怪物は進化する――長柄高校馬事文化研究部活動記録⑭

9/4 札幌11R 札幌2歳S(GⅢ)芝1800m 勝ち馬:ジオグリフ
修正評価☆8

ハヤタ「え!? 今回、脱線ないの!?」
璃子「その発言がもう脱線の気もするけど……だから脱線してる場合じゃないんだって! ジオグリフだよ、ジオグリフ! 今回はこいつで盛り上がらないわけにはいかないでしょ!」
恵麻「札幌2歳ステークス。ホント、強い勝ち方だったよねえ。モノが違ったっていうか」
姫「スタートこそ少しゆっくりだったけど、無理せず後方からの競馬を選択。3コーナー過ぎから軽く仕掛けられただけで楽々ポジションを押し上げていって、直線はノーステッキで後続を突き放す一方。たしかに一頭だけ別次元の競馬をしたと言っても過言ではないわよね」
ハヤタ「うん。今回もパドックから筋肉のすばらしさが際立ってて、やっぱりこのメンバーだと力が一枚上だなって思ったよ。言ってみればそうだな、搭載エンジンが違うって感じ」
璃子「GⅠクラスの馬であることは間違いないよね。問題は、私たちがこの馬をPOG指名してないってことだよ……。つまりPOG的にはライバルになるわけで、この馬に対抗できそうな馬っているの?」
姫「私たちの指名馬となると、コマンドライン、レッドベルアーム、イクイノックスあたりかしら……。なんとか頑張ってジオグリフの覇道を食い止めてほしいわね」
ハヤタ「あと、今回の一戦でいうと、対抗馬としてダークエクリプスにも少し期待してたんだけど……」
璃子「そうそう。この馬がスタート直前、ゲートをくぐって放馬しちゃったんだよね。ラチのほうへすっ飛んでいって、なんとそのままラチを背面跳び……」
姫「週中に急死した父ドゥラメンテの弔いも期待されてたのだけれど……両前脚に負った怪我じたいは致命傷ではなかったことは不幸中の幸いね。精神面への影響は心配だけど……」
恵麻「ジオグリフのゲートの出が悪かったのも、スタート直前のアクシデントの影響があったみたい」
璃子「その意味では今回は仕方ないと言えるかもしれないけど、出遅れが癖になるようだと問題だよね。少頭数で相手も軽かった今回はよかったけど、ホープフルSや皐月賞の多頭数で後方からの競馬になるとちょっとキツイよ」
ハヤタ「スタートがこの馬にとって今後の課題、ってことだね。それでも能力は現時点で今年の2歳馬のなかでもトップだと思う」
璃子「うん。私たちの評価としても上げざるをえないよね、これは。評価☆8か……。これはもう『怪物』級だ」
姫「怪物かあ。グラスワンダーを彷彿とさせる誉め言葉ね」
璃子「ちなみに評価☆9になるとさらに進化して『化物』になるよ」
ハヤタ「進化するんだ……。それじゃあ評価☆10は何になるの?」
璃子「そりゃ決まってるでしょ。『別の生き物』」
姫「それに当てはまる馬、フォ〇ヤーヴェ〇クとミ〇リノマ〇バオーしか思い当たらないんだけど……」
ハヤタ「評価を上げづらくなる脱線は勘弁して……」

9/4 札幌5R 芝1500m 勝ち馬:ドーブネ
評価☆5

璃子「それじゃあ続けて新馬戦の回顧に入るよ。まずは土曜札幌5R。ここでも別の生き物に進化……もといウ〇娘への転生が期待される一頭がデビューしたね」
姫「ドーブネね。今年の千葉サラブレッドセールで史上最高取引値となる5億円超で落札された馬よ。オーナーにとってはこれが嬉しい初勝利となったわけだし、当然期待も高いんじゃないかしら」
ハヤタ「実際、ディープインパクト産駒らしい良質な筋肉の持ち主で、素質を感じさせるよね。左手前のまま4コーナーを回ってきて、直線でも手前を替えずに走ってたし、まだまだ粗削りって感じだけど」
恵麻「それで楽勝ってことはそれだけ余裕があったってことじゃない? 騎乗した武騎手や武幸四郎調教師も素質を評価してるみたいだよ」
璃子「なにせこれだけのお値段の馬だからね。当然、重賞やクラシックを狙ってくるでしょう」
ハヤタ「うん。折り合いさえつけば距離は2000mくらいならこなせそうな体型だと思う」

