世界の〇〇現る? ――長柄高校馬事文化研究部活動記録④
前回までの長柄高校馬事文化研究部活動記録は……などとリプレイダイジェストをお送りしている場合ではない。時空の歪み、あるいは更新の遅れが生じたせいで、僕たちはいまだ馬事文化研究部の部室にいる。
六月十九日と二十日の新馬戦回顧が終わるまではこの部室から一歩も外へ出られない、そんな世にも奇妙な状況に巻き込まれている……わけではないけれど。
「それじゃあまずは六月十九日の札幌5R芝1200m、牝馬限定戦だよ。ここは好スタートからハナを切ったポメランチェがゆうゆう逃げ切って新馬勝ちを決めました」
と、渡辺さんがレース結果を紹介してくれる。ここからは彼女が進行役を務めてくれるみたいだ。彼女もじつはひと癖もふた癖もあるキャラクターなんだけど、女子三人のなかでは比較的脇道に逸れにくそうな人材である。
「サクラバクシンオーの肌に、万能型の種牡馬キングカメハメハの配合。血統的にはやっぱり短距離向きに出たってところなのかしら」
と阿久津さん。血統の解説は彼女にお任せだ。
「小柄で揉まれ込んだときの心配はあるけど、軽快な動きだったし、スピードを生かせるレースができればおもしろいよね」
「じゃあ評価は☆3ってところだね」
僕の馬体診断も受けて、部長の室谷さんが評価を提案。満場一致で可決される。
よしよし、この調子でどんどん進めていけば、時空の歪みも解消できるはず。
余計な小ネタさえ挟まなければ、僕たちはできる子なのだ、きっと。
「続いて同じ六月十九日札幌6Rに行ってみようか。ここはダート1000m戦だね。横山武史騎手騎乗の一番人気アーリーレッグが二番手追走から抜け出して快勝。レース振りを見るともう少し距離があってもいいのかなって気もしたけど、そのへんはどうかな? ハヤタ君」
「そうだね。ダート馬にしては少し小柄だけど、パワーと柔らかみのある良い体質だし、1400mくらいまではすんなり対応できると思う。芝でもひょっとしたら走れるかも」
「母のピッチシフターは地方競馬で重賞好走もある馬だし、結構おもしろいかもしれないわね」
「今後の路線含めまだ未知数の部分は大きいとはいえ、一番人気でしっかり勝ち切った点も加味して評価は☆3だね」
「続いての六月十九日阪神5Rもダート戦だよ。1200mのこの一戦を勝ち上がったのは一番人気のフェブカズマ。スタートは少し出遅れたけど、気合をつけられると行きっぷり良く挽回。直線でも馬群のなかから力強く脚を伸ばして差し切りました」
「ベタっとした蹄で、不良馬場も合ってたのかもしれない。筋肉はダート向きだし、湿った馬場での活躍が期待できるんじゃないかな。距離はもう少し伸びても大丈夫そう」
「新種牡馬ドレフォンの産駒ね。今後もやっぱり、こういうダートの短距離~マイルで勝ち上がる産駒を多く輩出しそうな気がするわ」
「この先、二歳のダートの番組が限られる点が懸念材料ではあるけど、苦しい展開でも結果を出したことを評価して、☆4でいこう」
ああ、いい……すごくちゃんと部活をしている。でも、ここらでまた余計な小ネタが挟まってくるんでしょう? とお思いのあなた。安心してください。次のレースは僕たちのPOG指名馬も絡むので、まじめなトーンはもう少し続きます。
