米を喰え!<パックご飯をトレジャーハントする> (4)神明 北アルプス天然水仕立て ふんわりごはん
1.神明『北アルプス天然水仕立て ふんわりごはん』のスペック
資本金、実に5億円。国内最大手の総合米穀卸企業である「株式会社神明」のボトムラインを成すと覚しいバンドル商材。製造は同社のグループ企業「株式会社ウーケ」の富山入善工場が担っており、本品は本体企業のブランドとなっている。
すでに記したように、「株式会社ウーケ」はパックごはん業界の製造元では、サトウ食品およびテーブルマークと合わせて3強を構成する存在。全国各地の企業や団体、量販チェーンのOEM商材にもたずさわっている。
さて本品、価格は3パックバンドルで199円、なんと1個あたり63円!と超廉価だ。今回集めた32アイテム中、1個単価が最も安い。
前回喰ったサトウのごはん『魚沼産こしひかり』が@166円だったので、本品とは103円も価格差がある。代表的ブランド米である魚沼産こしと、本品の原料と想定されるブレンド米のヒエラルキーの差をひしひしと感じる。
2.パックごはん購入者を観察する。
いままで一瞥を投げたことも無かった量販店のパックごはん売場。ここ一週間しみじみと眺めることになったが、目が行くのは”どんな人が買っていくのか”だ。
パックごはんを勧めてくれた私の友人のように、大手企業の社員、単身赴任で一人暮らしで炊飯の煩わしさからパックごはんを購入する人も多いだろう。私は炊事を自分でもやるので、米の研ぎから始まる炊飯器利用の煩雑さはよく解る。仕事から帰ったら”玄関開けたら2分でごはん”は実感である。
なかなか他の客が棚から商品をピックアップするシーンに遭遇しないが、偶然出逢ったのは、70歳代と覚しいやや疲れた感が漂う高齢者男性に、20歳代後半の若い男性。まだまだ観察は続けねばならないが、最も想定されるターゲットと言えよう。
さて、この最安パックごはんは、どんな人が買っていくのだろうか。
3.米粒表面はマットな仕上げ。家内が食べていたサトウ食品『銀シャリ』と比較
ちょうど2回目の利き米が昼飯時。サトウ食品の『銀シャリ』というブレンド米商品を食べていたカミサンにも摘まんでもらった。
本品の蓋を毟り取ってみると、ごはん粒の表面がマットな感じで、おこわや赤飯のような外観である。蒸気炊飯米の特徴と言って良いのか、価格からみて原料米の質も絡まっているのか、どうか。
シャリ切りをして、ごはんを混ぜ返してみる。
やはり、光沢は弱い感じがする。家内も自分が食べていた『銀シャリ』と見比べて、そのテカリの違いに驚く。ちなみに『銀シャリ』はサトウ食品アイテムの中では比較的廉価で@99.8円の商品、原料は国産銘柄米のブレンド物でガス直火厚釜炊きである。
明らかにテカリ加減は『銀シャリ』の方が強い。ごはん粒の輪郭は蒸気炊飯の本品の方がラインがしっかりとしているようだ。
もちろん、こういう観点は喰った味わい、官能評価とは違って、蒸すか炊くかの違いを見極めたいという動機でチェックしている。
4.米の匂いとは一体なにか?
