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大分+長崎+佐賀  蔵元アーカイブズ 2002〜05(13) 大分・亀の井酒造

2003.08.07 by 猛牛

■「どーして、玖珠に行くわけぇ?(-"-)」・・・と家人。

日田、三隈川の川っぺりに建ってる旅籠から、屋形船が浮かぶ夜景を眺めた次の日でやんす。さぁ~て、どこを回ろうかってんで、家人から聞かれやしてね。んで、ちょいと玖珠まで行ってみねぇか?って提案したんで。

ところが家人、「どーして、玖珠に行くわけぇ? 何があるの?(-"-)」とイヤんなんて顔しましてねぇ。そこであっしも「いやぁ~、切株山なんて、面白れぇ形の山があんだ。な!童話の里でもある。久留島先生なんて偉ぇ方が童話を作ってらしたんだ。イイところだぜぇ!」なんて言ってみたものの・・・。

ま、家人も不承不承ってところで、行くことになりやした。「大八で10分もあれば着く」なんてなだめすかしたんっすが。フツーの道を走ったもんで、20分くらい掛かっちまった。それで、また家人が(-"-)だぁ。あっしも、懲りない性格でやんして(^_^;)

■美しい田園が広がる、「亀の井酒造」のLandscape。

実は玖珠町は小田というところに、亀の井酒造さんという蔵元さんがいらっしゃいまして、あっしはそちらにお邪魔したかったんで。正調粕取『亀』のお蔵さんでやんすよ。

いまは日向國に移り住んじまったgoidaのじの話だと、もう造りはやってねぇ、蔵に残った分キリだってんで。こりゃ、とにかくイカネバの娘。

玖珠町ん入って、しばらく。途中、二十四時間営業よろず屋で道を聞いた。橋ぃ渡って「小田入口」って辻を右に入ればいいと云ふ。

切株山

辻ぃ曲がって行くと、西豊後の田園風景が広がっておりやす。イイところだなや。田圃の向こうに変わった形した山があるでがしょう? 山がスパッと辻斬りに遭ったみてぇに平たくなってる。これが有名な切株山でさあ。

右に万年山を望む

この切株山の奧にちょいと見えてんのが、万年山(はねやま)ってぇ、これも面白ぇ形。この近辺の里にとっちゃあ目印、ま、“らんどまーく”って奴でやんす。

田圃の緑が広がって、景色もこりゃ絶景なんだけども、暑い。暑すぎる。あっしゃぁ、喉渇いて、腰ぃからげた合成樹脂瓶の水をガブガブ飲んでおりやした。

いよいよ、蔵が見えてきやしたよ。ね。上に掲げさせてもらった一葉。ちょうど真ん中ぇ家が数軒ある、そこに蔵がありましてね。も、回りは稲穂ばっかりでして、良い意味で田舎にある蔵元さんでやんす。

蔵の前ぇまでやって参ぇりやした。ちょうど隣が八坂神社。なんだか祭りがあったようで、幟がたくさん立っておりやす。里の鎮守様ってぇんですかい? ぬぅあんだかほのぼのとした心持ちになりやすよねぇ。

お馴染みの「酒林」がぶら下がっております門を入ぇりやす。するってぇと、敷地の右脇に、切株山から湧いたんだか、チョロチョロと清水が流れておりやした。「まぁ、キレイ!」って、家人がすぐ覗き込んでる。

ちっちゃい沢蟹なんかが何匹か歩いておりやした。ところがその蟹、横じゃなくて、縦に歩いてる。どうしたんだ?って聞きますと、蟹曰く「へぇ、酔ってますぅσ(*^^*)」。さすがに蔵元さんちの蟹だ!って感心しやしたよ。

■まだ在庫があった『亀』、甲羅から顔を出す。

さすがにお邪魔したのが、日曜だ。誰もいらっしゃらねぇかと思ったが、「ごめんくだせぇ」と声を掛けてみやした。是が非でも『亀』を買って帰ぇらねぇと、あっしの男が立たねぇんだっ。

するってぇと、事務所からご主人とおぼしき旦那が顔を出されやした。さっそく「お控ぇなすって。手前ぇ生国と発しますところ、筑前です・・・」と仁義。お休みのところ申し訳ねぇが、『亀』を分けていただきたいとお願いしたんでやんす。

そのご主人、「もう数も少なくなりましたけど、まだ残っていますから、持って参りましょう」と云って、事務所の奧ぇ入っていかれた。

その間、事務所ん中の棚ぁ眺めておりやすと、焼酎も色んな銘柄が並んでる。ん?「亀」?あ、これ。goidaのじの便りにあったお江戸向けの『亀』だぁ。麦焼酎でやんす。その他にも、麦や米の焼酎がいろいろ。

