詩小説『引越物語』⑫うさぎと懸賞マニア
「今朝の8時に届いてたみたい。」
noteからキャンペーン当選通知が来て、わたしは朝からご機嫌だった。
スマホの画面を義妹の菜摘に見せる。
「なんぷーん?」
いつもの不思議な質問攻めが始まる。内容ではなく、正確な時間や場所を知りたがるのだ。そして、聞いた途端に興味を失ってしまう。
「凪ちゃん、ほんまよく当たるよねぇ。」
何故か呆れたような表情のまま、犬のたけしと床に寝転がり始めた。
かれこれ1年くらい菜摘もnoteをしたいと訴えているのだが、過去に何度もネット上でトラブルになり精神的に落ち込むことにもなったため、正雄から書くことを禁止されていた。
読むだけではつまらないという菜摘の気持ちはよくわかる。日常生活で友達も殆どおらず孤独感を味わっているのなら、せめてネットでは波長の合う人を見つけて話したいと思うものだ。
「わたしも半年は読むだけにしてたから。なっちゃんも今日から半年間いろんな人の記事を読んでみて、その後、一緒に書く練習しようね。」
わたしは、なるだけサラリと伝えた。
「え〜!それならもういい!」
怒ると、菜摘はうさぎのように地団駄を踏む。
「ここマンションだから、ね。床ダンダンは禁止!」
注意すると、余計に同じことを繰り返す。
あー、また目的が変わった。
わたしは、心の中で大きな溜息をついた。
いつも怒り始めて数分で、菜摘は怒っている自分に夢中になるのだ。やがて、床を踏み鳴らすこと自体を楽しみ始めている。
菜摘のこの癖のせいで、我が家は床に厚い畳を敷き詰め、更に転倒防止用のマットを重ねている。
こういった小さな苛立ちは、わたしと正雄の眉間に皺を寄せていく。
二人からこういった問題について話す時には、それぞれが時間を変え、テイストも変えて話すことにしている。二人一度に並んで話すだけで、菜摘は萎縮して話が全く聞こえなくなるからだ。
菜摘が居心地のいい家にしたいと苦心してきたつもりだが、この十年は果たしてどんな思い出となっているのだろう。
なかなか菜摘はルールの理解が難しい。そんな時、彼女は意固地になってしまい、夫婦の諍いの種火となりがちだった。
だから、わたしはこうして書き続けるのかもしれないな…。
子どもの頃からキャンペーンが大好きだった。小学一年生のプレゼントに当選したのを皮切りに、懸賞や公募にどれだけ応募してきたことか。
昔はハガキ応募だったから、下手なイラストやオチのあるようなないような小ネタを添えていた。
雑誌に限定していえば、読者プレゼントに応募すると数ヶ月に一度は必ず当選するし、手書きのお返事をいただくことまであった。
結婚して五年後だったと思う。
とある婦人雑誌の編集後記に「感想をお聞かせください。」の文章を見つけた。
定期購読することになった経緯や、日頃のモヤモヤも少々。どのコーナーに思い入れがあるかについては、力を入れた。
3ヶ月程が過ぎて、そのことを忘れかけていたとき郵便受けにハガキが入っていた。みみずの這ったような文字が殆ど隙間なく並ぶ。個性的で気高い。まるで短編小説のようだった。
「お葉書ありがとうございます。」
思わず凪は小さく声に出して言った。
読み進めるうちに、心臓がドクッドクッと波打った。
忙しい中で、懸命に書いてくださったのが充分に伝わってきた。きっと情熱的な人だろうとも感じた。
その手触りのある文字に、すっかり魅了されたのである。
思い出に浸っている場合じゃない。
ここに書くんだ!!
手よ!わたしの手に命ずる!
12回目となる、この引越物語の続きが書きたい。
でも、まるすうじは…。そうだ、noterさんのコメントで読んだことがある。
「まるすうじ。よしよし⑫あった!」
いつものような平凡な朝も、小さな当選通知が特別な日へと育ててくれる。
明日は、菜摘の婚約相手と初めての食事会だ。
次回なっちゃんの親戚が登場です👫👴
前回のお話ぞね🍕