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もうそこにはいないあなたを撮る 森本洋輔 『Yoyogi Park, Shibuya-ku, Tokyo』
◾️失恋体験が撮影のきっかけに
『Yoyogi Park, Shibuya-ku, Tokyo』は写真家・森本洋輔さんの初の写真集だ。森本さんは2006年から足掛け17年かけて1,000人以上の女性を撮り続けてきた。そのなかから選んだ130名のポートレート写真に、撮影場所の風景写真を組み合わせた形で編集されている。
この作品のもともとの始まりには、森本さんの失恋体験がある。
2001年に地元香川から写真専門学校への進学で東京に出てきた森本さんは、高校時代から付き合っていた恋人と別れてしまう。恋人を撮っていなかったことへの後悔から、その面影を追いかけるように、街で出会った女性に声をかけて写真を撮らせてもらうようになったという。
「知らない人に写真を撮られる時に見せる表情や雰囲気が、別れる時のその恋人に似ていて、撮りたいと思ったんです。代償行為の意味合いもあったと思います」(森本)
17年もの間、街に出て、見ず知らずの人に声をかけて写真を撮らせてもらうことは容易なことではない。たとえば取材のような具体的な目的、写真の使い道が用意されている撮影なら相手も納得しやすい。一方、森本さんの場合は、撮影時点では、撮影以外に明確な目的はない。いずれ作品として発表することを考えているとしても、何のためにどのように使われるのかがわかりにくい写真を、全くの他人に快く撮影させてくれる人は少ないはずだ。実際に、1~3か月の間、1度も撮れないこともあったと言う。並外れた愚直さと執着心がなければ続かないだろう。
しかし、森本さん自身は意外なほど自然体でこれまでの撮影行為を捉えている。
「特別執着してきたという印象はないんです。食事や睡眠と近い感覚というか。撮り続けてきたなかで撮る理由も変わってきて、「それはなんだろう?」と探していたら17年経っていました」(森本)
◼️いまはもうそこにはいない人、戻れない景色
『Yoyogi Park, Shibuya-ku, Tokyo』は代々木公園の写真から始まり、女性のポートレートと風景写真が交互に並ぶように配置されている。「Yoyogi Park」をタイトルに入れたのは、写真集を作るうえで決定的な1カットを撮ったのが代々木公園だったからだ。
この作品集の一番大きな特徴は、ポートレートと風景写真を組み合わせていることだろう。これには理由がある。
「偶然出会った場所や出会うまでに通った道、その人が居た、あるいは、別れた後に見たかもしれない風景に惹かれたのだと思います。ポートレートと合わせたいと思ったのは、その人がもうそこにはいないことをより感じられるからかもしれません。時間が経つにつれて、過ぎてしまった過去は大切に思えてきます。風景とポートレートを組み合わせることで、その大切さを表せると思ったのかもしれません」(森本)
抒情的な光景と儚げな佇まいの女性たちが交互に連なっていく構成は、出会ってしまった偶然の一回性、景色は変わりもうそこにその人はいないことを訴えかける。森本さんの写真の切なさは、生きていればあたりまえに繰り返されながらも、日常ではなかなか気づくことができない出会いと別れの絶えざる往還を色濃く意識させてくれる点にあるのだと思う。
もう一つ、特徴的なのは、被写体との独特な距離感だ。
全くの他人と極めて親しい人を人間の関係性の両極として捉えた場合、森本さんと女性たちの距離は、他人としての一線は超えないながらもギリギリの所で親しい人寄りに感じられる。森本さんの眼差しとそれを受け止める彼女たちの寛大さの相互作用からこの距離感は生じているのだろう。恋愛関係を解消する一時の男女の微妙な距離感にも近いように感じられるのは、撮影のそもそものきっかけが恋人との別れだったことに一因があるのかもしれない。
写真は撮影時期に合わせてほぼ時系列的に並べられている。ページをめくっていくと、女性のポートレートが、膝上のものから腰上のものへ、バストアップから顔にフォーカスしたものへと少しずつ寄り気味に変化していることに気づく。
「その女性の内面、人柄から滲み出る表情の美しさを撮りたいように自分の気持ちが変化していったからだと思います。撮影を始めた頃はそこまで見えていなかったんだと思います」(森本)
◼️「知りたい」から「撮りたい」へ
森本さんが撮る女性たちは、一見、地味目で街のどこかに必ず居そうな女の子たちだ。際立った個性はその姿からは見えない。ただ、どの女性も独特の雰囲気をまとい、レンズを見つめている。不安げな眼差しを向ける人、意思的な目を向ける人。それぞれがさまざまな表情を見せる。何か切実なものを感じさせる。
常にカメラを持ち歩き撮影を続けていると、数えきれない女性とすれ違う。森本さんは何を基準に撮影対象を選ぶのだろう?
