僕の見た景色 5 (連続短編小説)
アキラには、4才違いの
弟がいた。
志豪(ヂーハオ)という名前だが
アキラ同様、日本ではゴウ、と
呼ぶことにしていた。
していた、というのは、
日本人として生きて行こうという
アキラの強い意志からで、
ゴウは、まったく日本語ができなかった。
アキラは、両親はともかく、
自分と弟は何としても日本で
生きていこうとしていたのだ。
小学校が終わると、
幼いゴウの手を引いて、
引退の国語の先生の家に行き、
日本語を教えてもらっていたという。
老先生も、アキラの頭の回転の速さや
機転の鋭さに驚いていたことだろう。
アキラには、日本語を覚えたら、
必ず母国語の台湾語、中国語を習得し直す
ようにアドバイスしたらしい。
幼いゴウが日本語を覚えるのは
早かった。が、今でも母国語が
できない。
僕が大学を卒業する頃に、
中学生になっていたアキラは、
相撲取りのようにでかくなり、
一方ゴウは、線の細い少年になっていた。
続