言葉で傷つけられたと感じた時は?(人間関係)Y
時々聞く言葉で、
「言葉は凶器にもなりうる」
って聞いたことない?
これって、自分の軸が整っている人にとっては、
全く凶器にならないんだよね。
どういうこと?
だよね。
私も以前は、人からの言葉で「傷ついた〜」と感じたこともあったし、逆に自分が人を「傷つけてないかな?」と思ったりしたこともあった。
でも、今は全く違うんだよね。
なぜか?
「傷つけられた」という意識は、一つの視点として、「被害者意識」とも取れる。あくまで、一つの視点としてね。
つまり、「傷つけられた」ということは、「相手が私を傷つけた」という意識が働いているということでもあり、それって「自分は弱い人間ですよ」という意識でもあるわけだ。(これが全てじゃなくてあくまで一つの視点ね。)
では、人から言葉で傷つけられたくないのなら、どうすればいいのか?
答えは、すごくシンプルだ。
相手の言葉を、「受け入れるのか」又は、「受け入れないか」を
「選択するのは自分」なのである。
もっとシンプルに例えてみよう。
小さい近所のハナタレ小僧に、「バーカ」「アーホ」と言われたとしても
その言葉では傷つかないだろう。
なぜなら、その言葉を「自分が受け入れていないから。」
しかし、例えば身近な大人に「あなたって見栄っ張りよね」
と言われたとしよう。
自分は全くそんなつもりがなかったとしても、そんな言い方をされたら
ちょっぴり傷ついてしまうかもしれない。
そんな時の心理状態とは、もしかすると
「そう見えるのかな〜」「そんなつもりないんだけどな〜」「そう見えるのなら、ちょっと気をつけようかな〜」
となっているかもしれない。
でもね、理由を書くと長くなるから、今は詳しく理由を書かないけれど
相手の言葉を「受け入れる」か「受け入れないか」を選択するのは自分だよ。
「あたなにはそう見えるかもしれないけれど、私はそんなつもりはないから、今度も変えるつもりはないわ」と自分を貫くもよし。
相手の言葉を受け入れて自分を変えてしまうのもよし。
どちらが良いとかどちらが悪いとかではなくて、
自分が何を選択するのか。
これだけです。
相手の言葉に振り回されるのではなくて、自分が選択したい方を自分が選択するだけです。
こういった視点を持つことで、自分に力が戻ってきたりもするよね。
自分の人生だよ。力を他人に渡すなんて、自分に対して失礼だ。
自分を、そして、自分の選択を信じてみよう!
今日はここまで。
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©️2020\1 hiro
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