「六月十九日東京5R、芝1600mの混合戦。勝ったのは一番人気のアライバル。私たちがnetkeiba.comのPOG大会『POGダービー』で指名したマイシンフォニーは……4着でした。残念ながら新馬勝ちはならず……」
「最後まで脚を使っての4着だし、決して悲観する内容じゃないけどねえ。ハヤタはレース前から馬場の心配をしてたっけ?」
「うん……ベタっとした蹄で、やっぱり良馬場でこそって感じがしたから……。でも筋肉は繊細で素質は感じさせたし、馬場さえ合えば次は期待していいと思う」
「だね。上がり三ハロンはメンバー最速だったわけだし、評価は手前味噌と言われようが、☆5にしたい」
「まあ、そのへんは今後、この子自身が証明してくれると嬉しいよね。勝ったアライバルはどうかな? ハヤタ君」
「中距離向きでまだまだ成長してきそうな馬体に見えた。パワーもあってこういう湿った馬場も得意だったんだと思う」
「母のクルミナルは桜花賞2着、オークス3着と牝馬クラシック戦線の中心にいた一頭よ。ハービンジャーの産駒は少し晩成傾向もあるけど、牝系からはクラシックでの活躍も視野に入るわね」
「スローペースとはいえマイルで上がり33秒7の脚だし、軽くは扱えないか。マイシンフォニー以下にもできないから、評価は☆5で」
もちろん新馬戦の勝ち馬は評価すべきだと思う。ただ、負けちゃったなかにも素質を垣間見せる馬はいる。次もそういうレースだ。
「六月二十日札幌5R芝1200m戦。ここは勝ったグランアプロウソ以外にも二頭、意外に高評価したい馬がいるとか? ハヤタ君」
「うん。まずグランアプロウソだけど、筋肉質でいかにも短距離向きのスピードがありそう。力のいる芝とかダートでも良さそうだし、スプリンターとしてコンスタントに活躍しそう」
「父のガンランナーはブリーダーズCクラシックやペガサスSなどのGⅠを勝った一流馬で、アメリカで種牡馬入り。今年産駒がデビューを迎える新種牡馬ね。母フィドゥーシアは名牝スプリンターのビリーヴの娘で日本のレースを走ったけど、アメリカで繁殖生活を送っているから、このグランアプロウソは外国産馬ということになるわね」
「おお、フィドゥーシアもちょっと懐かしいなあ。で、ほかの二頭は?」
「まずは4着にきたチェンジザワールド。この馬、骨太でダートのマイルか中距離くらいがいいのかなと思って見てたんだけど、レースで結構頑張ってたから、条件が変わって良くならないかな」
「なるほど、決して得意ではない条件でそれなりに走れたってのは重要だね。馬券的にもこういう馬はマークしとかなきゃ」
「あと5着のジョーブリッランテも、短距離なら芝・ダート問わず走ってきそうだなって思った」
「全兄のジョーストリクトリも芝の重賞ニュージーランドTを勝って、南関東移籍後も現時点で1勝してるし、血統的にもたしかにおもしろいかもね」
「それじゃあ、グランアプロウソ、チェンジザワールド、ジョーブリッランテの三頭をそろって評価☆4でいこう」
と、室谷さんが締める。1着、4着、5着馬を同等評価にするのは結構思い切ったと思うけど、のちのち皆様のお役に立てれば幸いだ。
「あ、そういえばガンランナーでちょっと思ったんだけど」
と、続けて発言したのは室谷さんだ。え、ここで小ネタをはさむの?
