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素敵な靴は、素敵な場所へ連れて行ってくれる。 45

 拓海とは、あの夜以来、互いに言葉を交わすことが少なくなった、拓海自身もあの賞を受賞以来、忙しいのか、遅くに帰ってきたり、場合によっては帰ってこなかったりした。
ある夜は、拓海の事が載っている新聞を有美に見せてくれたり、来週テレビにでるんだと明るく有美に話したりはした。何か気まずいような二人の間を払しょくしたいのか、気を使っているように有美には思えた。けれども、お互いにやればやるほど、空回りしているような、かみ合わないような会話が続いていく。
有美も気を使って、いつも笑顔でそれらに、応えはするのだが、お互いに心が十分に通じ合っていないのは、わかってはいた。
どちらも、「もう終わりにしよう」と言うのを待っているような、互いの思いと乖離したような、虚空のような、そんな状態が続いていた。
有美は、何回かそう言おうとした、二人で久しぶりに一緒に夕食を食べていた時とか、拓海がシャワーを浴びて出てきたときとか、思い切って、言おうとするのだが、
「あのさぁ・・・」とまでは、言葉にすることはできても、その先が続かなかった、そう声を発すると、きまって拓海もわかっているのか、「なに?」といったまま、黙っているだけだった。そしていつも、有美は、「やっぱり、なんでもない」といって、終わらせてしまうのが常だった。
 時間がだんだんと、互いの愛をすり減らしていき、薄くなって、薄すぎて持てなくなったとしても、最後の一片を捨てる勇気が、自分にはないのが有美には少し悔しかった。
 
 
 ビルから出ると、安堵したのか南村は大きく息を吐いた、残暑の熱気と日差しが容赦なく二人に注いできたけれど、南村の表情はそれに贖うような、ゆったりとした表情だった。
「どこかで、少し休んで帰ろうか?」彼女はそういうと、先に歩き出した。
 有美は、アスファルトの照り返しに、少し頭がクラクラとして、「はい。」というのが精一杯だった。 
 クライアントへプレゼンの同行を大津から命じられたのは、ほんの三日前だった、それから部内で打ち合わせをして、デザインを決めて、大津のチェックを受けた。チェックが終わって最後に大津から、
「君と南村君と、二人で行ってもらうから。」
 と告げられた時は、少し驚いたけど、南村とならと有美には安心感があった、事実客先でも南村のプレゼンは素晴らしかったし、相手先も納得して契約へ結びつきそうな雰囲気は有美にも感じられた。
「先に席取って来て、アイスコーヒーでいい?」
昼過ぎのセルフカフェは混んでいて、ほとんど満席に近いような状態だった。
南村は注文の列に並ぶと、有美へそう言って注文と会計を済ました、有美は店内を見回すと、ちょうど二人連れの男性たちが席を立ったので、急いでその窓側の席を、自分の鞄をおいて確保した。
 しばらくすると、南村がトレーに飲み物をのせてやってきた、テーブルにトレーを置いて、席に着くと、再び大きく息を吐いた。
「初めて、見ましたけど凄くよかったですよ、今回のプレゼン。」
有美が、そういうと、南村は少し表情を緩めて「ありがとう」と小さく呟くと、
「データがあれほど、きれいに整理されていて、助かったわ、リハの時はちょっとややこしくて、どうかなぁって思たんだけど、あれってあれからもう一度整理して作り直したの?」
「はい、少しわかりにくいかなぁと思って、すみません、急に思いついたんで、直した事、事前にいってなくて。」
 伏し目がちに、そう言いうと、
「はじめ見た時、事前資料と違うから少し驚いたけど、クライアントはあの方がよく分かったじゃないかな。」
コーヒーを一気に飲みながら、南村はそう言った。
 
