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ふ〜ん、おもしれーヌン茶

ヌン茶、もといアフタヌーンティーが好きだ。

見た目が可愛く、ボリュームがあり、夢もあり、満足感がある。友達とおしゃべりをするときにこんなに相応しい食べ物はないとすら思いますね。

どの友人ともアフタヌーンティーにはよく行くものの、中でもW子との回数が多い。
W子も私と同じ思想の持ち主で、お喋りの場にヌン茶が寄り添うことを至高としている。
曰く「オタクと喋れる場があるだけで百点なのに、そこに美味くて可愛いものがあったら百億万点」とのことだ。(わかる~。)

W子とは8カ所程のヌン茶を巡ったと思うが、ある日、店選びの際に彼女は言い出した。

「ホテルヌン茶はあまり好きじゃないかも」
私は驚き、「どうして?」と聞き返した。

アフタヌーンティーを提供している店は、紅茶専門店からレストラン、パティスリー、時にブランドがプロデュースするものなど様々だが、定番となるのはやはりラグジュアリーホテルだからだ。


「私は喋れる場所があれば意匠とかは問わないんです。だから部屋の内装とかよりもヌン茶のクオリティを上げることに専念してほしい」
「なるほど……つまり?」
「ホテルヌン茶はショバ代が掛かり過ぎる」

それは私の中にあるアフタヌーンティーの常識を覆す発言であった。私の人生初ヌン茶はとある外資系ホテルだったし、「アフタヌーンティー特集」に乗っている店の一覧もホテルが占めている。ゆえに価格もそれが妥当なものだろうと己の中で思い込んでいた。


参考までに記載しておくと、ホテルで提供されるアフタヌーンティーの価格は、6,000円~7,000円台であるように思う。もちろん内容によって前後するが、別途サービス料を頂戴されることも多々ある。
私達はいい大人なので「え~サービス料って何 ?ぼったくりじゃね!?ヮラ」などと言うつもりは毛頭ないが、確かに……確かに──────ホテルのヌン茶がお高めなのは、ショバ代が掛かっているからなのかもしれない……。

ホテル側も、ラグジュアリーホテルの看板を背負っている以上生半可なヌン茶を提供することなどは許されないのだと思う。
提供するスイーツはもちろん、インテリアからテーブルクロス、カラトリー、食器に至るまで贅を尽くしておもてなししているのに「ショバ代高ぇ」で一蹴されるのはあまりにもやりきれないだろう。でも私たちはしがないオタクなのでそんな最上級のおもてなしをされるのも、お上品なマダムたちに囲まれて萌え語りをするのも、あまりに肩身が狭い……。

「ホテル側も私達なんてお呼びじゃないと思うし、ホテルじゃないヌン茶に行きたい」
「確かに……」
「こことかどうですか。いつでもやってるわけじゃないから予約とるのに争奪戦だけど」
「お、いいですね。でもなんかあれだな。ヌン茶にこだわりがあるの格好いいな。そうですね~、私は紅茶は全部美味しく飲みたいからポットサービスタイプのヌン茶が嫌かな。差し湯があっても結局1杯目のおいしさには勝てないから」
「ここのヌン茶、ポットサービスです」
「……まあ、たまになら……いいですよ」

そういった経緯があり、ここのところ私たちは定番をあえて避けたアフタヌーンティーを楽しんでいた。



しとしとと降る雨が肌寒い4月の初旬。桜が咲き始めるとどうして雨が降るのだろう。そして私たちが外出するとなぜ雨の予報になるのだろう。

四ツ谷駅に降り立った私たちは赤坂迎賓館に向かっていた。それらしい建物周辺まで来たものの、入り口がわからない。ウロウロしながら警備の人に声をかけ、案内された先にテントがあった。運動会ときに保健の先生が待機しているあのテントだ。
「こちらで検査します」と言われ、代表者一名が自分の連絡先を記入する。最近コロナ対策でこういったところは多い。しかし、記入が終わると「荷物検査をします」とさらに案内される。
空港にある、あの検査がそのまま屋外に設置されていた。
「えっ、仰々しいな!?何事……!?」
見ている限り、空港より厳重な検査が行われているようだった。
「あの~……私あまり一般常識というものを学んでこなかったというのもあるんですけど、そも、赤坂迎賓館ってなんなんですか?」
「…………」
「…………」
「ひらやさんの方が長く生きてるんだから何か知ってることあるんじゃないんですか」
「…………」

振り向けば後ろも前後もおハイソなマダム&紳士に囲まれていることに気付く。
教養はなくとも羞恥心だけはスクスクと立派に育った私たちはそれ以上声を大きくすることもできず、やがて「知ってますよ。赤坂迎賓館とは人を迎賓するための館。そして赤坂エリアに建てられているが最寄り駅は四ツ谷」という澄ました顔で検査を受けた。なおW子はここで、何故か所持していたハサミを没収された。