一番下ん棚に並んでんのが、『童話の里』ってぇ麦焼酎。たぶん、亀の井さんの主力商品ってぽじしょんでやんしょうか。

玖珠町といやぁ、童話作家・久留島武彦先生がお生まれになったところ。「久留島武彦文化賞」が制定されたってぇくれぇのお方。

焼酎『童話の里』

郷土の偉人を顕彰しようってぇ、気持ちがこもってるんでやんしょう。のどかな里の、のどかな焼酎ってぇ感じ。

さて、旦那が戻ってらっしゃった、『亀』ぇ片手ぇぶら下げて。お時間割いて申しわけねぇがと、ちょいと話を伺って参ぇりやした。

まず、旦那は先代社長で、今はってぇと息子さんに暖簾を譲ったとのこと。それでかどうか、ぬぅあんとも柔和な、やさしい眼差しをされていたんでやんす。

■先代ご主人に伺う、正調粕取『亀』の現況。

猛牛「『亀』はもう残り少ねぇと聞いておりやすが?」
先代「はい。もう10年前に仕込んだ分だけですね、残っているのは」
猛牛「正調粕取についちゃぁ、あんまり地元でも飲まれなくなったってぇのは、その10年前くれぇからでやんすか?」
先代「いえ。もう少し以前からですよ。ちょうどイオン交換の麦焼酎が人気になり始めてからですか」
猛牛「筑前や肥前でも、他の蔵元の親分衆から、おんなし話を伺っておりやす」

猛牛「今は、どういう客人が買って行きなさるんでやんすか?」
先代「地元のお年寄りの方です。昔から馴染んだ味がいいとおっしゃられるんですよ」

豊後の正調粕取事情も、よそと同様でやんすね。あっしゃぁ、ちょいと哀しくなりやしたよ。確かに人も酒も、移り変わるご時世に飲まれるもんかも知れねぇ。しかし・・・。

猛牛「『亀』ってぇ名前でやんすが。どこから?」
先代「元もと、ここも天領だったんです。切株山の向こうに万年山があるでしょう? その麓だから、昔は“万年村”とこの辺りは呼ばれていたんですね。それで・・・」
猛牛「“鶴は千年、亀は万年”と?」
先代「そうです。亀は万年で、『亀』という名前になったそうです」

亀の井酒造さんの創業と云やぁ、江戸時代は享保年間のことだそうで。蔵ん名前そのものが、“亀は万年”の古諺から頂戴したそうでやんす。

猛牛「地元以外じゃぁ、『亀』はどちら辺りで、飲まれてるんでやんすか?」
先代「福岡県の飯塚ですか。そちらのある店にPBとして別の名前で出荷してますね。でも、もう蔵の在庫分が無くなったら、それで最後ですが」

猛牛「『亀』についちゃぁ、また仕込みをなさるってぇ、お腹づもりは?」
先代「いやぁ・・・(^_^;)。考えておりませんねぇ」
猛牛「なるほど・・・」

先代社長は、苦笑いを浮かべられておられやした。あっしも、したり顔してエラソなことは言えねぇ。蔵元さんにもそれぞれのご事情ってのがお有りなのは、少しは承知しておりやす。とは云っても、

「もしもし『亀』よ、『亀』さんよ」

あっしの勝手な思い入れでござんすがねぇ。

浮世は昔以上に激しい競争!競争!の渦ん中だぁ。ちょっとでも時流に乗り遅れねぇよう、皆歯ぁ食いしばってる。でもねぇ、そんなご時世だからこそ、みんながみんな、ウサギみてぇに飛び跳ねてるばかりじゃぁ、面白くねぇ。

たとえ歩みは鈍くても、『亀』にはまだまだ道を歩んでもらいてぇと心底願っておりやす。

「おとっつあん。あっしの瞼の裏にゃ、『亀』の、『亀』の姿がしっかりと・・・」


(了)


■2022年追記:この時も井上酒造さんと同様にアポなし突撃なので当然蔵の見学は無し。でも、『亀』の在庫がまだあって良かった。

先代当主から、『亀』の現況をお伺いできたのは幸運でした。どこでも事情は同じ、特に大分は2大麦銘柄の根拠地なので、粕取焼酎→甲類?→100%麦へと移り変わって、時とともにクセのある正調粕取焼酎はどんどんユーザーが減少したでしょう。

もちろん現在の亀の井酒造さんのカタログに『亀』の姿は見当たりません。永遠の冬眠に入ってしまいました。

そうして、ひとつの民俗が消えてしまったのです。


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