ただ机が10㎝高くなっただけの話


この家でうまれ育ってから今年の夏までずっと、自室にクーラーがなかった。あの部屋にはつけられないのよ、と聞いていた。
その話をすると「え、夏とかどうやって生きてきたの?」と聞かれてきたので笑ってしまう。でも近年の猛暑は本当に笑い事ではなくなってきた。

クーラーが欲しい。自室につけることができないならクーラーがついているアパートに引っ越した方がいいのではないか。
引っ越し代や初期費用などを計算しながらふと考える。なんでつけられないんだろう?つける穴がない、と言われていた。私はそういうもんかぁと思って生きてきたが令和になってそんなこと……そんなのどうにでもなるんじゃないのか?

家族に打診すると「え?工事すればできると思うけど」と言われた。
できるんかい!
そのあと「でもお金かかるよ」「工事の時間もかかる」「その間ずっとうるさい」と畳みかけるように言われ、私はまた怯んだ。

確かに一週間とか工事が続くのは嫌だな……今、在宅勤務だし……30万とか掛かるなら確かに痛手だな、何なら来年この家を出ることになる可能性だってあるわけだし……。
そんな懸念を抱きながら調べたところ、工事費&設置費用は本体込みで10万円もいかず、また工事に至っては1時間ほどで終わることが判明した。

10万円と1時間で得られる快適を今までふいにしてきたのかと思うと気が狂いそうだった。悔しさもあったが、近年の夏とは生死をわかつ攻防戦を繰り広げているので、ここいらで防御力をアップさせた方がいいと思い、早速近所の家電量販店で購入と取り付けの依頼をしてきた。

2022年6月、私の部屋にクーラーがついた。呆気なかった。家族があんなにクーラーをつけさせまいとしていたのは何だったんだ。

工事にあたって、部屋にあるものをすべて他の部屋に移していたのだが、これを機に生活環境の改善を試みることにした。昨年末に立てた目標のひとつを達成させるいい機会だ。

まずバキバキに割れていたプラスチック製の洋服ダンスを捨てた。
下が収納スペースになっているタイプのベッドを使っているのだが、朝起きてベッドを飛び降りた際、中途半端に開いていた引き出し部分が鋭利な刃物のように尖っており、足が裂けて流血沙汰になったからだ。
これはそもそも引き出しを開けっぱなしにしていたのも悪い、とみる説もあるが、割れていなかったらこんなことにもならなかったのでタンスは一新することにした。

ネットで色々探していた折、ホームセンターに出かけていた家族が「いいものがあった、取り置きをしてもらってるから実際に見てみよう」と言って帰ってきた。

「取り置きしてもらったの?私は何も言ってないのに?」
「ラスト一点だけどすごい安くて大きかったからいいと思う、行こう」

強引に連れていかれたホームセンターのレジ近くには、取りおいてもらったタンスがあった。確かに大きくて使いやすそうだったが、なんというか色が好みではなかった。
写真ではホワイトトーンの木目調に見えたが、実際に見るとコケが生えたような緑がかった色がなんだか気になるのだ。

「あまり好きじゃないかなぁ」と言うと「でも大きいよ?」と言われる。
大きさは大切だがデザインもこだわりたい、というと、とんぼ返りの上に無駄足になった家族が「じゃあ……なんか買っていきなよ」と言いだす。
なんて無茶な人間なんだろうか。しかし、家族の好意を無下にすることもできず、私は家具売り場を回った。
洋服箪笥に気に入ったものは見つからなかったのだが、ふとサイドワゴンが目に入った。デスクの横と言うか、下に収納しておく3段引き出しがついているあれである。

子ども部屋おばさんよろしく学習机を使い続けているのだが(めちゃくちゃ丈夫なので)、サイドワゴンは数年前に壊れてしまったままだった。今まで特に不便も感じていなかったのだが、現在趣味で粘土手芸をやっていることもあり、ちょうど収納場所に困っていたのだった。

展示されていたサイドワゴンは、大きさが等しい3段の引き出しがついていた。よく同人誌なんかをしまう箱に使われている不織布(?)の生地のもう少し丈夫なものでできており、軽そうだ。色合いも部屋に合うシックなダークブラウン。何より大変なお手頃価格だった。

衣装ケース一台分の道具や材料を、ここにしまったら素敵かもしれない。道具が取り出しやすくなれば粘土も捗り、ギリギリで宿題に手をつけるなんて愚かな生活とも無縁になるかもしれない。

家族は「いいじゃんいいじゃん、買っちゃいなよ」と後押ししてくる。自分の無駄足を回避するため何でもいいから買わせようとしてくるんだよな。
私は慎重になって「でもサイズ合わなかったら無駄になるから一度帰って机の高さ測ろうかなぁ」と言ったが、家族は頑なだった。
「いや!今買った方がいい。思い立ったが吉日っていうし、もしサイズ合わなかったら返品してきてあげるから」

何が彼女をそうさせるのか、私は勢いに押されながらも「まあ、確かにあの机のサイズはこんなもんだし、入りそうだな……」と思いながら結局それを買って帰った。

ワゴンは、机より4センチ高かった。


たかが4センチ。されど4センチ。入らない収納ワゴンなど無意味。返品待ったなし。
しかし、私はもうこのワゴンを気に入っていた。できればこいつとうまくやっていきたい。そうだ。

