そっくりな手相
私はファザコンだが、
父に可愛い可愛いされたことはない。
それはいつも年の離れた妹の
役目で、温泉にいっても、
必ず父に男湯に連れていかれていた。
「お父さんは、アタチの都合を
勝手に決める」と
泣いていたので、それはそれで
つらかったのかもしれない。
私は常に、長女で、強い子で、
お父さんそっくりな
オッサンぽい娘だった。
ノリで、自分のことを
「ワシ」と言っていた若いころ、
父は苦笑しながら、
「ワシワシ言うな」と喜んでいた。
特に、小さい頃から、事あるごとに
父と私の手相がそっくりなことを
嬉しそうに語っていた。
母にしてみれば、男親というのは
自分が生んだわけではないので、
子供が自分に似ているところがあると、
かなりうれしいらしい。
男親とは切ないものだな。
後に気がついたのだが、
父が「オレは掘りが深い」と言ってた
目元は、腫れ目なだけで、家族で
笑っていたのだが、私も間違いなく
腫れ目だ。
メハレムーチョと笑っていたが
己もそうだったのだ。
がに股も、父に似てしまった。
大学生のころ、「浅野温子の足首」と
絶賛された足首は、父も同じだった。
(階段を後ろから登っていて、
父の股引から見える足首がキュッと
締まっていて、がっくりしたものだ)
今では、枕カバーのにおいも
父と同じ匂い。どないやねん。
そんな父が脳梗塞で倒れて
10年介護を受けて、最後は
宮本輝氏の「流転の海」の
主人公、松坂熊吾と同じく、
粗末な田舎の病院に押し込まれて、
4日で死んでしまった。
熊吾さんも、軍隊時代を思い出して
いたけど、父と相部屋の10数人の
オジサンたちも、
「○○軍曹、XX通信でございます!」
などと叫んでいた。
手相がそっくりだから、
私も父と同じ道を行くのかと
怖くなった時期もあったが、
今は、楽しみ。
父と同じ手相だもん、何もこわくない。
早く会いたいな、手相の同じお父さん。