詩小説『引越物語』㉝くるまってヒノヒカリ
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こちらが前回のお話です。
では、この川を乗り越えて『引越物語』第33話をお読みください(*´ー`*)
「納豆に梅干し…それに味噌汁って日本人より和食ラブですね。」
冷めた口調で麻美が食卓についた。
抜けるように白いその右の手首には無数の傷痕がちらついていた。
「これ、毎日だからね。マリオの胃腸はもう日本食じゃなきゃダメなんだって。」
夫のまめまめしさを誇らしく見つめる未希は、明るく話しながらも麻美の表情が歪むのを見ていた。
「そうよー。酵母ちゃんがボクを守ってる。みんなも酵母ちゃんと仲良くね!」
つつ……。
なんだろ。熱いな。
「さっ。3人で食べましょう!日本食バンザイ。」
麻美の記憶に、家族で食事をする光景は皆無だ。
初めて見た和やかなやり取り。温かい白米と味噌汁の湯気。納豆や梅干しの独特のにおい。それらが麻美を繭のように包み込んだ。
繭の中ではいくら泣いても構わない。
「鼻水まで飲んだら塩分摂りすぎよ。」
ティッシュを手にした未希は、麻美の鼻をかんであげようとした。今にも鼻水が味噌汁に落ちそうで無意識に手が動いたのだった。
「ふふ。未希さん過保護ですよ。鼻くらいかめますから。」
なんだか小さな子ども扱いされたことが、おかしくて哀しい。
「冷めないうちに食べるよー。いただきます!」
マリオの日本語はどんどん上達していく。両手を合わせて神様と生産者の方々に感謝する姿は、多くの日本人が忘れているものだ。
「はい!いただきます。」
マリオに続き、麻美も両手を合わせた。
ヒノヒカリは粘り気の少ない後味がさっぱりとした米で、高知県ではよく食されているものだ。
「このお米、梅干しと合いますね。」
食べたことのない納豆の皿を麻美に手渡しながら、よほど好きになったのかリスのようにほおを膨らませて食べ続けた。
「納豆ダメ?身体にいいのに。」
マリオが未希のもつ納豆バトンを受け取り、慣れた手つきでかき混ぜる。
そういえば…一度だけママと土佐市のおばあちゃんが梅干しを作ったことがあったな。確か…3人でおにぎりもにぎったんだ。
一度っきりだけど、このお米のいいにおい覚えてた。