9/4 小倉5R 芝1200m 勝ち馬:ダークペイジ
評価☆5

ハヤタ「均整の取れた好馬体だよね。仕上がりが良かったのもあるけど、とてもバランスが良さそうな感じ。こういう馬がいわゆる乗りやすいタイプなのかも」
恵麻「たしかに騎乗した浜中騎手もセンスの良さを評価してるみたい。レースもスっと二番手につけて直線では楽に逃げ馬をかわしたし、こういうタイプはクラスが上がっても対応してきそうだよね」
ハヤタ「うん。1400mくらいなら競馬場や馬場を問わず器用にこなしそうな印象があるよ」

9/4 新潟5R 芝2000m 勝ち馬:キャンデセント
評価☆5

姫「このレースはPOGで人気の血統の馬も出走してきてたわけだけど、どうだった? フォーグッドとか」
ハヤタ「フォーグッドはパドックでまだ動きがクタクタした感じだった。ディープインパクト産駒だとこういう感じでもレースで走るケースもあるけど、結果を見るとやっぱり仕上がりがひと息だったんじゃないかな」
璃子「レースではもう一頭のディープ産駒、一番人気のキャンデセントが鋭く突き抜けたね」
ハヤタ「パドックでは少し硬い感じも受けたけど、走りはしっかりとバネがきいていたよね。4コーナーあたりで騎手の手が動いていたところを見るとまだ反応しきれない面がありそうだから、そのあたりが今後の課題になってきそうだね」

9/5 小倉5R 芝1800m 勝ち馬:ドウデュース
評価☆6

恵麻「大外枠だったけど自然と好位につけて追走。脚が溜まった感じで直線に向いて、そのまま脚色が鈍ることなく二着馬をねじ伏せた。苦しいところのない、理想的なレースだったね」
璃子「少し楽しすぎだったから揉まれた時にどうなるか逆に心配になるけど、馬格もあるしそのあたりは大丈夫なのかな?」
ハヤタ「たしかに幅もあってパワーや体力を感じさせる馬体だよね。それでいて筋肉も良質だから、次走以降で厳しい展開への対応力も見せてくれれば、もっと評価を上げてもいい馬だと思う」
姫「オーナーのキーファーズも自身が母体となる新しい一口馬主クラブの設立を発表したことだし、この馬がクラシック戦線を賑わせることになったらいろいろと盛り上がりそうね」

9/5 新潟5R 芝2000m 勝ち馬:トーセンシュシュ
評価☆5

ハヤタ「パドックでは小気味よく首を振ってリズムを取る歩きで好印象だった。レースでも全身運動でよく動けていたよね」
璃子「気難しい面があるって話だけど、今回は折り合いもついてたように見えた。まあ二戦目以降テンションが上がりすぎてないかはチェックしたほうがいいかも」
ハヤタ「走り方からしても、マイルくらいでもスピード負けはしないんじゃないかな」

9/5 新潟6R 芝1400m 勝ち馬:カールスモーキー
評価☆3

恵麻「好スタートから無理せず好位のポジション。4コーナーの勝負所でも楽な感じで先頭に並びかけて、抜け出してからも止まらなかった」
ハヤタ「仕上がりもよかったし、51キロの恩恵もあったんじゃないかな。距離や流れもぴったりはまった感じだね」
姫「祖母が新潟2歳ステークス勝ちのシンメイフジ。血筋からも新潟競馬場を得意とする馬に成長していったらおもしろいわね」

