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80年代ニューヨーク。ストリートの圧倒的な存在感。北島敬三写真展「NEW YORK 1981,1982」/「1986,1987,1989」

新宿御苑前のPlaceMと新宿二丁目のphotographers' galleryで、北島敬三展「NEW YORK」が始まった。PlaceMでは「1981,1982」として、1981年と82年に滞在して撮影されたモノクロの写真が展示され、photographers' galleryでは、「1986,1987,1989」として、1980年代後半に撮影されたカラープリントの作品を展示している。ともに、PCTから刊行された同名の写真集の発刊を記念した、2会場を使った写真展だ。

北島さんは日本を代表する写真家だ。1975年にワークショップ写真学校に参加。森山大道に師事したのち、独自の活動を始める。当初は東京や沖縄などを撮っていたが、1980年代に入ってからは、ニューヨークを皮切りに、東欧や、崩壊直前のソ連の人々を写真に収めている。海外での評価も高く、国内外で作品を発表してきた。

「1981年にはじめてニューヨークを訪れた。アパートを借りた場所はイーストヴィレッジだった。アパート前の通りには、タイヤはもとよりエンジンまで盗まれた車が何台も放置されていた。公衆電話も、現金を盗むためだろう、すべて破壊されていた。街の至るところでビルが半壊あるいは全壊していた。時折、すえた臭いが鼻をついた。人々は当たり前だと言わんばかりにそこを行き交っている。〈中略〉摩天楼の上層階が西側経済の中心だったとしても、それとは無縁の第三世界が広がっているように見えた。」(写真集『NEW YORK』より)

80年代、ニューヨークは「世界一治安の悪い街」と呼ばれていた。観光名所として有名なタイムズスクウェア周辺はドラッグのバイヤーやひったくりが跋扈し、マンハッタンでは発砲事件が日常茶飯事だった。地下鉄はグラフィティーに溢れて、地下鉄のトンネルや下水道に棲む数千人のジャンキーやアルコール依存症患者のコミュニティもあった。90年代に入り、ルドルフ•ジュリアーニが市長になって対策が執られて以降、街の治安は改善されていくのだが、北島さんが渡航した頃のニューヨークはまさしく危険で混沌としていた時期だった。反面、街やそこで生きる人たちは異様なエネルギーを発していた。

PlaceMで展示されている北島さんの写真からは、その時代の空気感が濃厚に漂ってくる。ドラアグクイーンと思しき人たちやゲイ、レズビアンと思しき人たち、ナイトクラブでプレイするパンクバンドのメンバーといったエッジな人々だけでない。街を行く人たちそれぞれが、まるでキングやクイーンのように存在し、その神々しさを感じることができる。生の実感、命のほとばしり。当時のニューヨークが荒れていた理由の一つに経済的に不況だったことがあるが、そういったデプレッションが、逆説的に、人の命を輝かせていたのかもしれない。

photographers' galleryでは、1980代後半のニューヨークで撮られたカラー写真が展示されている。1980年代初頭に撮られたモノクロ作品が、ニューヨークで出会った人々の全身を収めた写真が多いことに比べて、1980年代後半に撮られたカラー作品は、より人の顔に寄ったアップの写真が中心になっている。また、写っている人たちのなかに、奇をてらったような姿の人はおらず、ニューヨークの街を行き来する普通の(?)人たちなのだが、写真が発する圧がもの凄い。ギャラリースペースに立っていると、三方から写真が発するエネルギーにクラクラする。80年代のニューヨークのストリートの熱量を追体験している気分になる。被写体からの距離は1mもないだろう。街を歩き、ストリートスナップの手法で高速かつ直感的にシャッターを押す時、撮影者の脳内ではドーパミンが大量に噴出しているのではないかと思わせる。

「1981年の3ヵ月間と1982年の6ヵ月間、私は朝10時にアパートを出て夕刻まで撮影していったん戻り、再び夜8時ごろから街に出て撮影し、深夜に帰宅するという日課を繰り返した。〈中略〉撮影行為だけが私と外部世界との接触の機会だった。ひたすら歩き続け、自分の中のあらゆる身体感覚をあたう限り露呈させ、目で見て判断する前にシャッターを切ろうとしていた。」(写真集『NEW YORK』より)

「NEW YORK」で撮られた人々は、マイノリティが多い印象がある。アンダーグラウンドな臭いを漂わせる若いバンドマンや熱狂するオーディエンス、大都市のナイトシーンを謳歌するLGBTQの人たち。カラーの写真では黒人が多い。これはおそらく狙って撮ったわけではないのだと思われる。ニューヨークのストリートに立ち、全身のセンサーを働かせて見て撮ったものが結果的にマイノリティとされる人々だったのだと感じた。ニューヨークのストリートで圧倒的な存在感を放ち魅力を感じさせる被写体がマイノリティだったのだろう。

僕自身はこれまで二回ほどニューヨークに行ったことがある。1度目は1992年。その時の記憶はあまりない。おそらくこれは、危険をさけるために夜は出かけず、危ないエリアに足を踏み入れなかったためだ。2度目は2013年。その時はつぶさに街を歩いたのだが、夜に出歩いても死に至るような危険を感じることは一切なかった。反面、北島さんの写真から溢れてくるような圧倒的なエネルギーも感じられなかった。

それから10年以上が経ち、ニューヨークの街はまた変わっているのかもしれない。当時よりも貧富の格差は大きなものとなり、移民の流入も増えたと聞く。しかし、仮に治安が悪くなっていたとしても、80年代の熱気は戻ってこないだろう。

北島さんは1982年に『New York』というタイトルの写真集を発表し、木村伊兵衛写真賞を受賞しているが、今回刊行された『NEW YORK』はその復刻版ではない。1981年から1982にかけて撮影されたモノクロ写真と1986年以降に撮られたカラー写真で構成されていて、言ってみれば、リマスター+のような内容になっている。1982に刊行された『New York』は現在プレミアが付いて、おいそれと手を出せないほど高額になっている。この時期に7000円+税で購入できる新版が出たことは、これまで手に取ることができなかったファンにとってはありがたい。

北島さんの「New York」のシリーズが展示されることは稀になると思われる。12月28日にはトークイベントも企画されているので、この機会に観に行くことをおすすめします。

写真展は12月29日まで。

北島敬三写真展「NEW YORK 1981,1982」
期間:12/16〜12/29
場所:PlaceM 
北島敬三写真展「NEW YORK 1986,1987,1989」
期間:12/16〜12/29
場所: photographers' gallery



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