「いや、結構まじめな話なんだけどさ、いま日本における海外競馬情報発信の第一人者といえば、合田直弘さんだよね?」
「まあ、そうね」
阿久津さんが応じると、室谷さんは少し身を乗り出した。
「たださ、逆に言えば、私たちの海外競馬情報って合田さんひとりに頼りきりってことでもあるじゃない。もちろんほかの記者さんやジャーナリストさんで海外競馬情報を発信してくれてる人もいるけど、グリーンチャンネルとかで海外中継の司会もできて、レース後のインタビュー同時通訳なんて芸当までできる人材となると、やっぱり合田さんくらいのもんじゃない? でもそうなると、不謹慎かもしれないけど、合田さんが一線を退いたあとはどうなるの? って思うわけだよ」
「なるほど……後釜というか、下の世代で同じ役割を担える人がいるか、って話ね」
「そうそう。海外の血統にも詳しい秋山響さんとか、英語が堪能な田中歩さんとか、現役トラックマンなら木村拓斗さんとかも海外競馬くわしいから、期待はしてるんだけどね」
伝統芸能の世界みたいな後継者問題かあ。日本馬の海外遠征も当たり前になり、馬券発売もおこなわれるようになっているし、海外競馬への注目は今後ますます高まっていくはず。だからこそメディア側もいまから人材育成を考えておいたほうがいいのかもしれない。海外の競馬となると情報収集も大変だろうしなあ。英語をはじめ語学が堪能で、豊富な競馬知識を持って、視聴者や読者にわかりやすく情報を伝えられる。そんな人材がいたらいいんだけどなあ。
「『世界の合田』を引き継ぐのはなかなか大変ってことだよ。『世界の』って冠をつけることを許されてるのは、いまのところ合田さんと北〇武、ナ〇アツ、山〇ゃんと、あとロォーーーーードカナロアだけだからね」
みな一流の面々だということはわかるんだけど、なんだろう、並べ方と言い方に微妙な他意を感じるのは僕だけだろうか。
「寄り道ついでじゃないけど、ここでちょっと六月十九日の東京1Rも見てみない? じつはこのレース、二歳の未勝利戦なんだよね」
と渡辺さん。そうか、先々週から二歳戦が始まったけど、もう未勝利戦も組まれているんだ。
「勝ったのは三番人気のコムストックロード。新馬戦からは1ハロンの距離短縮となったここで、中段からじわじわ伸びて差し切った」
「父のシルバーステートは今年の新種牡馬。クラシック候補と言われながらも故障で夢かなわなった大器よ。通のファンの期待も大きい種牡馬じゃないかしら」
「ここは1番人気だったサトノストロングを含め、出走9頭中6頭が前走『ビーオンザビーチ』組だったんだよね。ただ、私たち的にはコムストックロードが出走していた前走『クレイドル』組の一戦のほうをより高く評価してた。そこで4着に検討してわけだから、ここは順当勝ちと言えるでしょ」
「サトノストロングが今回案外だったのは、馬場もそうだけど、距離もあると思うな。この馬はもう少し距離があったほうがいいと思う」
ちなみに来週くらいには七月分の新馬戦出走馬全頭の評価一覧を公開したいと思っているので、こういうふうに今後の未勝利戦やオープン、1勝クラスのレースなどの予想にも役立ててもらえると僕たちとしても苦労が報われるというものだ。
「じゃあ新馬戦回顧に戻って、六月二十日東京5R芝1400m戦に行こうか。勝ったのはロードカナロア産駒のキミワクイーン。外枠からだったけど好スタートを決めて先行、きっちりと抜け出したよ」
「胴が詰まった体型でいかにもスプリンターって印象だね。飛節の伸びが良くて、しっかり地面を蹴り切れる体型だと思う」
「牝馬とはいえ1400mまでの馬になるとさすがにクラシックを見据えた評価は出しにくいけど……短いところでの活躍を見込んで☆3かな」
評価が決定したところで、次はいよいよ先週分最後の新馬戦だ。
「六月二十日阪神5R、芝1600m戦。七頭立ての少頭数の一戦となったけど、一、二着争いは結構接戦になったね。圧倒的一番人気を背負ったダノンスコーピオンが、逃げ込みをはかるルージュラテールをゴール前で差し切ったよ」
「ダノンスコーピオンは脚が長くて良い跳びをする馬だよね。胸の深さもあって繋も長めだから、距離はマイル中心も2000mくらいまで伸びても対応できると思う」