ところで私たちがほぼ無知である赤坂迎賓館に降り立ったのは、もちろん1日20セット限定のアフタヌーンティーのためなのだが、まっすぐヌン茶に向かってはあまりに情緒がない。一応中も見学していこうと最初から相談していた。庭だけなら300円、本館と庭、または和風別邸と庭なら1500円。すべて見るならば2000円の参観料を払う必要があった。
「そんなに時間もあるわけじゃないんで、本館と庭だけ見て回りましょう」
時計を見ながらW子に促され、私は頷いて言われるがままにチケットを買った。

荷物を預け、誘導されて入った入り口は、どう見ても裏口の質素さで迎賓されている気持ちにはならない。
一定間隔で配置されている監視員が定期的に何かを言っている。
要約すると「壁に寄りかからないようにしてください」「壁や調度品に触ったりしないでください」「ここで立ち止まらないでください」というようなことをあくまでも丁寧にお願いされている。しっかり目が合っているあたり、確実に私達へ向けられている言葉であるらしかった。

所々に内装や歴史を解説する看板や動画が設置されており、段々と迎賓館がどういった場所なのかを理解しはじめていた。

建物内の意匠はどこも素晴らしかった。窓枠ひとつとっても細やかなデザインが施され、既成のものではないのが一目でわかる。

「豪華な内装ですね~、めちゃくちゃ居心地は悪いけど」
「カメラのせいかな……」

自由に観て回れるのは迎賓館の中でもごく一部なのだが、そのところどころに監視カメラが設置されているのだ。
天井の隅にあるようなものではない。ここが小学校の校庭だったら「ああ、お子さんの勇姿をね」と思わせるようなアットホームなタイプのカメラだ。しかし、場所が場所だけにまったく微笑ましさは感じない。むしろ通常の監視カメラより「貴方の行動を見ております」という強い意思を感じて、何もしていないのに顔を背けたくなる。

また、館内にはボランティアの方がおり、展示されている備品の解説をしてくださるのだが、話しかけずとも目を合わせればスッと近づいてきて下さる。その素早さ、的確さ、そして回避の出来なさ、その全てが道端で勝負を仕掛けてくるポケモントレーナーのようだった。解説バトルを仕掛けられてはヌン茶の時間に間に合わなくなってしまう……。
私たちはポケモントレーナーと目が合わぬよう、心持ち視線を伏せながらササッと部屋の隅を移動し、主庭へと向かった。

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主庭ではこれまた立派な噴水越しに迎賓館の外観を一望することができる。どんよりとした空の表情に、ゴシックな造りの噴水と立派な邸。椎名林檎の「闇に降る雨」のMVにこういうシーンあったよな……と思いながらふとこの居心地の悪さに思い当たった。

「フランダースの犬ってあるじゃないですか」
「ああ……ちょっと記憶曖昧ですけど悲しい話ですよね」
「主人公のネロはルーベンスの絵を見たがってるんですけど、見るのに観覧料がかかるんですよ。ネロは貧乏なので見ることができず、物語のラスト、死に際に奇跡が起きてルーベンスの絵の前で死んでしまうんです」
「ああ……それが?」
「なんか、迎賓館ってルーベンスの絵みたい……」
「……ん?」
「なんかさらっと払っちゃったけど1500円って普通に高ぇ……あとちょっとで映画観られる金額ですよ」
「まあ確かに……でも共通点ってそれくらいじゃないですか?」
「なんか、招かれざる客みたいな気持ちにさせられる感じ……対価を払えばまあ最低限見せてやるが勘違いするなよ……みたいな。そもそもなんだろう、一定のボーダーを引かれてる気持ちにさせられる……」
「被害妄想すごいなぁ」

実際、国の要衝であるうえ、国宝でもあるので、誰彼構わず入れるわけにはいかないのだろう。それを理解はしながらも、歩くたびジョリジョリと湿り気を帯びた砂利が音を立て、なんとも言えない気持ちが折り重なっていく。

「きっとお腹空いてるんですよ。ヌン茶しに行きましょうか」


前庭(いわゆる正面玄関のある広場)には、丸いテーブルと椅子が20組ほど設置されており、その奥にキッチンカーが停まっていた。
「予約はしてあるんで、あのキッチンカーに予約名を伝えればいいはずです」

話は聞いていたものの、キッチンカーの提供するヌン茶、という点に若干の不安とあきらめを感じていた。
ここのヌン茶は「~西洋風宮殿の前で優雅なひとときを~」というテーマからもわかるように、売りはあくまでロケーションなのだ。

キッチンカーの店員さんに「予約した○○ですが」と声をかける。中にいた女性が少し戸惑いの表情を浮かべながら「今日はこの天気なので、無料でキャンセルも承っておりますが」と言った。
なるほど、の一言だった。予約はそこそこ埋まっていたはずなのだが、実際前庭のテーブルを利用している人間は誰もいなかった。テーブルには一応パラソルが設置されているものの、空気はしっとりと冷たく、風が吹くたびに薄着で来たW子の身体が震えていた。