9/5 札幌1R 未勝利 芝2000m 勝ち馬:ジャスティンスカイ

宮子「さてここからはこの馬事文化研究部顧問であるこの私、田村宮子も参加させてもらうわよ。先週の注目すべき未勝利戦といえば、ジャスティンスカイが勝ったこのレースで異論はないわよね?」
璃子「脱線がなかったからってそんなあからさまな自己紹介から入らなくても……。いや馬券も取って嬉しいのはわかるけど」
宮子「枠なりで流れにも乗れて、直線はノーステッキで楽に前をかわして完勝。馬券を買ってた身としては安心して見ていられたわ」
ハヤタ「デビュー戦の時から馬っぷりが目立ってましたけど、やっぱり馬体の良さが目を引きましたよね。均整の取れた中距離向きの体型で、2000m以上がぴったりです。先行力を生かす競馬を教え込んでいけば上のクラスでも間違いなく通用すると思います」
姫「イクイノックスとともに種牡馬キタサンブラックの名を上げる活躍が期待される一頭ね」

9/4 札幌2R 未勝利 ダート1700m 勝ち馬:コスモルーテウス

宮子「このレースも天塩君の見立てがバッチリ! 2着のコパノニコルソンがイチ押しで、勝ったコスモルーテウスとの一騎打ちと見てたのよね? 2頭で3着を9馬身離す決着で、まさに予想通り! もちろん馬券も取らせてもらったわ!」
ハヤタ「いや、恐縮です。ダート適性の高さでコパノニコルソンの方が勝つかなと思ってたんですけど、コスモルーテウスの動きが想像以上に良かったですね」
璃子「我々のPOG指名馬だね。これでデビューから3着、2着、そして1着と、非常に堅実に走ってくれているわけだけど……」
宮子「ん? せっかく指名馬が勝ったっていうのに、どうしてそんな浮かない顔してるわけ?」
璃子「いや、もちろん勝ってくれたのは嬉しいよ? ただ、この時期にダートで結果出しちゃうっていうのはPOG戦略的に微妙な面もあってさ……」
恵麻「ああ、以前も少し話題にのぼった、2歳戦でのダートの番組が少ないって問題?」
璃子「そう。オープンや1勝クラスのレースとなると数が限られるし、かといって地方交流戦だとJRA-VANのルールじゃポイントが入らないし。しかもダートのレース数が少ないぶん、どのレースも粒ぞろいになってレベルがかなり高くなる。シェアポイント狙いとしてはなかなか難しい状況なわけ」
姫「そうなるといちど芝に戻して……って路線も希望としてはあるけど、『紙のオーナー』にはレース選択の権限がないものね」
恵麻「まあそこはうまく事が運ぶように祈るしかないんじゃない? とりあえず今日のところは、頑張って走ってくれたコスモルーテウスに感謝ってことで」
璃子「それはもちろん! 今年はPOGも好調できてるし、この勢いでさらに上位を狙っていくよ!」
一同「おーっ!」

9/5 札幌10R すずらん賞 芝1200m 勝ち馬:ヴィアドロローサ

璃子「……と、掛け声もそろったところで次は札幌でおこなわれたオープン特別。ルメール騎手騎乗のヴィアドロローサが新馬戦からのデビュー2連勝を決めたね」
ハヤタ「4コーナー手前から少し押っ付ける感じだったけど、最後までしぶとく動けていた。筋肉もよくついてるし、体力のある馬だと思うよ。もちろん距離はもう1ハロン伸びても問題なさそう」
姫「となると、秋の京王杯2歳ステークスあたりに出てきてもおもしろそうね。父ロードカナロア、母父ディープインパクトの良血馬だし、覚えておきたい一頭だわ」