「少頭数で新馬戦特有のスローペースになったことでちょっと評価が難しいところではあるけど、二着のルージュラテール、四着のショウナンハクラク、五着のグランデまでは勝ち馬と並んで、思い切って評価☆4を与えてみよう」
「ちょっと待って。三着のコナブラックはどうするのよ? 新種牡馬キタサンブラック産駒で、この馬も結構注目されてたはずよ?」
阿久津さんの提議にしばし考え込んだあと、阿久津さんが口火を切る。
「瞬発力で後れを取った点は少し気になるよね。完成度は高いという福永騎手のコメントも、裏を返せばここからどこまで伸びてくれるのか、という話だし」
「でも体型的には中距離向きだと思うし、今回のマイル戦で負けたのは仕方がないんじゃないかな。どこかで巻き返してくる気はする」
「言っても三着なんだし、そこまで評価を下げる必要もないんじゃない? とりあえず☆3くらいで」
「まあ……妥当なところかしらね」
阿久津さんも納得してくれたようだ。
もちろん今後の走りしだいでは評価の変更はありうる。いちおう将来性も加味しての評価だから、あまりみだりにいじくるのもよくないとは思っているけども。
「そういえば、キタサンブラック産駒で思い出したんだけど、あの馬がさ……」
室谷さんがみなまで言い終えるより早く、阿久津さんと渡辺さんが目を輝かせた。ふたりともピンときたようだ。
「ウン、ね」
「岡田総帥の忘れ形見!」
室谷さんが大きくうなずく。やっぱりそうか。
ウンは、父キタサンブラック、母マリブウィンという血統の、道営競馬所属の二歳馬だ。2019年のセレクトセールで取引された馬で、手を挙げたのは岡田繫幸氏。そう「総帥」だ。岡田総帥が生前こだわっていた「地方競馬から中央クラシック制覇」の夢を背負った期待馬で、僕たちももちろん、POGダービーの指名に加えている。
「みんなも知ってのとおり、このウン、六月二十四日の門別競馬第6Rで晴れてデビューを飾った。というわけで、このレースも回顧しておかない?」
もちろん、異議なしだ。僕たちはさっそく、備品のノートPCで楽天競馬へアクセスし、当該レースの過去映像を視聴する。
「お、おお……っ、これはなかなか、豪快な勝ちっぷりじゃん」
室谷さんが感嘆の声を上げる。僕も共感しきりだ。
レースはダートの1700m。ウンを含めた三頭が後続を離して雁行状態で先行。あきらかなハイペースとなってほかの二頭が苦しくなって脱落する中、ウンだけはしぶとい粘り腰を見せ、結局後続の追撃も許さず逃げ切り勝ちを決めた。
「レース振りは粗削りだけど、それだけに伸びしろを感じさせる勝ちっぷりよね。総帥がよく言っていた『どのくらいの脚を使えるのか見るために、勝負所からどんどん追ってほしい』ってレースを実践できたともいえるわね」
「POG取材で牧場の方が『大きなフットワーク』って言ってらしたけど、そのとおりの走りだったね」
と、阿久津さんと渡辺さんも声をはずませる。
「パドックは見れなかったけど、ああいう大跳びの走りはやっぱり芝でこそって感じがする。POG本で写真を見ても、すっきりとした体型で芝適性を感じるし」
「この勝利で認定は取れたわけだし、近いうちにJRAの芝レースにも挑戦するでしょ。私たちとしては、『この馬、芝もいけるぞ!』と強調しておきたい。評価は☆5としておくけど、良い意味でどんどん裏切っていってほしいよね」
と、室谷さんの鼻息も荒い。もちろん僕らも同じ気持ちだ。
道のりは果てしなく険しいだろうけど、もしもウンが地方所属のままダービー制覇なんて偉業を達成したら、本当に胸が熱くなるんだろうなあ。
「ちっちっちっ、甘いな、ハヤタ」
と、不敵な笑みを浮かべた室谷さんが、キザな名探偵みたいに人差し指を揺らす。え、なに……?
「日本のじゃない――The Derby」
「またあんたは細かすぎて伝わらないモノマネを……」
阿久津さんが僕のかわりにツッコんでくれた。渡辺さんは顔を伏せてクスクス笑っているし……。絶対に小ネタを入れないと終われないの?
まあ、競馬の醍醐味を真に味わうためには、そのくらいの大言壮語、もとい夢やロマンも必要なのかもしれない。
というわけで、「世界の合田」ならぬ「世界のウン」の誕生を夢見つつ、僕たちはようやく時空の歪みから解放され、今回の部活はお開きとなるのであった。