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写真に現れるゴースト 吉田志穂写真展「印刷と幽霊」

東京・八重洲のBUGで開催中の吉田志穂写真展「印刷と幽霊」に行ってきた。

吉田さんは、「写真界の芥川賞」と言われる木村伊兵衛写真賞を2022年に受賞した新進気鋭の写真家だ。それまでも、写真家の登竜門である1WALLでグランプリを獲得。現代美術家を対象としたsiseido art eggに入賞。その他国内外のアートフェスに招致されるなど、作家としてのキャリアを着実に積み重ねてきた。

吉田さんと言えば、インターネットの画像検索で収集したイメージと実際に撮影した写真を組み合わせて、デジタルとアナログを融合させた作風で知られている。例えば、代表作である「測量|山」では、インターネット検索で発見した画像や地理データを撮影し、それを元に現地を訪れ撮影した写真を組み合わせることで、実際にはない景色写真を生み出すというプロセスで作品を制作した。

今回発表した「印刷と幽霊」は、デジタルとアナログを融合させる従来のプロセスを踏襲しながら、印画紙ではなく、オフセット印刷で出力した作品で構成されている。

「印刷と幽霊」を語るさいにキーワードとなるのは、タイトルにもある「幽霊」(ゴースト)だ。作品を作るうえで3つのゴーストを作品に落とし込んでいるという。1つめはレンズのゴーストだ。強い太陽光がレンズに入ってくると、光の反射で薄ぼんやりとした膜のような光が写り込んだり、光の点のようなものが現れる。こういった現象はゴースト現象と呼ばれている。

2つめは印刷時のゴーストだ。通常のオフセット印刷の場合、油分を含んだインクと水を適切なバランスで使用することにより、濃淡のはっきりとした、いわゆる美しい印物物を仕上げることができる。それこそが印刷技師たち腕の見せ所なのだが、インクと水のバランスをあえて崩すことで、本来の印刷では失敗とされるインクの濃淡を生じさせている。

最後はGoogle Mapのゴーストである。Google Mapをつぶさに見ていると、実際の撮影時期によって、見る時にはすでに存在しない風景が写っていることがある。あたかも過去の亡霊のようなGoogle Map上の画像のありようを第三のゴーストとして捉えている。

どれもが一般的な写真制作の現場では悪しきものとして認識されることになるのだが、吉田さんはあえてこれらを組み合わせている。「ないようである、あるようでない」。写真と向き合う中で、吉田さんは、この感覚を経験してきたという。それを写真として表現するために、カメラという光学機器が持つ、一般的にはネガティブとされるゴースト現象や、印刷時の、本来は正しいとされるインクと水の調合をあえて崩すことで現れる制御不能な、いわばバグのようなものを生かすことで、立ち上がってくるイメージの輪郭を手探りで検証しているように思う。

展示会場では、A0サイズくらいだろうか?  大きく印刷されたモノクロと2色刷りの作品が壁面を覆うように配置され、床には、ブロック状に積み上げられた作品を設置するというシンプルな構成。モノクロ印刷の味わいや質感と呼応しているような、そのバランスが絶妙だった。壁面の作品だけでは、ともすると浮いてしまうような容態を、底面に設定された印刷物を重ねたブロックが繋ぎ止めることで、足場のしっかりした展示になっている。これまでもインスタレーション的な展示を繰り返し、評価されてきた吉田さんの真骨頂とも呼べる展示構成となっていた。

個々の展示作品を見て思ったのが、そのモノとしての強さだ。モノクロでハイコントラストな作品が中心で、あらかじめ計算しきれないような分厚い黒インクがその存在感を浮き立たせる。それに加えて、印刷物特有のザラっとしたモノ感と、それが醸し出す色っぽさが胸をざわつかせる。もしも、いわゆる写真のように、印画紙やインクジェットプリンターを使っての出力であれば、やや平易で薄っぺらな印象に終わったかもしれない(ゴーストを現出するためには印刷こそが必要となるのだが)。

もう1つが、モノクロと2色作品とのバランスの妙である。メインとなるモノクロ画像群のなかに黒+黄土色の2色のプリントが配置されていることで1つのリズムが生まれ、最後まで飽きずに眺められる。モノクロだけでの展示なら、過剰に重い印象を受けたかもしれない。ここでも吉田さんが作品を構成するうえでのバランスの良さが生かされていると思った。

カメラは呪物と言われたり、その黎明期には、撮影されることで魂を吸い取られると言われていたことは周知のことだと思うが、写真には魔術的な側面がある。モノクロを中心とした作品群はその特徴を増幅させる。さらに、1点の作品の中にコラージュされたイメージの断片の重なり合いや、あえて設定を狂わせた印刷機から出力された不可思議な容貌がその抽象度を高め、見る者の想像力を喚起させる。

もしこれらの作品群が、作家の手によってコントロール可能な手法によって作られたものであったら、ここまで強いものになっただろうか。名状しがたい作品としての魅力の根底にはやはり3つのゴーストの掛け合わせが作用していて、さらに高い次元のゴーストのようなものを作品へと現出させることができたのだろう。

「印刷と幽霊」では、容易に読み取ることを許さない写真というメディアの特性が十二分に生かされていることに加えて、印刷物特有の強い存在感を感じさせる。あえて写真のプリントではなく、印刷という出力方法を使うことで、その効果を増幅させているのではないか。

展覧会は12日1日まで。

吉田志穂写真展「印刷と幽霊」
https://bug.art/exhibition/yoshida-2024/
吉田志穂(よしだ・しほ)
1992年千葉県生まれ。東京都を拠点に活動。2014年東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。 主な展覧会に、「この窓から見えるものが変わったとしても」(写大ギャラリー、東京、2023)、「記憶は地に沁み、風を越え 日本の新進作家 vol.18」(東京都写真美術館、2021)、「あざみ野フォト・アニュアル とどまってみえるもの」(横浜市民ギャラリーあざみ野、神奈川、2021)、「TOKAS-Emerging 2020」(トーキョーアーツアンドスペース本郷、東京、2020)、など。第11回写真 「1_WALL」グランプリ受賞(2014)、第11回 shiseido art egg(2017)入選、Prix Pictet Japan Award 2017ファイナリスト。写真集『測量|山』(T&M Projects)などで第46回木村伊兵衛写真賞受賞(2020+2021年度)。












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