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宮崎蔵元アーカイブズ 2002〜07(1) 岩倉酒造場
■はじめに
2002年7月、12月、2003年7月、2007年7月の計4回に渡って行った宮崎県の焼酎蔵を訪ねた際の記録。
地元の泰斗・石原けんじ大佐先生を案内役に、名作『山里の酒』著者の前山光則先生と共著者の江口司先生、球磨出身で東京在住だったSASANABA氏(今は無き球磨焼酎サイト『焼酎盆地』管理者)といった皆さんと一緒に見学出来たのは良か想い出です。2007年7月の都城市・柳田酒造訪問は、宮崎の友人のgoida氏とご一緒しました。
20年前の天孫降臨焼酎蔵の姿ですが、現在はどんな風になられているのでしょうか。改めてお邪魔してみたいところです。
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2002.07.08 by 猛牛
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■♪『月の中』へ 行ってみたいと 思いませんかあ うふっふ
と井上陽水が昔歌っていたような、いないような・・・。そんな風に思えるのも焼酎漬けになっているせいか?
今回の宮崎珍道中、お邪魔する蔵についてわては、けんじさんに下駄を預けた。彼が一番の事情通だからである。そこでまず最初にお伺いする蔵としてアポを取っていただいたのが、あの『月の中』で全国的に著名な岩倉酒造場さんだ。宮崎焼酎を代表する蔵元のひとつである。
3人が乗った車は、宮崎市内から北へと向かう。小一時間ばかりかかって、ある田園地帯へとたどり着いた。田畑が広がる見渡しのいい平野部、その一角に蔵はあった。
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■まず、奥様の酒器コレクションに一同瞠目!
事務所に伺う。ご主人の岩倉幸雄氏は不在とのことで、奥様の悦子さんとご長男の由夫氏にご挨拶する。まず、玄関から入ってすぐ左にある酒器や製品容器を陳列した棚に目が行く。聞けば奥様が収集した酒器とか。ご趣味だそうである。
奥様「私、集めるのが好きでしてね。珍しいものもあるんですよ。例えばこれ・・・」
とてもシャキシャキとテンポが良い。奥様の語り口を聞くと、しっかり者の「蔵の女将さん」というイメージが湧く。
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奥様「中でもこれなんかとても珍しいものなんですよ」
と取り出されたのが「ドーナツかん」という酒器。一見普通だが、よくみると真ん中に穴が開いている。裏返すと、中空である。奥様曰く、温める時に満遍なく熱が行くように、との配慮らしいのだ。SASANABAさんも「面白いですねぇ、これは」と写真撮影を行っていた。
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横を見ると、『月の中』銘入りの千代香+ぐい飲みセットがあった。ええなぁ~、欲しいわんと思いながら、さらに横の壁を見ると前垂れが・・・。
奥様「この前垂れは、ずっと昔の物なんですね。帯の部分が擦り切れてるでしょ?あれは昔の一升瓶は木箱に入っていたじゃないですか。それで帯のあの部分にちょうど箱が当たっていたらしいんです」
今では20度の一升瓶にしか見られなくなった『月の中』の古いロゴが、ど真ん中に燦然と輝いている(焼酎グッズフェチのわてにはそう見える)素晴らしい前垂れであった。
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蔵の歴史を感じさせる前垂れだったが、その端々を擦り切れさせた時代の風雪について、
奥様「一時は廃業しようかと、そこまで追い込まれたんですが、ちょうど本格焼酎が注目を集め始めた時期にさしかかって。お陰様で、ファンの方が増えて今を迎えることが出来ましたね。いろいろと悩みはしたんですが、とにかく自分たちの造りに自信をもってやっていこうと決心しました。だから量も増やさず、地道にこれからもやっていこうと思っています」
SASA「あの・・・地元では、あの・・・どれくらい飲まれているんですか?」奥様「地元では少ないんですよ。県外の方が車でいらしたりとか・・・」
由夫氏「地元の方が買いに来てくれたのは、見たことないなぁ」
奥様「値段からすると、大手の蔵元さんには敵わないんですよね・・・」
猛牛「ところで『月の中』や他のにしても、ラベル・デザインがほんに良かですなぁ~」
奥様「知り合いの人にお願いしたんです。とにかく自由にラベルを造って欲しいって。で、出来上がったのがこれですね。専門業者の方が驚いていたですよ。こんなのをよく造ったなぁって。プロからするとそうなんでしょうが、私は自由に造りたかったもんで」
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SASA「あの・・・『月の中』の・・・名前の由来というのは?」
奥様「もともとこの辺りを“月中”と言っていたんですね。・・・そうそう、事務所の前の電信柱に“月中”って書いた札が貼ってないですかね?」
猛牛「なるほど・・・」
SASA「この甕なんですが、どちらのですか?」
奥様「多治見美濃焼ですね。多治見ではこういう陶器を集中して焼いているんですよ。他の蔵元さんでも多治見焼が多いと思います。」
