ちゃくらと○○○
ちゃくらと自分の話
をするためにずっと見るだけだったnoteに初めて自分の言葉を書いてみている。思えばこのnoteをはじめたのもちゃくらがきっかけだったっけ。
2023.8.10
ちゃくらのライブを初めて見た日
歌舞伎町MUSIC CHRONICLE
その時、すでに曲は聴いていたけどなんとなく好きくらいだったからサーキットイベントだし時間があれば見てみようかなというつもりだった。
結局、他のバンドを回ってその日最後に見たバンドがちゃくらだった。ライブは音源から想像できないほど、激しくて熱くて気づいたら拳を上げていた。こんなにかっこいいライブするんだ!って衝撃を受けてライブが終わってすぐに物販に並んでCDを買った。
そこからどんどん好きになって
下北沢武者修行&侵略大作戦だったり、
他にも何度かちゃくらのライブに行くようになった。
もともと大学があるのがとんでもないほど田舎だからライブは「ライブに行くぞ!」ってだいぶ前から心も体も準備して行くものだったし、インディーズのバンドはサブスクでは沢山聴いていてもライブに行くことは少なかった。でも、ちゃくらを好きになってからは「あ、予定空いてるからちゃくらのライブ行けるじゃん!」って東京や大阪に行くようになり、ちゃくらの音楽がすっかり生活の一部になっている。
それにもちろんライブに行けない日もちゃくらの音楽は毎日聴いているから、2023年のApple Musicで出てくるちゃくらの曲を聴いた時間の合計はおかしな数字になっているし、もう僕の生活にはちゃくらの鳴らす音楽がなくちゃだめだなあ。
ここからはちゃくらの初ワンマン最終日に参加するまでのここ最近のとても個人的な話というか感情というかそういうの。
三月、悲しいことがあった。
ここで詳しく説明するつもりはないんだけど、とても悲しかった。はずだった。
別に三月ってそういう季節だよなとか適当な言い訳で自分を頷かせてみたり、忙しくなれば気も紛れるかなとバイトのシフトをいつもより増やしてみるけど全然だめで、眠れないし、悲しいはずなのに泣けないし、そういう日がずっと続いて、あーあ自分の好きなことも頑張れないしな、何してるんだろって自暴自棄になっていた。
でも日にちは勝手にどんどん進んでいくし、そんなこんなでちゃくらのワンマンツアーの最終日はやってくるわけです。
三月三十日
渋谷O-Crest 全国侵略大作戦vol.1
初ワンマンツアーの最終日
とりあえず気合いを入れるため、ちゃくらを胸に刻めTシャツにちゃくらの戦闘色の赤の靴下を身につけて、バスと新幹線を乗り継いで会場に向かった。ちゃくらのライブに行くときは、いつからか赤いものを選んで身につけている気がする。
すごく元気なわけじゃないけど、ちょっと調子がいい日だったし、ずっと待ち望んだライブだったからライブ前とてもわくわくしていた。
ライブが始まればあっという間で、ちゃくらの音楽はどれもあったかくて熱くて大好きな音楽たちでやっぱりライブは最高だった。
その中でも、今の自分の心に一番響いた瞬間は続けて演奏された「今私生きているようだ」と「生きる価値ないし」だった。
MCも演奏も全部全部に、いっぱいいっぱいになっていた自分は訳わかんないくらい心を揺らされた。
聴いているうちに自分と重ねて涙が止まらなくなって、自分はちゃんと悲しかったんだって思ったし勝手に焦っていた自分をちゃんと見てあげられる気がした。大丈夫じゃない時は大丈夫じゃないって言っていいんだよって言われたみたいだった。
それから
ライブで聴ける最後の「19才」
それまで泣いていたのも振り切るくらい笑って、飛び跳ねて、歌って、ちょっと寂しい最後を噛み締めながらしっかり聴いた。十九歳だったちゃくらの四人が作ったこの曲はあんなにもたくさんの人に大切に愛されている。歪で不器用だったっていうけど、そんな頃のこと言葉にして歌にしてくれてよかった。
そして、二十歳になった四人の今の歌「まるで駄目な女子高生はバンドマンになった」がライブハウスに鳴り響いてライブが終わる。
地下室音楽が君の涙を飲んでくれる
何度か呟いてはいるけど、この歌詞が好きだ。
ちゃくらの音楽が寄り添ってくれて、ライブに行けばいつもよりちょっとだけ素直になれる気がするから。
ちゃくらがいて、普段どこで何をしてるかも知らないけれどちゃくらの音楽が大好きな人たちがいて、ちゃくらの音楽を通してそんなライブハウスで見る景色は凄く綺麗で生きていてよかったって思うのはたとえ一瞬だとしても本当だと思う。そういう一瞬をかき集めて生きてる。
初ワンマンツアー全日ソールドアウトおめでとう。
これからもどんどん進んで行くちゃくらの四人は、もっとずっと大きくなるだろうけど、ちゃくらの鳴らす音楽はいつだって隣で寄り添ってくれるんだろうな。
自分の思っていること、言葉にするのはやっぱり苦手でそれはこれからもずっと変わらないんだろうけど、
こんなに長々と書いてみて言いたかったことは、
タイトルの通りで
ちゃくらと○○○
○○○には例えば、
「僕の生活」が当てはまったりする。
それぞれひとりひとりの生活が
楽しいとき、苦しいとき、ふとした時に思いだして
どんなときだってちゃくらが、ちゃくらの音楽はそばにいてくれて居場所であってくれる。そう思う。
もちろん、曲の正しい解釈もあるし大事にしたいと思っているけれど自分に当てはまるところちょっとずつでも探して重ねて大切に抱えていきたい。
ほんとは手紙も書きたかったんだけどなかなか元気がでなくて間に合わなかった。また今度書こうと思う。
ライブレポみたいにきれいに整ってないしよく見たらおかしい文章もあるけど、自分の気持ちをちょっとだけ見つめ直せたからよかったと思う。
2022年の冬、「海月」でちゃくらに出会った自分ありがとう。全てのライブに行けるわけじゃないけれど、ずっと見て聴いていたい。なんとか生きていこう。
ちゃくらと、ちゃくらの音楽が好きなたくさんの人が
これからもどうか少しでも大丈夫でありますように。
ここまで読んでくれた人、長かったよね。
ちゃくらの話ならまだまだ書けそうです。
読んでくれてありがとう。
ちゃくらに出会えてよかった。
本当にありがとう。
ちゃくらの音楽が大好きだ。
これからもずっと、ずっと、
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