ということで、カミサンと喰ってみた。
mogumoguし始めた当初、僅かながら含み香(ふくみか)を感じた。あくまで個人的な感覚ではあるが、自分としては少々この香気、何の香気?、気になる香気である。
以下、少々長いが、米の匂いについての学術論文をご紹介したい。
◇ ◇ ◇
米の香りというか匂いについて調べていたら、『日本醸造協會雑誌』(第62巻第8号、1967)掲載の『米の匂い』と、『日本調理科学会誌 1 (3)』(1968)掲載の『米の風味』いう学術論文が見つかった。どちらも、著者は武田薬品工業(株)食品研究所で取締役食品事業部長を務められた安松克治氏である。
安松氏は、いまから55年前における米飯の評価軸を「味、匂いなどの科学的な特性が重視されず、硬さや粘りなどの物理的な特性から風味が論じられている」として、米飯の匂いの研究がほとんど手つかずであったと指摘。米飯の匂いの成分が極めて微量であり、パンやビフテキ、果物のような強い特徴のある香りを持つ他の食品との差がその原因ではないかと言う。
「匂い成分は極めて微量で特有の匂いを発現する」が、米飯の匂いの成分の元となるものが何かというと、
1)硫黄化合物:米飯の湯気とともに立ち上る「ムツとした暖かい匂い」が硫黄化合物の特徴であり、米飯の場合は硫黄化合物が重要な役割を持っているとする。分析では硫化水素の存在が指摘されている。
2)カルボニル化合物:食品の匂いでは硫黄化合物とともにカルボニル化合物は重要とされる。主にアセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、アセトンなど。二日酔いでお馴染みのアセトアルデヒドだが、別の側面もあって、食品のフルーティさを醸す香気成分としても利用されている。
3)その他の成分:分析によると、炭酸ガスとアンモニアが検出された。安松氏は「米飯の匂いは1ケの化合物によって代表されるものではなく、硫黄化合物、カルボニルの化合物、アンモニア、炭酸ガスのうち前3者が必須成分として必要なものであろう」と記す。
次に「古米臭」とされる、古い米を炊飯した際の特有の匂いの原因について記述している。
安松氏が行った実験では、精白米を低温(3℃)と高温(40℃)でそれぞれ2ヶ月間保存して匂い成分の検索を行ったところ、低温貯蔵では新米の味と匂いがそのまま保持されるが、高温貯蔵では明らかに古米臭が発生したという。その原因として、全体的にカルボニル化合物が増加していることが解ったのだ。
それらカルボニル化合物はどこから由来するかというと、脂肪酸(リノール酸、オレイン酸など)の自己酸化(autoxidation)と遊離が原因とされる。古米の嫌な匂いはカルボニル化合物の中でもペンタナール、ヘキサナールと脂肪酸臭によるらしい。まあ、だから米は低温貯蔵しろ、ということ。
また大吟醸酒が米の外皮に多く含まれる脂肪酸を減らすために精米歩合30%などと磨きを掛けるのも、脂肪酸による雑味成分(旨味成分でもあるが)を減らすためだ。
◇ ◇ ◇
ということで、『北アルプス天然水仕立て ふんわりごはん』をmogumoguした時に覚えた含み香の由来が何なのかはわからないが、微妙な香気を感じたのは確かである。
5.で、味なわけだが・・・。
やはり@63円という破格のプライス、困窮する衆生救済の慈悲心を深く感じつつも、相対評価において味的には価格相応という感は否めない。蒸気炊飯のゆえか、はたまた原料米の質から来るのか、若干ながらパサつきを感じたのは事実である。
家内に感想を訊くと、『銀シャリ』の方が潤いを感じて美味しいと思った、という。私も同感だった。
潤いというなら、通常の炊飯で発生するごはんのツヤと粘りの元とされるネバネバ「保水膜」の強弱が関わっているのだろうか。保水膜は米の旨味の集まる部分から生成されるというが。
もちろん、本品単体で見れば当然ながら食卓に供すには十分なレベルにあるわけで、最安値でよくぞここまでリフトアップできたという見方も可能なのだ。国内最大の米穀卸会社の企業力があってこその、QualityとPricingがせめぎ合った末の到達点と言っていいのかもしれない。
潤沢な資産など持ち合わせぬ庶民細民の私にとって、実に有り難い商品だと思う。
ま、お袋が生きていたら、「飯に文句を言うな!有り難く喰え」と一喝されただろうな。子供の頃、そう怒られたこともあったっけ。
(了)