9/5 小倉11R 小倉2歳S 芝1200m 勝ち馬:ナムラクレア
修正評価☆5

璃子「さて最後は小倉2歳ステークス。10頭立てながら上位6頭までが単勝10倍を切る混戦模様だったわけだけど……勝ったのは4番人気のナムラクレア」
恵麻「初勝利を上げた前走のフェニックス賞から中2週で二連勝。初勝利がオープン特別で、続けざまに重賞勝利っていうのも偉業だよね」
姫「前走は不良馬場での勝利で、今回は小雨が降っていたとはいえ良馬場での勝利。二度にわたる輸送もあったのに、タフな馬よね」
璃子「逆に新馬戦を逃げ切ってきた人気のショウナンマッハやソリッドグロウは崩れちゃった。今回は勝ち馬との経験値の差が出たってところかな」
ハヤタ「そうだね。今回は差しが利く馬場状態だったみたいだし、そのあたりも明暗を分けたのかもしれない。もちろんナムラクレアの仕上がりもよかったし、距離もマイルくらいまでこなせそうだから、秋競馬でも楽しめると思うよ」
璃子「2着はスリーパーダ。400キロちょっとの小柄な牝馬ながら内をついて勝ち馬に迫ったのは立派だと思う。勝ち馬ともども、ミッキーアイル産駒はこのレースとの相性もいいってことか」
恵麻「あと、3着のアネゴハダについては、ダート戦だった前走時からハヤタ君が『芝向き』って評価してたんだよね」
ハヤタ「恐縮です。少しでも誰かの馬券検討の役に立てたなら嬉しいな」
宮子「もちろん相手には入れてたんだけどね……。馬券的にはなかなか当てづらいレースだったわ」

 というわけで今回は脱線もほぼなく、みっちりと競馬の話をして部活が終わった。やればできるもんだね。「脱線こそ本編だろ」なんて意見もちらほら聞こえてもくるけれど、そこはやっぱりほら、やるべきことはしっかりやっておかないと。夏休みが明け、夏競馬も終わって、来週からはいよいよGⅠレースを控えた秋の中央開催も始まるわけだしさ。
「あ、そうだ。夏休み明けといえば、あなたたち、来週のこと、ちゃんと準備してるんでしょうね?」
 と、心地よい満足感に包まれつつ帰り支度をしていた僕たちに、田村先生がそんなふうに声をかけてきた。
 来週? えと、なにかありましたっけ? もちろん開催の切り替わる開幕週ですから馬場状態とかチェックはするつもりですけど……。
「ちょっとちょっと。天塩君までなにを寝ぼけたことを言っているのよ。競馬じゃなくて、学校のことよ。進路面談。二学期の始めに各クラスで一人ずつ進路面談をおこなうって言われてたでしょう? 文理選択とか進学先、就職先の希望とか、あなたたち、ちゃんと考えてあるの?」
「……あーっ!?」
 馬事文化研究部部員一同の声がそろった。
 情けないことに、すっかり忘れていた。マズいなあ……。本格的な進路選択はまだ先のこととはいえ、文系志望か理系志望かすらまだ考えてませんなんてふざけた態度で臨んだら、さすがに先生に怒られてしまう。
 どうしたものかと思案に暮れていると、横で室谷さんも愕然と頭を抱えていた。
「ヤバイって……! 下手すると来週にはこの部活が廃部にされてるかもしれない……!」
 えっ、そこまでのっぴきならない状況なの!? たんなる、と言ったら語弊があるけど、進路面談だよね?
「と、とにかく! なんとしてでもこの難局を乗り切るんだ! いい? 絶対に全員で生きて帰ってくるんだからね……!」
 悲愴な表情でそう告げると、室谷さんは足早に部室を飛び出していった。まるで決死の覚悟で最強の敵に向かっていく戦士のように。
 ていうか、なにこれ? まさか今回の脱線、こんな感じで来週に続くの?

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