 暫く静かな間隙があって、有美は南村に聞きそびれたことを聞いてみようと思った、数日前の帰り際、二人で、工事のために白い頒布で覆われた「あの絵」を見た時、不意に南村が言った言葉、「もうこの絵では癒されることはない」という真意を聞いてみたくなった。
 あの時、聞こうとし時にはもう、南村は先に歩き出してしまい、聞きそびれてしまっていた。今は、ちょうど彼女は一仕事が終わり、うつろ気に外を眺めている、有美は静かに、「あのう・・・」と言ってその訳を聞いてみた。
 初め、南村は少し意味が分からなかったようで、うん?と言って首をかしげていたがすぐに思い出したようだった、少しばつが、悪そうな顔をして、静かに話し始めた。
「ごめんんさい、そんなこと言っていたことさえ、わすれちゃっていたわ、忙しくてね、けどちゃんと覚えていてくれたんだね・・・、その訳はね、実は私、来月で会社辞めようと思っているのよ。」
南村は、ゆっくりとそう言った、有美は思いもよらぬ、南村の決断に少し驚きはしたが、あの時のあの言葉の真意はこれだったのかと納得もした。
「別に今の会社に不満があるわけではないんだけどね・・・」
 南村は少し言いにくそうに、そこで言葉を切った。
「それじゃ、引き抜きとか、ですか?」
 有美は、言葉を選ぶように、そう訊いた
「・・・まあ、そんな感じかな・・・私の事を評価してくれる人がいて、その会社から来ませんかという誘いがあって、ここ何か月かいろいろ悩んだけど、挑戦してみようって気持ちになって、それで決めたの。」
「大津部長は、もうご存じなんですよね?」
「誘いをもらったとき、やっぱり彼に一番に相談したわ、当然彼は留意するわよね、彼の立場からすればね。何回か二人で話をして私なりの考えや方向性を話したら、彼なりには納得はしたみたいね、立場上はしらないけどね、ほら、三人で麻布十番へ行ったことあるでしょ?あの日、最後の返事をする予定だったのよ。」
そうか、あの時大津が、彼女が帰ってしまった事を不思議がっていたのは、こんなことがあったからなんだと、理佐は納得した。
「あの日は、勤務中お互い忙しくて話せなくて、それであなたを返した後、ゆっくりと聞こうと思っていたんじゃないかな、けど、急に私が帰るといったものだから・・・」
「で、どうなったんですか?」
「月曜日、彼にきちんと辞表を出したわ。」
南村は、有美の眼をまっすぐに見てそう言った、そして遠くを見つめるように、
「そしたら、力になれなくてごめんって、いってくれたけど・・・」
 少し寂しそうにそう語る南村は、何か物憂げな表情だった
 以前恋人同士だった二人には、有美のうかがい知れないような葛藤や仕事上の軋轢もあったのだろう、大津のその言葉が、すべてを物語っているように、有美には感じられた。
もう「あの絵」で癒されたりはしないと、有美に放った言葉は自分の決断に迷うことはない、という意味だったのだろう。
 
「そうなんですか・・・せっかくこれから、いろいろ教えて貰おうと思っていたんですけど・・・」
 少し残念そうに、南村の顔をみて、有美はそう言うと、再び視線を外へ向けて、
「けど・・・なんか、あの絵の通りですね、南村さんの決意って。」
「えっ?なんで?」
 南村が驚いたように、有美の方へ振り向く、有美は視線を変えることなく、外をながめながら、
「ほら、私たちのお気に入り女神は、両手を上に向けて、天に向かって飛び立とうとしていたじゃないですか、あれって、まさに今の南村さんの気持ちと同じに思えて。」
 有美がそう言うと、南村は、「あの絵」を少し思い出したように、「そうねぇ」と、小さく呟くと、急に少し笑って、
「そうね、ほんとそうだわ、けど、あなただって、そんな時がもうきているのかもしれないわよ。」
 笑顔になって、有美へ話しかけてきた。
南村に言われるまでもなく、有美は「そんな時」が来ていることを、改めて自覚した。
南村が、「あの絵」の如く自身の進路を決めたように、今度は自分の番のような気持ちなった。
「さぁ、帰ろうか。」
 最後の一口を飲み終えると、南村はそう言って立ち上がった、窓からの日差しが少し傾き街路樹の木陰が波のように揺れている、有美が席から立ち上がり様に、南村の足元をみると、珍しく今日はアンクレットをしていなかった。


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今宵も最後までお読みいただきありがとうございました。

物語はもう少し続きます、

一度インターバルを入れようと思いましたが、やっぱりもう少し続けます。

すみません。

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