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移りゆく景色 3 (連続短編小説)

芙美は、羊羹と緑茶と
キットカットをジンに出してくれた。

この日、伊都は仕事で、
大学生のジンが一人で芙美の
もとにやってきたのである。

「ジュースでもあれば
いいんやけど。あ、ビール?
いや、昼間から、あかんな」

キットカットを勧めながら
芙美はお茶をすする。

「もうすぐ、和人と安人が帰ってくるから
そんときに、ポテチ出すわな」

和人と安人とは、
伊都の弟で、それぞれ、
中学生、小学生である。
が、そもそも数年前から、
伊都のところに遊びに来ている
ジンにとっては、
彼らは子供の頃の印象のままである。
やんちゃな和人と、内気な安人。
かわいい弟たちである。

「ところで、ほれ、
ジンの家族はどないしてはるんや?」

ジンは滅多に聞かれないことを
聞かれて、面食らう。

「なんや、急に」

「いや、伊都がアンタを連れてきたころ以来、
聞いてへんな、と思って」

ジンは、軽く事の経緯を説明する。

「ほな、西村のお父さんは、やっぱ他人か?」

話を一通り聞いた芙美が言う。

「当たり前やん。
アキラが死んで、1年で
再婚するようなヤツやで」

「そりゃ、アンタの母親も問題やな」

痛いところを突かれて
ジンは黙る。

「で、アンタのアキラさん、
なんて苗字やったん?」

実の父親を呼び捨てで、アキラ、と
呼ぶものだから、話相手も混乱する。

「張。中国系で一番メジャーな、
チャン。
チャン・ジーミンって名前やった」

「ミンがアキラ(明)やな?」

察しのいい芙美。

「でも、アンタに中国名を
付けんかったってことは、
アキラさんも、ジンに日本で
生きて欲しかったんやろうな」

「・・・張仁、で、無理やろう」

「西村仁もイヤなんやろう?」

「いやや」

「ほな、岸田仁になるか?」

「はぁ?」

芙美の意見にジンは爆笑した。

「弟二人もおるのに、オレが
岸田家の養子になるのはおかしいやろ」

「そやけど、男にとって、苗字は
一生のもんや」

ジンは芙美をじっと見つめる。

「・・・ばぁちゃん、実は、オレと伊都が
結婚するかどうかを気にしてるやろ?」

ジンの図星に、芙美は、大らかに笑う。

「バレたか。
伊都は、ほんまに賢くて、良妻賢母や。
でも、ジンは、一人の女性で
満足するタイプと違うやろ。
ばぁちゃんは、それが心配でな」

実際、伊都と付き合ってきた
数年の間に、ジンは何度も
他の女性と付き合っている。

伊都もわかっているかもしれないが、
これだけ家族以上の付き合いをしてる
伊都もとに必ず帰ってくることは
伊都も、ジンもわかっているのだ。

               続


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