「『その人のことを知りたい』と思った人です。そう思う時に写真を撮ることができるのだと思います。何かの思いを内に秘めているような人や何かに取り組んでいるような人。自分が思う『美しい人』は、控えめで、表立ってはその人の個性のようなものが見えにくい人。そのために、出会っていても気づかずに通りすぎてしまうことが多いと思うのですが、そういう人の写真を撮らせてもらいたい。そういう人には自分で探しにいかないと出会えないのだと思います」(森本)
そういえば、以前、森本さんはあるインタビューで「控えめで見えにくいもののほうが写真には写る」と答えていた。
「会っている時は賑やかで印象が強いけれど、別れてしまうと心の中から煙のように消えてしまう人がいますよね。一方で、会っている時には特別な感じを受けないけれど、別れた後にいろいろなことが思い出されて忘れられない人がいる。そういう人を思い出すと、心が清らかに澄んでくる。そういう経験は誰にでも一度はあると思うんですね。そういう人はその人自身の特性が残っている純粋な人なのだと思います。そういう人の佇まいが写真には写るのだと思います」(森本)
撮影対象に演出はしない。「そのままで良い」と伝えてシャッターを押す。夜間であってもストロボなどの照明機材は使わずに、街灯や自販機など、そこにある光で撮る。それは彼女たちの「そのまま」を大切に写しとるための森本さんの配慮だ。
◼️写真はわからなくていい
側から見ると、17年越しのプロジェクトが『Yoyogi Park, Shibuya-ku, Tokyo』としてようやく結実したように思える。だが、森本さん自身にとって写真を撮ることは「プロジェクト」ではないと考えているようだ。
「特定の目的を達成するためや何かを成功させるためにやっているわけではないですからね。今後も日常の中で自分の身に起きた出来事から受ける反動で撮っていくのだと思います。でも、撮影のさいはあまり考えないようにしています。答えがわかってしまうとそれが間違った答えだった時に撮れなくなってしまうと思うから」(森本)
日々、生活し、写真を撮りながら次の何かを探していく。それが森本洋輔という写真家のスタイルだ。それは、『Yoyogi Park, Shibuya-ku, Tokyo』が始まった17年前から変わっていない。
ところで、森本さんの言う「間違った答え」とはどういうことだろうか?
「何かを伝えて相手に理解してもらう時、説明できないことを言葉で簡略化して伝えてしまい、後々間違っていたと思うことがあるんです。生きていくなかで蓄積していく膨大な何かを表す時に『これはこれです』と説明できるようなものではないと思うんですね。だから、わからないままでいいと思うんです。何を表しているのかわからなくなった時に、写真でしか表せないものになっているのかもしれません」(森本)
生きることは、一様にはわかりきれないあれこれに直面し続けることだ。言葉で伝えきれないことを無理やり意味に置き換える=言葉で理解して伝えることは生活していくために必要なことかもしれないが、意味の器からこぼれ落ちてしまうものにこそ誠実でいたい。わからないことをわからないままに表現できる写真のメディアとしての強みについて森本さんは意識的だ。そして、この姿勢は写真家としての誠意なのだとも思う。
これから先、森本さんはどんな写真を撮っていくのだろうか。
「『写真に写った人それぞれの物語を感じることができる』『それぞれの良さを活かして自分も生きていこうと思わせてくれる』『見ていると自然と前向きになれる』。写真集を見てくださった方からそんな感想を頂くことがあります。人生で上手くいかない時に現実逃避させてくれるものは世の中にあふれていますが、今いる場所で前向きに生きていこうと思わせてくれるものは少ないと思うんです。自分の写真はこれからも後者のようなものであってほしいと思っています」(森本)
![](https://assets.st-note.com/img/1713502381566-BE4UatXLKq.png)
1982年、香川県小豆島生まれ。日本写真芸術専門学校卒業後スタジオフォボス勤務を経て若木信吾に師事。2014年に第37回写真新世紀 優秀賞受賞(HIROMIX 選)。これまでの主な展示に第37回 キヤノン写真新世紀展(東京都写真美術館、2014年)、Lianzhou Foto 連州國際攝影年展 (中国・連州、2016年)、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 KG+2018 (京都、2018年)など。2023年、赤々舎より写真集『Yoyogi Park, Shibuya-ku, Tokyo』を刊行 した。
![](https://assets.st-note.com/img/1713502499032-zkDdfgsu3x.png)
仕様:ソフトカバー/195mm×305mm/154ページ
出版社:赤々舎 価格:3,850円
URL:http://www.akaaka.com/publishing/YosukeMorimoto.html