SASA「牛さん、大和一の徳利と一緒だ」
猛牛「そうやったですなぁ~!」
奥様「こういう甕は、口のところが問題なんですよ。昔“新幹線”型のボトルを造ったことがあるんですけど、電車ですからボトルの口が横に付くわけですね。それで漏れてしまって。ですから、うちの場合は栓があたる部分の面積を広くしてるんです」
SASA「よくわかります」
■いざ! Inside of “Inside of The Moon”へ。
さて、普段フリのお客には見せないという蔵の内部であるが、以前から訪問していたけんじさんとその仲間ということで拝見させていただいた。学究のSASANABAさん、じっくりと鋭い視線で内部を見つめている。わての頭と言えば、試飲の二文字で発酵中だった(自爆)
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仕込みもすでに終わっているため閑散としていたが、それでも雰囲気だけはしっかりとつかめる。ここからあの『月の中』が生まれるんだな・・・と感慨も深くなろうというものだ。
どでかいステンレスやホーロータンクが居並ぶ中を、凸凹凸トリオは闊歩していった。
見ていて思ったが、タンクであろうと甕であろうと、出来上がった焼酎が旨くてそれがその人の口に合えば、それはそれで良いのではないだろうか・・・とね。
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さて、ここで試飲である。仕込み水と焼酎のふたつ。話は前後するが、
奥様「ここの水を下さいと言われる焼酎ファンの方がいらっしゃるんですね。蔵の水で割って飲まないとホンモノじゃないと。でも生水でしょ?送る間に劣化しますから、衛生上の問題があるのでお断りしてるんです。蔵の水にこだわることは無いと思うんですよ。身近にあって、しかも焼酎の味を損なわない水なら、それでいいと思います」
SASA「そうですね」
奥様「衛生といえば、水道水って衛生的なんですよ」
凸凹凸「そうそうそう!」
猛牛「SASANABAさんは、実際に実験されたとですたい」
SASA「やりましたよ。味はともかくとして水道水は雑菌が発生しにくい」
奥様「水道水もそうですけど、ミネラルウォーターは味が無いですよね」
先ほど事務所でそういう話をしたばかりだったので、まず仕込み水を飲ませていただくことにした。柄杓に注いだのを回し飲みする。
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口に含むと、まろやかでトロンとした味。これには一同唸った。 次ぎに、いよいよ貯蔵酒の試飲である。この瞬間がほんにタマランったいねぇ~。
飲ませていただいたのは、濾過の工程を全て済ませていない段階の『月の中』。実は昨冬にこの濾過が少ない商品が『冬季限定・月の中』というラベルで店頭に出回ったのだ。これをある酒販店さんで試飲した時、あんまり旨かったのでびっくらこいた事がある。
柄杓からグィ!っと一口。・・・ふぁ~、やっぱ旨いよ、これ! コクの深さっていうか、なんちゅーか。わてはこの冬期限定版となった濾過の少ないタイプが一番好き。しかし、もう同限定版は今後出荷されないと聞いた。残念!
その他計3種を頂戴して、凸凹凸の三人、喜色赤面の体で事務所へと戻った。
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■さらに試飲の連弾!自家用梅酒も最高の味わい!
さて、事務所に戻って商品の購入である。
『月の中』『妻』などをいただく。SASANABAさんやけんじさんは『妻』を購入。わては、原点である『月の中』20度を所望した。旅行者の身、伝統的ラベルの一升瓶が欲しいところだったが、いかんせん重い。そこで五合瓶をお願いした。
奥様「20度は味が薄いと思うんです。焼酎の味がはっきりしないというか。うちは味がくっきりとしている25度に力をいれているんですよ」
たしかにそうであろう。しかし、奥様には申し訳なかったのだが、やはり20度にこだわるわてである。その心情の奥底には、あまり他県や大都市圏では出回っていない地元志向の20度に対する思い入れがあった。あの一升瓶のラベルがまた好きなのよねぇ。大きな満月に松の絵柄、美しいと思ふ。
「ラベルも珍しいし、もしかしたら弥麩オークションで高値が付くかも・・・うふ(*^^*)」などという健全焼酎ファンにあるまじき劣情など、そのカケラも無いことをここでお断りしておきたい(自爆)。
というわけで、最後に自家用の梅酒を振る舞っていただいた。
奥様「味が違うでしょ? ホワイトリカーだとこういう味が出ないんです」
旨い。たしかに旨い! 6月にけんじさんと回った筑前でもそうだったが、本格焼酎で漬けた梅酒は味わい、コク、深みが全然違うのだ。わてはあまりの美味しさに、思わずコップの中を舌で舐めてしまった(いぢ汚いねぇ~、ほんとに)。
まぁ、それだけよか味やったということですにゃ~。
というわけで、岩倉酒造場を後にして、宮崎市内へ戻ることにした。SASANABAさんはご用事で鹿児島に向かうため、宮崎空港近くでレンタカーを借りて南下されるとのことである。昼からは、けんじさんと運転役のけんじさんのご後輩、そしてわてだけの“行軍”だ。
車は周囲に拡がる西都市の田園風景を書き割りに、グングンとスピードを増していった。
(了)