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会いたいと思った人が好きな人

40代の友人が、ある男性を好きになった。

趣味の集まりで久しぶりに顔を合わせた彼女は、屈託のない笑顔を向けながら

「しんどいときも多いけど、楽しいの」

と事情を話してくれた。

相手は同じ40代のバツイチの男性で、お子さんはすでに成人して独立済み、彼自身は「定年退職までのんびりと仕事をして暮らせればいい」といつも話すそうで、写真を見せてもらったが年齢よりずっと若く見えた。

最初から好意があって近づいたのではなく、数年ほど友達としてほかの人たちも含めたつながりで仲がよく、彼女自身好きになるとは思っていなかったそうだ。

何があって恋愛感情を自覚したのか。

「会いたいと思うのよ、いつも。
いいことがあったときとか、逆につらいときもね、いつも彼を思い出すの」

特に密に連絡を取り合っていたわけではなく、たまに思い出したように電話して軽く近況を話す程度の仲だと彼女は言う。

「いつ話しても同じテンションなのよ、彼。
それに安心するのね、だから気軽に連絡できるっていうか。
私も同じように機嫌よく話せるから、いつも楽しくて」

ああ、いつ話しても同じテンションに安心するって、わかる。

不穏な雰囲気を想像しないのだ。
思い出すときはいつも落ち着いた声色と、スマートフォンを笑顔で握る姿。
そしてその予想を裏切られないことが、居心地のいい距離感となる。
ひっきりなしにLINEをしないのは、無理に連絡をしなくても「いつでも楽しく話せる」という信頼があるのだ。
お互いに。

「・・・いいなあ」

気がつけばそう漏らしていた。
そんなつながりを男女で持てるのは、奇跡だと思った。

好きになりたくて好きになるわけじゃない。

彼女ははっきりとそう言った。

心にその人の居場所が”自然と”出来上がる。
そのスペースをあたたかく迎えることができる。
傷つけないように、壊さないように、丁寧に扱う。
それは信頼だ。
恋愛感情の前、「この人を大切にしたい」という純粋な思いだ。

男性の側もきっと同じだろうなと思った。
いつも一定の調子で話せるのは、彼も彼女を信じているのだ。
”自分を迎えてくれるだろう”と。
その落ち着きが、二人の会話を和やかなものにする。

本当の恋愛感情なんて、そうそうすぐには生まれない。
恋愛関係を最初から狙って近づかないからこそ、素の状態を受け入れられる。
”好きになりたくて好きになった人”など、所詮は自分に都合のいいフィルターを通して見ているだけかもしれない。
狙って好きになるのが間違いとは思わないが、その気持ちがいつまで続くかは、また別の問題だろう。
会いたいと思った人が好きな人。
それは恋心の真理だなあと思った。

彼のほうは、誰にでも人当たりがよく優しいが、特定の女性と積極的に距離を縮めるような様子はなく、いつも飄々としているそうだ。
友人ともベタベタする物理的な近さはなく、一定の線を”ちゃんと”引いているのも、彼女が安心する姿だった。

だが。

「だから、そんな人だからこそ、さ。
見えないところで私以外にもそうやって楽しく話している人はいるかもしれないよね」

確かに、彼にとってそんな扱いが自分だけ、とは思わないだろう。
”特別感”ではないのだ。
素がそんな人とわかるからこそ、同じように居心地のいい距離感の女性がいてもおかしくはなく、もしかしたら彼女以上に仲が深い場合だって、あるかもしれないのだ。

黙った私に、彼女は笑顔を見せた。

「それでもいいの。
私は彼が好きだから、今の関係を楽しめればいい」

分かりもしない他人の存在を気にしても、不毛なだけだ。
見るべきなのは、自分はどうしたいか、どうありたいかの本音だけ。

二人だけの信頼を、絆を、これからも築いていくのが一番の望み。

「いいなあ」
また出た言葉は、そうやって本当に好きと思える人を見つけられた幸運と、その人を好きな自分に満足できる幸せがわかるからだ。

「くそ、リア充かよ」

そう言うと、彼女はあははと声を出して笑い、

「そうよ、片想いでも十分リア充よ。
楽しく話せるだけでストレスも全部消えるわ」

と、胸を張った。

恋っていいなあ。

誰かを好きになる、心に迎え入れるって、こうやってそれを心底慈しめるのが本当なんだよねぇ。

どうか、彼女が彼との恋を楽しめますように。

どんな結末になろうとも、「その人を好きな自分が好き」と胸を張れる人は、決して不幸にはならないのだ。


自分を好きでない人が、誰かに愛されることはない。
自愛がないと好きな気持ちを慈しむことはできないからだ。
愛情を大切に育てるには、どうしたってその自分を前向きに受け入れないといけない。
「慈しむ」ことが心の安寧だよね、と。

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ひろた かおり
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