詩小説『引越物語』㉙河面に輝く蝶
鳥たちの唄で目覚めた。
河面が朝日に照らされて、目が開けられないほどだ。
169cmの身体を、軽自動車の中から出してやる。
随分と縮こまってんな…のびーのびー!
クラシックのラジオ体操を聴きながら、軽く身体と気持ちをほぐしていく。
麻美が映画監督になりたいと母に打ち明けてから2ヶ月になる。
東京に行くと友人達に告げたものの、映画を創ろうと約束していた仲間は麻美を受け入れてくれなかった。
仕事は?へぇー勢いあるね。
住むところは?うちは狭いからムリムリ。
なぜ急に?ビックリさせないでよ。
言われた言葉達がなかなか消えない。
ぐるんぐるん。
ちっとも急ではないのに…。
みんなひどい。
初めて映画を観て泣いたのは高校二年の夏だ。それ以来、映画好きな仲間とTwitterのDMやLINEで交流してきた。
2年以上の付き合いの女子に連絡したら、彼氏と同棲中だと断られた。他の東京住みの人も、みんな様々な理由をあげて麻美を拒絶した。
麻美は一人で東京で暮らす覚悟がないことに気がつくと、いつのまにか高知へ帰ってきていた。
高知の大学へ進学して半年暮らしただけなのに懐かしくて。
東京の空気は想像以上に辛かった。とにかく空気と水の綺麗なところに身を置きたかった。
車中泊は初めてだったが、ゆっくり一人で考え事もでき自然に触れる毎日は楽しかった。
なにも考えない時間が少しずつ増えていく。
川沿いにぽつぽつと点在する良心市を見つけたら、100円の野菜や果物を買う。
高知の気候と人のあたたかさに、つい長居してしまうのだった。
これから、どうしよっかな…。
充電がゼロになったスマホを眺めながら、母を思った。
東京へ行くにしても、お母さんに謝ってからにしよう。
河面に、澄んだ青の入ったカラスアゲハが舞っている。
麻美はラパンに戻るとエンジンをかけた。
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