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ぬいの持ち歩き注意〜静岡旅⑤〜

緑と水景が織り成す空間は、”ジ・オリエンタルテラス”の名前通り、南国のリゾートにいるかのような雰囲気だった。
結婚式が併設されているらしく、エントランスからロビー、レストランに至るまでラグジュアリーな空間が続く。
「すご~い、豪華~♡」とはしゃぐ私を、わちこさんは白い目で見る。
置いていけと散々受けた忠告を無視し、推しのぬい(ぬいぐるみのこと)を持ち込んだせいだった。
「バッグに入れてるからいいじゃないか」と反論したが、彼女の視線は鞄からむき出しになったぬいの頭部に注がれている。
私は仕方なくバッグを背中に隠しながら店内に入った。


案内されたのは、ゆったりしたソファが配置された半個室の席だった。完全に声がシャットアウトできるわけではないが、プライベート空間が保たれるのは嬉しい。
早速ぎゅうぎゅうに詰め込んでいたぬいを取り出し、入り口から死角になる場所に座らせた。

コースの説明を受ける間はスタッフに見えないよう背中で隠し、料理が運ばれてくるたびに置いてあったクッションで隠す徹底っぷりだ。
わちこさんは「もう何も言うまい」という顔をしており、料理を楽しむことだけに集中することに決めたようだった。


オードブルからメイン、デザートまで数種類の中から選べるのも魅力のひとつ。
皿の余白を活かして美しくつくりこまれた料理はひとつひとつが美味しく、でも今写真を見返しても何の料理だったかは思い出せない複雑なビジュアルをしている。

たしか魚介味のムースだったと思う


クスクスのサラダだけ妙に印象に残っている。
「こちら、クスクスのサラダです。クスクスというのはですね、──」と丁寧な説明を受けたからだ。クスクスを食べたことがなさそうな人間に見えたのかもしれない。ありがたいことである。

クスクスは世界最小のパスタ
パンに花が添えてあって可愛い

デザートは濃厚なモンブランと自家製のバニラアイスにした。

もうデザートなんていいからぬいを見ろ


食事を楽しみながらも「どうせ地獄に落ちるならひとつ、閻魔大王にインパクトを与えたい」という話を小声でしていた私たちは、「ビデオテープですべて公開されることを逆手に取り、閻魔大王総受け本を出すのはどうだろうか」というこれ以上ない罰当たりな話題の最中に「お話中、失礼致します」と声を掛けられて、口を閉じ、手を膝に置いた。

「お食事後の珈琲とご一緒にこちら、お好きなだけお召し上がりいただけます」
そう言って男性スタッフは大きなトランクケースをテーブルの上においた。
「開けますよ?」
わちこさんはその言葉を聞き、さっとスマホを構えた。それを見てスタッフは恭しくケースを開ける。
目が覚めるようなオレンジ色のトランクケースの中には、光輝く色とりどりのマカロンがズラリと並んでいた。比喩表現ではない。底にライトが仕込んであって、眩い光を放っているのである。

おもろすぎる


マカロンが光る様は何と言うかシュールで、色んな味のマカロンが食べられる「おおお」という興奮と、純粋にこみ上げてきた笑いをこらえる「ふふふ」が混ざり合い、「おっふふ……」と口にしながら私も写真を撮らせてもらった。

「お味ですがピスタチオ、ストロベリー、オレンジにバニラ、レモン、チョコレートをご用意しております」
「本当にいくらでもいいんですか!?」
「はい、お好きなだけ」
「本当にですか!?」
「は、はい」
私達の念入りな確認に押され、スタッフは一瞬たじろいだものの「お好きなものをお申し付けください、お取りします」とステンレス製の小さなトングを取り出した。
「同じものを2つ食べてもいいですか?」と確認したあと、オレンジを除いた5種類のマカロンをお願いし、悩んだ後チョコレートをもうひとつ乗せてもらった。

「意外と食べないですね」
わちこさんにそう言われ「試されている気がした」と答えた。
「ぬいは持ってくるのにそこは気にするんですね」
「まあ……あと純粋にお腹いっぱい」
「コース、なかなかボリュームありましたもんね」
「でも腹にとどめを刺す量のマカロン、大変嬉しいです」

紅茶をいただきながら「さすがの閻魔大王も己の痴態を本にまとめられていたことがわかったら動揺するのではないか、イヒヒ」等とひそひそ話していると、スタッフが近づいてくる気配がしたので口をつぐみ、手を膝に置いた。
スタッフさんは伝票を置きながら「お食事、お楽しみいただけましたか」と微笑む。
「ええ、大変美味しかったです」
「それはよかったです。……あの、ずっと気になっていたんですがこちらは何のぬいぐるみなんですか?」
「えッ!!!えっ、あの……ずっと……?」
ここの通路を通るたびに目が合ってて
男性は何故か照れ笑いをする。
私はそれにつられるようにあはは、と笑いながらぬいをスタッフに見せ、「あの、ハイキュー‼︎っていう漫画の…菅原ってキャラクター、ですね」と紹介する。
「ああ!副主将の子ですよね。ハイキュー、僕も読んでました。ふふ……ではごゆっくり」

スタッフが下がると同時に、わちこさんと目が合う。わちこさんは何も言わなかったが、目は口ほどにものをいう。
「ほれ見たことか」と彼女の目は雄弁に物語っていた。
私はいたたまれなくなって咄嗟にお手洗いに立ち、彼女の視線から逃れた。気持ちを落ち着けてから戻る。通路から半個室のソファにいるわちこさんの顔は半分ほどしか見えない。もちろん、ぬいの姿も。私はふと思い立って一度席を通り過ぎ、逆方向から私たちの席を見た。ぬいと、目が合った。

なんでこのデザインでGO出したんだよ

そこが可愛いところではあるのだが、ぬいの目は「元のキャラクターデザインを見たことがありますか?」と尋ねたくなる程ガンギマリしている。彼は、ずっと仕事をこなしながらこの瞳と何度も目を合わせていたのだ、と気付く。

そりゃそうだわ

着席しながら「向こうから見たら普通に見えてました」と報告すると、わちこさんは言った。
「私はずっとそうだと思ってましたよ」

早く言え。ここでそう言える胆力を、当然私は持っていなかった。

続く

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