平。
(最後通牒ゲーム)共通の事件にかかわった2人の囚人がどっちも自白をする。
(囚人のジレンマ)ボランティア活動に従事する人はどうしても少なくなる。
(ボランティアのジレンマ)
ボランティアのジレンマに関してキティ・ジェノヴェーゼ殺人事件がとても興味深いので紹介します。
これは1964年、アメリカでジェノヴェーゼ婦人が暴漢に殺害される事件です。殺される直前に大声で助けを求めたにもかかわらず、誰一人として警察に通報しなかったのです。
なぜでしょう?
答えは近隣の人は「やっかいごとに関わりたくなかった」からです。
当然と言えば当然ですよね。
警察に通報したからって自分に多大な利益があるわけではないですし、最悪の場合は暴漢が逆上してターゲットが自分になるかもなので。
この事件は社会心理学に影響を与え、傍観者効果という概念が提唱されました。サイレントマジョリティとほとんど同じです。
このような状態も戦略的状況であり、次に紹介するゲーム理論の分析対象になります。
ゲーム理論
このような戦略的状況を分析する数学的な画期的なツールが第二次世界大戦中の1944年に生まれました。これがゲーム理論と呼ばれるものです。
数学者のジョン・フォン・ノイマンと経済学者のオスカー・モルゲンシュテルンが共同で著作した『ゲームの理論と経済行動』により芽が出て、現代にいたるまで主流派経済学の基礎として君臨しています。
初期は軍事戦略の意思決定に使用されましたが、現在はマッチングアプリのアルゴリズムの作成にまで使用され、応用範囲は無限大です!
ゲーム理論の問題点
しかしながらここ30年ぐらい、古典的なゲーム理論は”ある理由”から批判されることになります。
それは、合理的経済人という現実とはかけ離れた設定がされているということです。
合理的経済人とは、どんな複雑な状況でも一番満足いくような行動を実行することができる人間という仮定です。
先ほどのすれ違い問題では、
・2つの行動(右か左)だけしか選択肢がない
・行動を決定するターンが2回しかない(相手が決定⇒自分も決定)
という単純な状況を設定しているので人間の脳みそでも自分の行動を簡単に決めることができます。
しかし、選択肢がたくさんある状況や、行動を交互に何回も決める状況に遭遇すると、人間の計算能力では行動を決めることができません。
その最たるものが将棋や囲碁といった盤上のゲームでしょう。
将棋は初手だけでも30通り存在し、無量大数以上もある局面を全て把握するのは遊戯の神以外不可能です。
古典的なゲーム理論は、そのような将棋でずっと最善手を打つことができる合理的経済人が社会に放たれているという前提で話が進められています。
さすがにこれはおかしいですよね…
私たち人類は不完全であり、完璧ではないです。
というわけで、この完全な合理的経済人という意味不明な前提がいらない分析ツールの一つとして注目されているのが進化ゲームです!
進化ゲーム理論
進化ゲーム理論は先ほどの完全な合理的経済人という無理な仮定を必要としない、ゲーム理論内でも結構新しい分野です。
もともとは生物学を起源としていて、ジョン・メイナード=スミスという生物学者が「生物の進化」についてゲーム理論を応用したのが始まりでした。
個々の生物個体は必ずしも自身の合理的行動を選択するとは限らないのでスミスは次のように考えました。
「生物集団が時間経過によって、ある行動が成功した集団は生き残り、異なる行動が失敗した集団は死んでいくという自然選択をゲーム理論的に記述することで、最終的に生存する集団割合やその安定性を求めることができる」
ダーウィンの進化論をゲーム理論で数学的に翻訳したといえるのではないでしょうか?
このアイデアが生物の進化を表すいい感じの数理モデルとして確立し、逆輸入という形で様々な経済現象の分析ツールとして応用されました。
例えば、Instagramや携帯電話などが普及する過程、外交戦略の時間的な変化など数多くの社会現象を分析することが可能です。
進化ゲーム理論の特徴
人間の集団の行動パターン(分布)の分析を行うことが可能
時間が過ぎることでどの行動が多数派or少数派になるかが分かる。(ダイナミクスや動学などといわれます。)
完全合理性を仮定せず、限定合理性の分析が可能
色々できます。
学習準備
進化ゲーム理論を最大限楽しむためには、高校レベルの数学と以下の数学知識が必要です。
線形代数
微分方程式
まず、進化ゲーム理論は時間経過によってある行動をする人の割合の変化量を分析するための枠組みなので微分方程式の知識が必要です。
また、行動の選択肢が3つ以上や一般化を行う場合、基礎的な線形代数の知識も必要になります。
大きな特徴としては、やはり時間経過に伴う社会現象を扱うので微分方程式が登場するという点ですね。経済学・経営学の学部の方で微分方程式を使うのは学部では珍しいのではないでしょうか。
次回はまず、進化ゲーム理論の威力を知ってもらうために、Instagramの普及する過程を考えてみましょう!