チケット代をGUCCIのネックレスにした話

今年、はじめて蚤の市に出掛けた。
それまでどこか「おしゃれなフリーマーケット」程度に認識していた私は、アンティークというものの価値にそれはそれは慄き、気になった物を手にとってはそろそろと慎重に戻すだけの生き物と化していた。

「最近思い切って部屋を模様替えしたし、何か素敵なアンティーク雑貨があったら欲しいな~」と思っていたが、会場について30分後にはこの場の雰囲気を楽しむことに目的をシフトしていた。
実際、気持ちよい青空の下で友人たちと手作りのお菓子やドリンクなどを買って味わい、目的もなくブラブラして古き良きものたちを見て回るのは、とても心が弾んだ。

新品にはない深みのあるデスク、ヴィンテージガラスのボタンで作られたピアス、柄がレトロで可愛い食器たち、妙に目が怖いテディベア、昔どこかの小学校にあったのだろう跳び箱や身長測定器。
どれも想定の3倍は高くて値札を見るたびに笑ってしまったが、それも込みで楽しい。
人も多くなってきた昼過ぎ、満足した私達は会場を後にすることにした。

「めちゃくちゃ可愛いけどやっぱりアンティークって高いねぇ」
「家具とかさ、ひとつだけアンティークのものにしても部屋が浮くから大変だよね」
「トータルで揃えたら300万越えの部屋でもやしだけを食べる生活とかになっちゃうな……」

そんな会話をしながら私たちは戯れに「10万円好きに使えるとしたらあの会場の中で何を買う?」という話題で盛り上がっていた。

私は部屋に置くデスクがいいなぁと思った。木目が美しい小さなデスク。そこで本を読んだり、紅茶を飲んだりして過ごしたらきっと素敵な時間になる。
ティーカップもいい。10万円もあれば、あの店にあった某ブランドのティーカップセットが買える。そしたら自宅でアフタヌーンティーパーティーができていいな。
そんな夢想をしながら、友人の家に向かっていた。今日はたこ焼きパーティーをする予定だった。

さて、最寄り駅についてすぐ発覚したことがあった。とある舞台のチケットが当選したという連絡が入ったのだった。
いわゆる推し俳優などは出演していなかったが、演目に興味があり、1、2回程観ることができたらいいなと考えていたものだった。
チケ取りというのは毎度よく読めないもので、申し込んだものすべてに落選することもザラだった。
しかし、今回はありがたいことに申し込んだものすべて当選していたそうだ。クレカ引き落としだったので、支払いも済んでいるらしい。
「ってことはつまり……?」

──2人で18万円。すなわち、1人9万円。

私はいつの間にか家主である友人を先導し、「……9万…………9万か…………9万円ね…………」と呟くマシーンと化していた。
記憶はないが友人たち曰く「急に歩く速度が速くなった」「肩で風を切る様にして歩いていた」とのことだった。

話を聞いた友人たちは「心中お察しします」というお顔で慰めてくれたり、励ましてくれたりした。
私にやさしい言葉をかけながら、友人のCちゃんがそっと近づき、柔らかい声で囁いた。
「あのね……おじちゃん(私のあだ名)を傷つける意図は全然ないんだけどどうしても言いたくてね」
「うん、大丈夫。何かな?」
「10万円さ、チケット代になったね……」

彼女の一言で狂ったり笑い転げたり、そのあと落ち込んだりと私の情緒は盆休みのお坊さんのような忙しさだったが、気づいたことがあった。
蚤の市での「10万円」を、私は架空のお話として聞いていたのだ。10万円は大金で、「宝くじ3億円あたったら何に使う?」と同じ夢の話であると。
違った。私は10万円を出せる。チケット会社から請求されれば払えるくらいには現実的に。

実際に10万円があったら私は何に使うのか。自分でも物欲がないという自覚があった。物欲がない、というのは本当はウソなんじゃないか。
生まれてからずっと不景気の波にいる自分は、あまり贅沢をしてはならないと己を抑え込んでいるだけではないのか。
使っていいよ、と言われたらほしいものがあるんじゃないか。
デスク?ティーカップセット?いや、蚤の市にないものだって構わない。
色々考えて、ある日思い立った。

