詩小説『引越物語』㉖心配するくらいなら
お気持ちとお時間に余裕のある方は、上のお話をお読みいただいてからのほうが、お話がつながります。よろしければご覧ください。
未希は、両親が創り育ててきた一号店をたたむ決心をした。
従業員と何度も話しあい、アルバイトさんやパートさんは店舗へ移ってもらうことを承諾してもらえた。
社員の中には、これを機に独立した者もいる。同じ経営者として、共に成長したいねと話して別れた。
未希が店内をしみじみと眺める。古くて味のあるレストランだと思う一方で、バリアフリー対応は殆ど出来ておらず、乳幼児連れのお客様にはなかなかリピートしてもらえない店だった。
今回の経験を、他店では必ず活かして行こう。
珈琲を飲んで未希が一息ついていた時、closeの札を無視して入ってくる者がいた。
ストーカー野郎だ。
「あの、すみません。閉店するって何故でしょうか。」
男は困り果てた様子で、未希の顔色を伺う。
「長い間ご愛顧いただいて感謝しておりますが、経営上のことを貴方様にお話することはできかねます。」
「えっと…あの…。働いていた人達はどうなったのですか。」
「個人情報になりますから、お教えすることは出来ません。一体なんなんですか。いくらお客様でも、勝手に入ってきて根掘り葉掘り。非常識じゃないですか!!」
未希は、疲弊しきった麻美のことを思っていた。
あなたも彼女を追い詰めたのよ。
お客様は神様なんかじゃない!!!
男は、ただ泣いていた。
「狡いと思います。さんざん困らせるようなことをしておいて泣くなんて。」
「すみません。麻美の行方を探してまして。アイツから家出してしまったと聞いて。」
「どうして、麻美だなんて呼び捨てにするのですか。ストーキングをやめてください!」
「父親なんですよ、僕。」
「えっ!どういうこと…か。」
「麻美はこのことを知りません。二度と会わないとアイツに約束して我慢して生きてきました。」
「でも、神様っているんですね。偶然ここで再会したんです。僕によく似た瞳と鼻筋を見て、すぐに我が子だと確信しました。」
ならば、何故あんなに娘の邪魔ばかりしていたのか。
珈琲一杯で三時間。毎日のように通ってきては、嫌がる麻美に話しかけ続けたではないか。
「実は麻美を置いて離婚した後、すぐ癌が見つかって仕事も出来なくなりました。生活保護を受けながら、なんの希望もなく暮らしていたんですよ。神も仏もあるものかと心底この世を恨んで、早くこんな人生は…。」
「麻美さんに、そのことを話すおつもりですか。アイツアイツって、お母様がお一人で踏ん張って大学まで進学させてあげたんですよ。感謝の気持ちはないんですか。」
「失礼ながら、あなたの人生が詰んでるのは身から出た錆だと思います。」
「そう…そうですね。えぇ……。」
肩を震わせて返事した人が、とぼとぼと出口へ向かう。
未希は怒りで涙が止まらなかった。