見出し画像

女の恋は上書き保存、男の恋は名前を付けて保存  27

 今こうして娘と向かい合って食事をしていて、ほんの数時間前の出来事なのにすごく昔のような感じがした。
この家では食事中はTVをつけないので、少ないとはいえ、絶えず会話が飛び交う
「前に行った時も、確か富士山までみえたけど、今日も天気よかったし、きれいにみえたんじゃない?」
 確かに富士山は見えていたかもしれない。あの桟橋からも、逗子海岸からも。ほんの数時間前ことなのに、理佐には見た記憶がない、天気も良かったし、たぶん見えていただろう、けれども、理佐の記憶にあるのはあの「青色」と優弥だけだ。
理佐は、適当に返事を返すと、おしゃべりに夢中でみてなかったわと答えた。
由香は相変わらず大学の話や自分の興味のある話をしてくる、母親だとある種遠慮がないのか、時には辛辣なことも汚い言葉も平気で放つのだが、理佐はこの下の娘がどことなくかわいく思うことがしばしばだ、小さい時から父親似の優等生であった姉よりも、頼りなさげで、あぶなかっしいところのあるこの末娘は、若いころの自分を見ているようで、時にいろいろなことを相談したりしている、特に姉が家を出ていき、親子三人となったものの、仕事でほとんど家にいない父親なので、実質は理佐と由香母娘二人暮らしのようなものだ。
「ははっ、彼氏ができたら、ママにはちゃんというよ・・・・・・」といつも冗談半分にいう娘に、由香に彼氏ができたかどうかくらい、言ってくれなくてもちゃんとわかるからと答えると
「そうだよね、ママにはなんか全部見抜かれていそうな気がするんだよな・・・・」と上目遣いにこたえる娘に、理佐はたくさん恋するのよと、励ましのような、アドバスを無言のうちにいつも送っている。
「おねえちゃんとは、違うから」由香は口癖のように使うこの言葉に、頼もしいような、物足りないような、どこか不安な気持ちにかられながら、小さいときから、勉強でもスポーツでも姉には勝てなかったこの子が、なぜかしら、身長だけは伸びた、いつの間にか姉を追い越し、父親と肩を並べるくらいだ、高校生の時は、ママと同じくらいの身長になりたいといっていたのに、いつの間にか理佐も追い抜かれていた。図体だけはでかくなったなと父親に言われるたびに、
「こう見えても私、街でよくモデルになりませんかっつてスカウトされるんだからね」と反論する、理佐はそんなのについていっちゃだめよと注意しながら、ついつい姉と比較してしまう、理佐には、彼女の方が魅力的だし、美人だと思えた、本人が自覚しているか、どうかは別として。
「私が勝てるのは、この身長だけだわ」と自虐的いうその横顔は十分にきれいだと理佐は思う。
もうすぐすると、「今日はデートだから、食事はいらない」なんて言いてくる日が来るのか、ひょっとすると、由香の事だから、なにも言わないでしれない。とおもうと、すこしさみしいような楽しみなような複雑な気持ちがする。

「そうそう、ほらこの前教えた、ミチオ タケヤって、覚えてる?」デザートのアイスを取りにキッチンへ戻る際に由香がそう問いかけた、一瞬頭の中で整理がつかなかったが、冷蔵庫を開けた際に、思い出した。冷蔵庫からものを取り出すときに、知ってるわよ、とキッチンから由香へ返事をする。
「・・・この前ほらママにはなしたでしょ、結構有名なアーチストなんだけど、こんどロンドンへ活動拠点を移すんだって・・・・・、この秋かららしいよ」
ダイニングへ戻りながら、理佐はあの絵の作者だということをしっかりと思い出した、そうだ確か絵画だけでなく、映像やそのほかの分野でも有名なアーチストらしいことは前にこの子から聞いた気がする。
「・・・・日本じゃやっぱり、いろんなことが窮屈に感じるじゃなかなぁ・・・」
デザートにと、理佐が今冷蔵庫から持ってきた、アイスクリームを食べながら、まるで我がことのように、理佐を見てそういうと、ご馳走様と言って、またリビングのソファへ移動してスマホを始めた、理佐は食器を片付けながら、由香に向かって、まるで自分がミチオタケヤみたいねと、返事をした。
「・・・こう見えてもわたしも、そっちの方面に進みたいと、思ってるのよね」とソファに行儀悪く足を乗せながらそう言った。
由香はいつものようにパパが帰ってくるまでここにいていい?というと、自分の部屋からパソコンを持ってきて、リビングの大きなモニターにつなげて、動画サイトを見始める。けれど父親がかえって来ると、お帰りと言って、すうと自室へ帰っていく。いつも別段会話があるわけではないが、この娘と同じ空間を共有できることは、理佐にとってもうれしいことだった。時々冷蔵庫へ飲み物を取りに来るたびに、何も言わなくても理佐を手伝ってくれる。
「こういうとき、私の身長は役に立つでしょ」と高いところへものを仕舞いながら、
 自虐気味に言うさまも可愛げあって理佐には愛おしい。
食事の後片付けと、今夜もまた遅く帰るであろう、夫の夜食の準備をしながら、理佐は、今日見た海を思い出す。ふと気づくと右手の二の腕が日焼けしたのか少し赤くなっている、そこへ手を当てるとまだ熱を持っているのか少し熱い、数時間前、同じ場所を、優弥の腕に包まれていたことを思い出した。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

今日も最後まで、お読みいただきありがとうございました。

まだまだ、続きます。

感想をお聞かせいただけますと励みになります。

つまらないとか、話が長いとか、どんな事でもOKです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?