そうだ、Gucciのピアスを買おう。

その瞬間、心にキラキラとした光が射し込んだような気持ちになった。
ピアスは私の唯一のオシャレだった。数年前に開けて以来、指輪やネックレス、時計もつけない私が好きに飾ることができるものだった。
でも、そんなに”いいもの”は持ってない。年齢的にもひとつ、持っていてもいいんじゃないか。

Gucciは昔自分の好きな漫画とコラボをしてからずっと好きなブランドだった。お祝いに買ってもらった鞄をひとつ愛用しているだけだったが、店員さんの対応も優しく、どのアイテムも美しくてくらくらした。
自分で初めて求めるならば、絶対にGucciがいい。
大好きな友人に会う時、ここぞという会議の時、どこか遠くへ旅をする時、お供としていてくれたら、きっと心強い味方になってくれる。
友人達にその話をすると、みんな「いいじゃん!」と言ってくれた。同時に「一緒に見に行きたい」と言ってくれる人たちもいたため、数回にわけて店舗を見に行くことにした。
優柔不断な私が、一度で決められるわけがないからだ。

ウェブで予習した後、ドキドキしながら新宿店へ向かった。
この時はおなじみのわちこさんがおり、ありがたいことにフェイスパウダーを買う予定だったそうなので、割と気楽に店内へ入ることができた。
私とは逆にわちこさんはフットワークも軽く、思い切りも良く、物欲も半端ない女なので、「本当はフェイスパウダーではなくて鏡付きのコンパクトが欲しいだけだった」といいながらあっさりフェイスパウダーを購入していた。
その間にピアスを見せてもらう。スペースの問題か、ピアスはほぼ表には出ていなかったので、気になるものを数点出していただき、鏡で合わせてみることにした。
「できるだけデカいのがいい」とパール付きのもの、クリスタル付きのもの2種、ゴールドトーンのフープピアスの4つまで絞った。個人的には大きなクリスタルがついたものが気に入った。ヴィンテージ加工が施され、シックな風合いを持っている。Gのロゴの部分に小さなクリスタルが埋め込まれているのも可愛い。
「普段の感じと違っていいですね」とわちこさんも太鼓判を押してくれた。

ほぼこれで決定かな。そう思いながらも、この後行く飲食店の予約時間が迫ってきたため、別日に出直すことにした。

友人のYさん・Mちゃんと銀座で待ち合せしたときのことだ。とあるバーで友人のバーイベがあるから来ない?と言われ、二つ返事で向かった。
まだ少し開場時間には早いからどこかでお茶をしよう、というときに、「そういえばおじさん(私のあだ名)、ピアス決めたの?」とYさんに尋ねられた。
「そうなの、まだ決定じゃないんだけどね、これにしたいなって言うのがあって。今度二人の意見も聞きたいから一緒に見てくれる?」
「あ、そしたらこっから近いから今行こうよ」

そんな流れで銀座店へ向かった。二人は慣れた様子だったが、さすがに私は目が泳いでいたと思う。銀座店は内装も華美で、「The Gucci」の世界観が創り込まれている。
場違い感を感じながらアクセサリー類を取り扱うフロアまでエスコートしてもらった。
前回と同じものを出してもらい、薦められるがままに合わせて見せる。クリスタルのピアスを見て、二人は一瞬何か考えるような素振りを見せた。
「うーん、すごくかわいいし似合うんだけどね、おじちゃんの骨格とパーソナルカラーを考えると、これじゃない方がいいかも」

骨格とパーソナルカラー!!!!!!

私はややショックを受けながらそんな馬鹿な、と思って鏡を見た。だって、前回合わせて見たときは悪くなかった。しかし私は再び衝撃を受けた。
「に、似合わん……!」
理由はすぐに判明した。人の言うことをすぐに鵜呑みにする自分の悪癖のみならず、前回から今日に至るまで、初めてブリーチをかけ髪をハイトーンカラーにしていたのだ。

髪色の変化によってこんなにも浮くものなのだろうか。
ショックを受け震える私に「似合わなくないよ。可愛い」と二人はすぐにフォローしてくれた。
「そうね、でも普段使いできないアクセって下手するとクソ高ぇオブジェになるから……」
「おじちゃんはね、ゴールドが似合うからこのフープピアスとかいいと思う」
「あとこの蜂のとかね、こういう強めのモチーフが似合うのはおじちゃんの特権だよ」
「うん……うん」
クリスタルピアスへの未練を急には捨てきれないことを察して、2人は「また今度見に来ようよ」と言ってくれた。