机を高くすればいいじゃないか。

私は100円均一に向かった。机を高くするネジなどを探したがなかった。
滑りをよくする、または滑り止めとしてのグッズはあったが、机の足を4センチ高くするグッズはなかった。代用品がないか店員さんも尋ねたが、ここになければないですね……と一蹴された。なんなら「机を4㎝ほど高くしたいんですけど」と言った時、半笑いされた。

次にホームセンターに向かった。
机にはすでに高さをかさましするためのネジがついていたのだが、これのもっと高いものがあればそれで解決しそうだ。
すでについていたネジは高さ3センチ。つまり、新しいものに取り換えるなら少なくとも7センチは必要になる。
外していったネジを持参し、また店員さんに尋ねた。100均の店員さんよりは真摯に話を聞いてくれたが、少々困惑していた。(もしかして、思っていたより机の脚を高くしたいという需要は少ないのかもしれない、とこの辺りで薄々感じていた。)

こういうものなら……と案内してもらった先には、ものすごく分厚いゴムの塊があった。
「こういったゴムを足につけるとかすればもしかしたら……」
自信がなさそうにアドバイスをいただき、最悪それもありだな、と思った。ゴムのかたまりは4つで3000円くらいした。本来は何に使用されるものなんだろうか。

そのうち、ああでもない、こうでもないと色々策を講じていた私に、話を聞いた友人が「アジャスタならモノタロウで買えばいいじゃない」と教えてくれた。

私はそこであの高さを調節するネジを”アジャスタ”と呼ぶこと、モノタロウというサイトでは製造業や工事業で使用する部材を少数単位で購入することができることを知った。
友人に見てもらうと、7センチほど高くできるアジャスタが、なんとあったのだ。

しかし問題もあった。モノタロウは事業者向けのサイトだからなのか、一切の返品が不可能だった。辛うじてホームセンターでネジのサイズを調べていたものの、つけてみたら違いました、の可能性も大いにある。

一個一個がそう安い価格ではないこともあり、私は日和って「一度社に持ち帰らせてください」と言って保留することにした。
その時点でワゴンを購入してからもう一週間が経過していた。


ワゴンを返品するにも期限があるため、一度返品してきてあげるよ、と家族が言いだした。
「そのネジが合ってたら買い戻したらいいじゃない」
それはホームセンターの人に面目ない、と思いつつ、4㎝デカいワゴンはやっぱり家に合っても困るので、お願いすることにした。
(ちなみにワゴンは未開封でした)(サイズは箱に書いてあったので……)


しばらくして、出かけていた家族から「解決しそうです」とラインが入った。何かと思ってみると、写真が添付されている。アジャスタだった。

そんなの、売ってなかったはずだ。
家族は言った。
「私がホームセンターにあった部材で作りました」

彼女はやはり店員さんにこういったものがないか、と聞いて回ったが結果は同じだった。そこで、自分でネジを見つけ、穴付きのゴム栓を探し、巧妙に組み合わせてアジャスタをつくったのだ。
帰宅した家族の手にあるものは確かに立派なアジャスタがあった。高揚感を抑え、机にそれをとりつける。ネジはしっくりと収まった。恐る恐る机を立て直し、高さをはかる。

「10センチ高くなってる……!」

後ろで見ていた家族の顔といったら「どや顔」というWikipediaに載せても恥ずかしくないしたり顔で、「ほら見なさい」と言わんばかりの表情だった。
私は感激してお礼をいい、彼女を褒めたたえ、早速ワゴンを組み立てたいと申し出た。

「ないんだよね~。アジャスタ作る前に返品しちゃったから」

そんなことある???と思ったが今の家族に盾突くことはできない。
「また買いに行ったらいいじゃん」と言われれば「そうだね」と返すことしかできないのだった。

数日後、改めてホームセンターに向かった。ワゴンを買い戻すためだ。入れ替えの激しい店なのでもうないかもしれない、と覚悟していったがワゴンはあった。
私は喜び勇んでワゴンを手に取ったが、ふと違和感を感じた。
高くなってないか?

値札を確認する。5980円。こんな値段だっけ?前回これを購入した際、サイズを覚えるために撮った写真を見返す。写真は残っていた。サイズの近くには、4980円の文字があった──

1000円の値上がり──

いいじゃないかぁ、千円くらい。たくさんの困難を経てここまで来たんだぞ。

いやまあそうなんだけど、このワゴンは5000円で買えることが魅力的だったんだよね……千円高くなっても要るかって言われたら……うーん……

というか、返品したのは3日前なのに、どうして……腑に──腑に落ちない……


私は単三電池のみを購入して帰宅した。あれを5980円で買うなら、もっといいやつを買った方がいい気と思ったのだ。

粘土の道具をしまう気満々で来た私は、なんやかんやでとっておいたらしい勉強机とセットになっていたサイドワゴンの中にすべてを収納した。

ワゴンを机の下に収める。ワゴンと机の間には広辞苑が入るか入らないかくらいの隙間ができていた。

早速作業にとりかかるべく、机に向かう。机が高くなっていた。

机が、ただ高くなっていた。

終わり


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