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塗料屋さんの猫(小説)

亜希は、今朝も、通勤途中に、
JP高架下を通りかかる。

そこは、いろんなものの倉庫や、
事務所になっていて、
亜希は、キョロキョロと
目的のものを探した。


いつも地面でゴロゴロしている、
その猫は、今日は、大きな
ドラム缶の上で伸びをしていた。


「おはよ、元気?」

その猫は、妙な色をしていた。

亜希は、最初、誰かに
いたずらされたのかと思った。

 
元々は白猫のようだが、
おしりの辺りは淡いブルー、
肩は薄いピンク、
顔はうっすら緑がかっていた。
その不自然な色合いに、
亜希は、首をかしげたものだった。

 
が、ある朝、その猫が、
塗料屋の倉庫兼事務所から堂々と
出てきたとき、倉庫内をのぞきこんで
亜希は吹き出した。
 
中は、チョークのような
塗料の紙袋やドラム缶で
いっぱいで、床にもいろんな色の
粉が散らばっている。
おまけに、作業員たちの
Tシャツやタオルが洗濯して
干してあるのだが、
どれも、色とりどり、
白猫と同じ感じに染まっている。


自分は、ここの倉庫の管理人だ、
とばかりに、塗料に染まり、
ちょっとアゴをあげた上から目線で
近所を見回っている、
その白猫がたまらなく
愛おしく感じた。

 
亜希は、道端でくつろぎ
始めた猫のそばまで行って、
触ろうとする。

 
が、猫は、プライドに
満ち溢れた目で、亜希をにらみ、
づくろいを始めた。


それは、まるで、
同情なんていらない、
といっているようでもあり、
業員の人たちと同じ色に
染まっている自分を誇らしく
思っているかのようだった。

 
亜希はますます、
この白猫に会うのが楽しみになった。


雨の日も風の日も、
白猫は、塗料屋さんの
番頭のように、
倉庫の近辺にいた。


ときにはトラックの下で
ゴロゴロしていて、
車を出したい作業員さんに、
猫じゃらしで扱われていた。

猫は仕方ないな、といった
面倒くさそうな表情で、
しかしちょっとうれしそうに
作業員さんのじゃらしにつきあって、
トラックの下から出てくる。


白猫を、最近、亜希は、
「ニャンコ先生」と呼んでいる。

その堂々たる様子と、いつまでも、
自分を相手にしてくれない感じが、
自分よりずっと偉いからなのでは?
と思うようになってきたのだ。


今朝も、スカートの裾を地面につけて、
猫に手招きする。


それを見ていた若い作業員、
桑原悟が、とうとう亜希に
声をかけてきた。


「お姉さん、せっかくの白いスカート、
汚れてるよ」

 
何度か見たことのある青年にそう言われ、
亜希は、恥ずかしくなる。


「・・・見てました?」


「ま、事務所、そこだから」


白猫はかがんで会話している
二人を物珍しそうに見ている。

 ’自分ら友達?’
といった顔である。


「僕ら従業員にも、
すりよることはあれ、
なかなか触らせないんだ。
大人しく抱っこできたら、
洗ってやれるのに」


亜希は、意外な顔をした。


「なんで洗うの? 
猫ってもともと水嫌いだし・・・」


「でも、この色、あわれじゃない? 
よりによって白猫がうちに居着くとは・・・。
黒猫だったら塗料も目立たないのに」

 
亜希、猫を見つめる。


「あわれだなんて・・・
ニャンコ先生に失礼だわ」


「ニャンコ先生??」


亜希、自分で言っておきながら、
びっくりして笑う。


「ごめんね、
勝手にそう名付けてたの。
だって、あまりにもプライド高く、
ここの倉庫を守ってるのは自分だ、
って顔して、闊歩してるもんだから」

 
悟は、大うけだった。


「エサ欲しさにここにいる
だけなんだろうと思ってたけど、
そんな高尚なプライド、
考えてみたことなかったよ」


「だって、お兄さんたちの
Tシャツと同じ色に染まって、
会社の一員だとすごく思ってると思うわ」


亜希の言葉に、
のっさのっさと白猫は、
かがんでいる悟の元にやってきて、
ゴロゴロと身をすりよせる。
 
悟は、その毛をなでると、
さっと猫の方向を亜希に向ける。


「ご機嫌だね、さぁ、
このお姉さんにも甘えてごらん」


悟の言葉に、むっとしたように、
猫は亜希をにらむ。

そしてすっと、
一度だけ身をすりよせると、
そのまま倉庫内に姿を消していった。


白いウールのフレア・スカートの
真ん中あたりについた、
ピンクの塗料。


「あの、ごめん、それ、大丈夫なの?」


戸惑う悟に、満面の笑みで
亜希は答えた。


「うれしーい!」


それから毎朝、亜希は、
ニャンコ先生と、悟に会うのが
日課になった。


そのうち、他の作業員さんたちとも
仲良くなり、社長まで顔見知りになった。
 
中小企業の社長さんは、
町のお父さんのように、
温かな人だった。

ある日、社長が悟を呼び出す。
春先のことだった。

社長は、封筒を悟に渡す。


「あのお嬢さんのクリーニング代だ。
ずいぶんセーターやスカートに
猫の色を付けてしまった。
もう冬物もしまう時期だろう。
明日にでもお渡してあげてくれ」

 
悟は、首をふる。


「亜希さんは、あの猫と同じ色になって、
喜んでいるんですよ」


社長は、にっと笑う。


「だから、一応渡して、断られたら、
これでデートに誘え。
社長命令だ。
そして夏までには白猫を二人で、
洗ってやれるように」


ドラム缶の上でなごんでいた猫が、
迷惑そうに顔をあげる。


「ほれ、お前もここでメシを
食っている従業員だろ。
ちったぁ、悟の恋に協力しろ」


社長命令もなんのその、
全く知らん顔で、白猫は、
春先の町へと散歩に出かけていった。


                 了

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