店の外に出てからすぐ、「次は渋谷の方に行ってみようか。あっちの方がアクセサリー多かったと思う」とYさんが言う。
「それにさ、ブランドとかも幅広く見てみるとおじちゃんのお気に入りが見つかるかもしれないよ。私達も似合いそうなやつ見てあげるよ」
Mちゃんもそう言ってくれた。
2人のやさしさに感動しながら、己の骨格とPCがことごとく自分の好みと反していることを再確認してやりきれない気持ちになった。

あのピアスは髪色を変えたせいで似合わなくなっていた。わちこさんにそう報告すると「あらら」と彼女は言った。
「ゴールドのフープピアスは二人も似合うって言ってくれてたんだけど……」
「確かにあれなら普段使いできますよね」
「でもなんか……普通というか」
「まあ他でもありそうっていうか、Gucciっぽさが欲しいんでしょうね、ひらやさん的に」
「そうなんですよ」
「私はどれも似合うと思いましたけどね。とにかく買ってるところを見せてほしい」

彼女は物欲もすごいが、とにかく他人が金を使っているところを見るのも好きな女だった。

「今度YさんとMちゃんと渋谷店見に行くんでよかったら一緒に来ません?見せてあげますよ、私が金使ってるとこ」
「えー!行く行く!!」

実は蚤の市に行った友人たちと、YさんとMちゃんは同グループの仲間なのだが、わちこさんを彼女たちに会わせたことはなかった。
機会がなかっただけなのだが、私がよくわちこさんの話をするのにその実態を誰も見たことがないというせいでわちこさんはみんなから「イマジナリーフレンド」と呼ばれていた。
イマジナリーフレンドではないことを証明するいい機会である。Yさん・Mちゃんにわちこさんを連れて行ってもいいか確認を取ると、二つ返事でOKをもらうことができたのだった。

わちこさんを見るなり「実在した!!」とはしゃぐYさん、Mちゃん、そしてわちこさんとともに渋谷店へ向かった。
重厚感のある銀座店と比較してもかなりポップで今っぽい内装だった。客層を見ても若い人が多く、気軽に入店できるのもいい。
「おじちゃん、HP見て他にいいの見つけた?」とMちゃんが振り返る。
「それがさ、今日服着たときにちょっと思ったんだけど、ネックレス見てみようかなって思って」

無地のトップスをよく選ぶのだが、鏡を見たときにいつも胸元が寂しい印象があった。ネックレスがひとつあれば、印象が変わるのではないか。たくさん持っているピアスを増やすよりも、気に入ったネックレスをひとつ選んだ方がいいのではないか。そんな心変わりがあった。

「なるほどね。予算っていくらなんだっけ?」
「8万円以内がいい」
「なんで8万?」
「実はさ、前に言ってた舞台、訳あってなくなっちゃったんだよね。絶対に行くって決めてた分を引いて、もともとなかったお金だと思って今回使っちゃおうって」
「あれ、なくなったんだ!?でもいい使い方だと思うよ」
Yさんはそう言いながら店内を見て回った。
もう一度私がクリスタルピアスを合わせては唸っているときに、Yさんが「これのネックレスってあります?」と店員さんに声をかけているのが聞こえた。
程なくしてネックレスがトレーに置かれる。大きめのパールと蜂のモチーフがついたネックレスだった。
「おじちゃん、これ付けてみて」
言われるがまま、試着してみる。可愛い。あんなに物足りなかった胸元が、一気に華やいだ。
「え、かわいい。なんだこれ、すごい可愛いんだけど」
「似合う。似合うよ」
YさんもMちゃんもわちこさんも、これでもかというくらいほめてくれた。

「どうする?他にピアス見てみる?」
首を振った。
「これだと思う」
「私もそう思うよ」
Yさんはそう言って笑った。値段は8万に収まっていた。

銀座店とはまた違う意味で華美なソファに座って会計を済ませている間、お茶とお菓子が振舞われた。
「この店舗だけのサービスなんです」
そう言いながら、プリクラも撮らせてくれた。加工が一切使えない画質のそれは、プリクラというよりも「プリント倶楽部」といった感じだった。
「せっかくだからつけて撮ったら?」
お言葉に甘えて付けたままプリクラを撮った。最悪の画質の中の私が、嬉しそうに笑っていた。

終わり

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