「どうします?」
W子が私の顔を見る。私は口をポカンと開けたまま「その選択肢は考えたことがなかった。今もないな」と答えた。
「というわけでやっぱり2名でお願いします」
そういった瞬間、女性が心底ほっとしたような笑顔を見せ、「こちらの札でお呼びしますので、好きなお席でお待ちください」と言った。


何しろ誰もいないので、選び放題の席を、(迎賓館に対し)最前センターという最高の形で確保した。

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「あの感じだと、今日はみんなキャンセルなんでしょうね。私たちがキャンセルしなかったの聞いてめちゃくちゃほっとしてましたよ」
「雨の中ヌン茶にしけこもうとする酔狂、私達しかいないんだろうな……食材の準備もあるだろうに、大変ですね」

ちなみに料金は2人分で5600円(税込)であった。ひとり5600円のつもりで準備をしてきた私たちは途端にコスパの良さに浮かれ、「浮いた分で帰りにケンタッキー行こうぜ!」とはしゃいだ。
程なくして電子札から呼び出し音が鳴り響き、私たちはキッチンカーに再び向かった。


店員さんが「こちら気を付けてお持ちください」といいながら、3つの皿が乗ったスタンドを差し出してきた。いかんせん車高の高いキッチンカーなので、W子は必死に腕を伸ばしてそれを受け取った。四苦八苦して持ち方を変え、ごつごつした石畳に足をとられながら一歩一歩進んでいく。気を付けるべき項目が多すぎる。

私もまたお盆に乗った二人分の紅茶を受け取りながら、そろりそろりと歩みを進めていく。最前席をとったせいで、持ち運ぶ距離は必然的に最長となった。ちなみにヌン茶を自分で運んだのはこれが初めてだった。
無事運び終えると紅茶や料理を配膳する。心配とはうらはらに、3つの皿はどれもおいしそうな料理が載せられていた。

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1番上がアップルパイとチーズケーキ(アプリコットソース)、マカロン、クッキー。
真ん中がスコーン(マスカルポーネと季節のジャム添え)、ひよこ豆のカナッペ、サーモンとトマトのムース。
1番下が赤身肉のパテときのこのソースを挟んだクロワッサンサンドだ。紅茶は二人ともあたたかいアールグレイにした。

手を合わせ、各々自由に食べ進めていくことにした。どれもこれも、本当に美味しい。キッチンカーを舐めていて申し訳ございませんでした……。でも私が知っているキッチンカーはせいぜいカラフルなだけのたいして美味しくないドリンクにコースターがついてくるようなものだったので……。


特に感動したのがクロワッサンサンドだ。てんこ盛りのパテにシャキシャキのレタス、キノコのソースがどう見てもおいしい風貌をつくりあげており、期待を全く裏切らない。
噂によるとメゾンカイザーのクロワッサンを使用しているとか。

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(↑置いた瞬間、イタリアンパセリがひとつ風に飛ばされた)

私達がヌン茶にいそしんでいるあいだも、迎賓館を見学し終えた人々が通り過ぎていく。
広々とした広場でポツンとお茶をしている女二人を皆一瞥していくのだ。
「こんな雨の日にわざわざ?」という視線が突き刺さる。見るな。西洋風宮殿の前で優雅なひとときを過ごしているんだ私たちは。憐れむのはやめてくれ。私たちは自分たちの意思で、ここでお茶をしているんだ。
中には「あらあらまあ~……何も寒い日にねぇ」と呟く老婆もいた。
「……W子さん、寒くないですか?あの人の上着追いはぎしてこようか」
「やめてください」

しかし、いよいよしっかりと雨が降り出し、W子の震えも加速していく。

「こうなってくると迎賓館で貴族が食事をしているのを、外から見てる庶民みたいな気分が味わえて最高」
「狂ってるなぁ。お腹も膨れたはずなのに変だなぁ。これが素なのかな」
「どれ、Twitterで他の人の様子も見てみるか」

私は検索欄に「迎賓館 アフタヌーンティー」と打ち込んだ。
そこには過去にここでヌン茶を楽しんだ人々の感想が集まっていた。

『晴れてるし外でのアフタヌーンティー、気持ちいい!』
『めちゃくちゃ優雅』
『東京都は思えない雰囲気でヨーロッパ気分』
『国宝を独り占めしているような気分です♪』
『最高!』
『本当は今日迎賓館でアフタヌーンティーのはずでしたが、天気が悪いのでキャンセルしてホテルでお茶してます♡(今日の日付)』

「なにこれ、本当に同じ場所での出来事か?不公平だろうが」
「天気ひとつでこんなに違うんだな……でも滅多にできないヌン茶で楽しかったですよ」
「まあ確かに。片付けまで自分でするヌン茶、なかなかないもんな」

その時、片づけのために立ち上がる私たちの前を、濡れたたぬきがノコノコと通った。

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この辺りに住んでいるのだろうか。タヌキは特に何かアクションを起こすこともなく、ただ私たちの前を通り過ぎていくのだった。

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終わり


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