意思あるところに文芸は立つ | ショートショート
「もっといい作品がありそうなものなのに。ねー。」
そんな失礼極まりないことを…。
自分が書けないことは棚上げで、今年の荒木賞について皆が論じ合っている。あっという間にグラスの中は空に。
ホッピーとレモン酎ハイが更に声を大きくした。二人の激論は酒のアテなのだろう。
「ここなんかさ、私のとめちゃくちゃ似てるのに。違いはありますかー?」
あーぁ。また始まった。めえちゃんが日本酒に切り替えたら最後。早く連れて帰らないと今日こそ出禁になるな、毎回これだもの。
いつもいつも懸命に書いてたのを、俺だって知ってるよ。一番そばで見てきたから。だから悔しくて辛いのはわかる。
分かるけどさ、他の人の作品に絡むのは駄目だ。絡んでいいのは、自分のこれからだけだよ。
過去作で落ち込むくらいなら記憶なくしちゃえばいいよ、その作品は俺の中では金獅子賞だから。
心の中で話しかけること三十分。俺はいつものルーティンで、めえちゃんの介抱と、ビールがぶ飲みを繰り返している。
とうとう、めえちゃんの中から妖気が発ち始めた。日本酒に飲み込まれて心が龍馬化したのだろうか。胸元に手を入れて、鼻の穴を膨らませている。
めえちゃん、いや芽恵子が急に立ち上がって宣言した。
「わたしぃ、30歳までに書籍化ぜったいにぃ実現させるよぉ。みんな覚えといてねーー!」
彼氏気取りの拓海が拍手した後、両手を広げて抱き止めた。ちっ!それは俺の役目だったのに。
バターン!!ガラガチャ!
拓海の体格では大酔いの芽恵子を支えるのは無理だった。店員さんが奥へ走っていく。まずい。店長がやってくるぞ。
ここはもう、俺の出番だ。
「めえちゃんなら絶対できるから。今日はもう帰ろう、な?」
「うぬぅ、うん。そ!できるよ、もちろん!私を帰って、書かなきゃ!」
こんだけ自分をアグレッシブに表現できるんなら、作家先生より役者のほうが向いてるんじゃないか。今度の日曜、俺の劇団に連れていこう。デート代わりに。
店長さんは今日も俺らを笑ってゆるしてくれた。やれやれという表情のあと、俺に向かってウインクをした。どういう意味なんだ?
破れた暖簾をくぐって外へ出れば、山のほうから秋を告げる心地よい風が流れてきた。
「じゃ、また近いうちに。」
「いつもごめんね俊介。めえちゃんのこと頼むね。私達、もう少し話したいことあるから。」
俺が仲間と無言で別れたのは、背中の芽恵子を起こさないためだ。
おんぶして連れて帰るのは何度目だろう。
俺の恋なんて叶わなくてもいいから、めえちゃんの夢が叶いますように。
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