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すすき野(シナリオ)

人物
張 栄人(38)中国・明時代の人物
張 美麗(31)栄人の妻
張 清人(53)栄人の父・古文書の編者
張 華姫(27)清人の後妻・栄人の母
張 輝人(25)清人と先妻の息子


張家の屋敷・縁側(夜)

   大きな屋敷の中庭に面した
   縁側に座り、月を見上げながら
   酒を飲んでいる張栄人(38)と
   その横にかしづく美麗(31)。

   風がサッと吹き抜け、
      庭のすすき野を揺らす。

栄人「子供たちは眠ったのか?」

   美麗の注ぐ酒を受けながら、
   栄人がたずねる。

   月明りに映し出される
   美麗の美しい横顔。

美麗「はい、先ほど、乳母たちが
   寝かしつけました」

   栄人、酒をぐいっと飲み干すと、
      盃を美麗に差し出して、酒を催促する。

美麗「旦那様、飲みすぎでございますよ」

   美麗、優しい声で、そうつぶやくと
   控えめに酒を注ぐ。

   栄人、注意されたのが、うれしいらしく
   苦笑する。

栄人「母上のようなことを申すな」

   美麗、少し驚いて、栄人を見つめると
   次に伏し目がちになって、たずねる。

美麗「お母君のこと、いつかお話し
  して頂きたいと思っておりました」

   栄人、座椅子に身をもたせかけて 
     くつろぐと、細くため息をつく。

栄人「・・・そうか」

   美麗、栄人のそばに身を寄せて 
   うなずく。

栄人「・・・語るほどの記憶はないのだが、
   この、すすきを見ていると、胸が
   熱くなる想いだ」

   栄人、遠い目をして、すすき野を
     見やる。

(回想)栄人の生家・廊下

   栄人の父、張清人(53)と
   母の華姫(27)の言い争う声が
   一室から聞こえてくる。

   その部屋の脇の廊下で、
   様子を伺っている栄人(5)。

清人「あれが、ワシの子だという証拠が
  どこにある? 世間では、公然と、
   お前と輝人の子だという話になっておる」

   清人の怒り露わな声。
   その後に続く、華姫の細い声。

華姫「なんということをおっしゃるのでしょう。
  こともあろうに、輝人殿と、この私の
   関係を疑うとは、あまりにも情けない
   ことにございます」

   清人の怒鳴り声を聞いて、
   張輝人(25)が慌てて部屋に
   飛び込んでくる。

輝人「父上、それは、あまりにも酷い
  お言葉です。義母上に、お謝りくださませ」

   突然現れた輝人に、清人の怒りは
      ますます激しくなる。

清人「何が、義母上だ、若い者同士で
  年寄りをコケにしおって!
  お前がこの屋敷を出ていくがいい!」

   輝人、さみしそうに大人びた目で
   清人を見つめる。

輝人「わかりました。
  それで、お気が済むのなら・・・
  そして、義母上と私の潔白を
  お認めになるとおっしゃるのなら、
  喜んで、出ていきましょう」

   慌てて止めに入ろうとする華姫を 
   やさしく振り払う輝人。

同・廊下

   部屋の脇の廊下に突っ立っている
   栄人に、輝人が気づき、
   近づいて、頭の上にポンッと手を置く。

輝人「お母上を大切にするのだぞ、栄人」

   栄人、何も言わず、じっと輝人を
     見つめている。


同・屋敷の裏の野原(夕方)

   赤い夕陽に照らされて、すすきが
   風に揺れている。

   栄人の背丈ほどあるすすき。

    華姫に手を引かれ散歩にやってきた
    栄人は、丘の上から眼下の
   すすき野を眺める。
   あまりの広大な景色にはしゃぐ栄人。

      が、ふと、夕陽に照らされる華姫の
   様子に気が付き、栄人、驚く。

   華姫は、隠すでもなく、ハラハラと
   涙をこぼしている。
  
   栄人、何度か言葉をかけそびれるが、
   やっと口を開く。

栄人「・・・輝人叔父様は、どこへ行って
  しまわれるのですか?」

   華姫、静かに涙を拭いて、
   栄人を見つめる。

華姫「そなたのお父上の名を言ってごらん」

   栄人、けげんそうに首をかしげ、
   華姫を見上げる。

栄人「張清人だよ。母上、どうして
  そんなことを聞くのですか?」

   華姫、さみし気に微笑むと、
   輝人がやったのと同じように、
   栄人の頭をポンッとなでる。

華姫「その事だけは、真実だと、
  おぼえておくのだよ」

   華姫の様子に、更に不可思議な
   表情を浮かべる栄人。

   華姫は、急に表情を変えると、
     夕陽に向かって指さす。

華姫「トンボがいっぱい飛んでいるわ。
  栄人や、母に、夕焼けのトンボを
  捕まえてきておくれ」

   栄人、母の願いに、目を輝かせて
   うなずくと、丘を駆け下りて
   背丈ほどのすすき野に入っていく。

   それを見つめる華姫の姿が
   最後に夕陽の中に美しく映し出される。 
    (回想終わり)


元の栄人の屋敷(夜)  

   縁側でくつろぐ栄人。
   その横で、美麗が酒を注いでいる。

美麗「・・・お母君との記憶は、
  そこでお終いなのですか?」

   栄人、ゆっくり酒をすすり、
     静かにうなずく。

栄人「それ以前に、母と過ごした
  楽しかった時間もあったのだろう・・・
  その後の、母がいなくなった生活も
  あったのだろう。
   しかし、今、思い出されるのは、
  あの夕陽と母上の美しさ、
  すすきとトンボに心奪われている間に、
  姿を消した母上への思慕と悲しみ・・・
  おかしなことに、そればかりが
  この年になっても、我が胸を締め付ける」

   栄人、美麗をそばに引き寄せる。
   一瞬驚いた様子の美麗。が、栄人が
   その膝の上にゆっくりと頭をのせると、
   そっとその頭に手を置く。

   栄人、子供のように膝枕に甘えると
   目を閉じてつぶやく。

栄人「・・・そなたは、ずっとそばにいてくれよ」

   美麗がうなずいた動きを肌で感じて、
      安心した表情になる栄人。

   空には、上弦の月、
   地にはすすき野、
   明の時代を吹き抜ける一風の秋風が
   さわさわと音を立て、
   すすき野を揺する。


           完


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